第159話 永遠に美しく

 ベリットが乗る巨人が爆発したのはクルツにもはっきりと見えた。


「チビのくせにでっかいことやるじゃないの」


 クルツがつぶやいた。

 その間も十本の指は休むことなく魔力の糸を操り続け、ニンジャと皇女を人形たちで攻撃していた。


「一体何体出てくるんですか! 私もう十五体は倒してますよ!」


 ルシリアは左右から迫る人形の攻撃をかわしながら叫んでいた。


「奴が何体の人形を持っているかなど知りたくもない。クルツ本人を叩くぞ!」


 飛びかかってきた人形の腕をへし折り、首をクナイで切り落としながらサルトビが言った。


「サルトビさん、あいつは私がぶん殴りますからね」


「拙者の分も残しておいてくれ」


 威勢のいい言葉を交わす二人を見て、クルツは笑った。


「元気なのは結構なことだけど、王都でアタシをしとめようとしたのは失敗だったんじゃないかしら? アタシの人形がどこに何体隠れてるか見当も付かないでしょ?」


 クルツは人形を呼び出すためのカードをそこら中に仕込みながら劇場周辺を駆け回り、ルシリアたちを翻弄していた。


 側面からでも背後からでも人形を使って好き放題に攻めることが出来た。


「隠れてこそこそ動き回るのが好きなんでしょうけど、いつまでもつき合ってらんないですよ」


 ルシリアはいらついていた。


「好きもなにも、人形遣いが裏方なのは当たり前じゃない」


 クルツはくすくすと笑った。


「サルトビさん、あいつなにからなにまで腹立つんで思い切りやっていいですか?」


 ルシリアは隣のサルトビを見た。


「当然だ。むしろなぜ今まで全力でやらなかったのだ?」


 サルトビの答えを聞いたルシリアはにんまりと笑った。


「頭に血が上ってるからって、ロプレイジの皇女がグロバストンの王都をぶちこわしちゃうと、いろんな人から怒られそうだからですよ!」


 ルシリアは盾をつけたままの両腕を大きく広げた。


「ロプレイジの皇女様はおもしろいわね。盾で王都を壊そうだなんて」


 クルツの笑みは嘲笑に変わった。


「サルトビさんは上手いこと避けてくださいね。こいつにおもしろいとか言われるの最高に不愉快だから手加減なしでいきますんで」


 ルシリアの瞳で踊る憎悪に気づくと、クルツは笑みを消した。

 素早く袖からカードを抜き、防御用の人形を呼び出した。


 クルツは呼び出した五体の人形で分厚い魔力障壁を作り上げた。


 ルシリアの両腕の盾が、すうっと浮かび上がった。ふたつの盾は耳をつんざくような甲高い音を発して回転していた。


 そして、盾は目にも留まらぬ速さで皇女の周囲を飛び回ってすべてを切り裂いた。


 クルツが出した人形も例外ではなかった。防御障壁が全く役に立たないことを悟ると、クルツは身を伏せた。


 少ししてからクルツが顔を上げると、周囲の建物は無惨に切り刻まれていた。

 防御用以外の人形たちも盾の餌食になっていた。


「小娘……よくもアタシの人形を……」


 クルツの顔は怒りにゆがんだ。


「そんなに大事なお人形なら部屋にでも飾っておけばいいんですよ」


 ルシリアは口の端をつり上げた。


「……楽に死ねると思わない方がいいわよ」


 クルツがにらみつけると、皇女は苦笑した。


「そんなことは思っていない。この病はやっかいなんでな」


 クルツがルシリアの返答に疑問を抱くのと、ルシリアに化けていたサルトビの術が解けるのは同時だった。


 愕然としていたクルツは甲高い音に反応して後ろを振り返った。

 飛んでくるルシリアの盾が目の前にあった。

 瓦礫を魔力の糸でからめ取ると、飛んできた盾にぶつけてどうにか軌道を変えた。


 胸をなで下ろしたところで、クルツはルシリアが盾をふたつ持っていたことに気づいた。


 もう一つの盾はルシリアの手元にあった。

 そして、クルツの側面に回り込んでいたルシリアは、左腕につけた盾を体ごと回して叩きつけてきた。


 わき腹を強打されたクルツは吹き飛ばされて王都の街路を転がった。


「やってくれるじゃない……!」


 殴られたわき腹を押さえながらクルツは立ち上がった。

 本物のルシリアは飛ばした方の盾を戻すと改めて構えた。


「お前を殴るのは最高に気分がいいですよ」


 ルシリアはわざとらしく上品に笑い、再び両手の盾を飛ばしてきた。

 高速で回転する盾を避けながら、クルツは近くに仕込んでおいたカードから新たな人形を五体呼び出した。


 美しく着飾った人形たちは盾をかわしながらルシリアに襲いかかった。


「両方飛ばしちゃったのは失敗だったわね」


 五体の人形による完璧な連携でルシリアを追いつめるとクルツは笑った。


「そうでもない。拙者にはこれもある」


 ルシリアの表情が変わったことにクルツが気づいたときにはもう、彼女の両手は印相を組み上げつつあった。

 クルツも見たことがない忍術を使おうとしているルシリアから人形を引かせると、周囲に目を配り、本物のルシリアを探した。


「アタシを殴り飛ばした隙にまた入れ替わったのね。一度上手くいったからって二度も同じ手を使うなんて芸がないわ」


 瓦礫の脇に人間の影が出来ているのに気づくと、クルツは人形たちをそちらに向かわせた。

 クルツは病に侵されているサルトビよりもルシリアを倒すことを優先していた。


 ところが、瓦礫の脇から出てきたのは黒装束のニンジャだった。


「皇女よ、それはいったい何の術だ?」


 サルトビの目はクルツの後ろに向けられていた。


「不意打ちの術ですよ!」


 ルシリアの声がするのと同時に、盾を使った殴打がクルツの背中を直撃した。


 クルツには自分の背骨が折れたのがはっきりとわかった。


 そして、前方に殴り飛ばされたクルツを待ち受けていたのは印相をくみ終えた本物のサルトビだった。


「忍術とはこういうものだ」


 サルトビがクナイを撫でると、クナイは鋭い氷で覆われた。氷を纏うことで長剣ほどの長さにまで延びたクナイがクルツの胸に突き刺さった。


 ニンジャが氷のクナイを引き抜くと、クルツの体はだらりと倒れた。


 心臓から血が流れ出していくのを感じながら、クルツはまともに動かせなくなった手をなんとかして懐に入れようとした。


「背骨を折りました。もうお前に人形は使えない。終わりですよ、クルツ・ガーダループ」


 ルシリアは冷ややかな目で倒れたクルツを見下ろしていた。


「そう……ね。アタシはもう……人形遣いじゃない」


 ほとんど感覚のない手で、クルツは真っ白なカードをずるずると引っ張り出した。


「でも、これは終わりじゃない。アタシは、ここから始まるのよ」


 クルツの意識はそこで途絶えた。



 人形遣いが動かなくなると、ルシリアはサルトビを見た。


「終わりましたね」


「そうだな。だが、拙者にはもっと早く終わらせることが出来たはずだ」


 ニンジャの表情は険しかった。


「……あなたのせいじゃないですよ」


 ルシリアの顔には気品と慈しみがあった。


「…………」


「どうかしましたか?」


「いや、皇女らしい顔も出来るのだな、と……」


「えー、ここでそういうこと言います? さすがにどうかと思うんですけど」


「それはそうだが、普段との落差があまりにも……」


「普段は親しみやすさを演出してるんであってですねえ……」


 文句を言っている最中に、ルシリアはすさまじい魔力が膨れ上がっているのを感じた。


 瞬時に戦闘態勢に入り、魔力の源から離れた。


「……どうなってるんですか?」


 同じように距離を取ったサルトビに聞いた。


「拙者にも全く見当が付かん」


 ニンジャもかぶりを振った。


 二人は魔力の源であるクルツの死体を見ていた。


 クルツが最後に取り出していた真っ白のカードはいつの間にか消えていた。


 ルシリアがそれを指摘しようとしたとき、クルツの死体の影から魔力で出来た二本の腕が飛び出した。腕はそれぞれがもつ五本の指の先から魔力の糸を出した。糸の先端はクルツの体へと伸びていった。


「……これ、私が想像してるとおりなんですかね……」


「そのようだ」


 ルシリアとサルトビはそろって身構えた。


 そして、それはクルツも同じだった。

 魔力の腕が操る糸によって、死んだクルツの体が起きあがっていた。


 クルツは顔を上げてルシリアたちの方を見たが、その瞳に光はなかった。


「まさかここまでイカレてるとは思いませんでしたよ」


 ルシリアのつぶやきに言葉が返ってきた。


「さてと、アタシのことをイカレてるとか思ってるでしょうから、簡単に事情を説明しておこうかしら」


 ぎょっとしているルシリアに対して、クルツは生前と全く変わらない声でしゃべった。

 口は動いているし、のどが震えているのもわかった。だが、クルツは死んでいる。

 生気のない目を見れば一目瞭然だった。


「知っての通り、アタシは人形が大好きなの。理由は色々あるんだけど、一番好きなところはなんといってもいつまでも美しい姿を保ち続けるところよ」


 クルツの死体は話しながら服に付いた汚れを払い、二人に微笑みかけた。

 死体の笑顔は寒気がするほど不気味だった。


「人間と同じ美しさを持ちながらもその美しさが失われることはない。アタシは一目見たときから人形に恋をした……いいえ、違うわね。アタシは人形に憧れたのよ」


「だからってここまでやらないでしょうよ……」


 ルシリアがうめいた。


「ここまでやることないんじゃないのって言われそうだけど、アタシって純情で一途なのよ」


 クルツが続けた。


 会話が成立しているように聞こえるやり取りなのに、全くそうとは感じられないことがルシリアには恐ろしかった。


「もうわかってるでしょうけど、この術はアタシ自身を人形に変えるものなの。アタシの愛のすべてを込めて作り上げたこの術で、アタシは永遠の美しさを手に入れる……予定だったんだけど、まだ完成してないのよねえ。だから今は死んだときの保険代わりにしてるのよ。そうそう、誰がアタシを殺したのかはわかんないけど、そいつが近くにいたら、この説明を終えた後で殺してあげるから覚悟しててね」


 そう言ってクルツは片目をつぶった。


「やはりか……」


 サルトビはクナイを抜いた。


「死んだ後まで腹の立つことを……」


 ルシリアも改めて構えた。


「さあ、踊りましょうよ。永遠にね」


 人形と化した人形遣いが言った。

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