第149話 円卓を囲んで

 ツバキは自分がいるのがグロバストンの王宮だと分かるとほっと胸をなで下ろした。


 明かりはついていなかったが、王宮から王国各地の砦に転移するための魔法陣が設置された部屋であることは把握できた。


「助かったのか……」


 ツバキがつぶやくと隣にいたフィーバルがうなずいた。


「かなり際どかったが上手くいったな。サルトビ、感謝する」


 フィーバルはニンジャに頭を下げた。


「こちらこそ礼を言う。おまえがいなければ我々は死んでいた」


 ふたりとともに転移してきたサルトビが言った。


「そのうえあの剣に喰われていいように使われちまうところだったわけだ。ぞっとするぜ」


 ツバキが言った。


「あの剣の力は際限なく膨れあがる。なんとしても食い止めなければならない」


 フィーバルがそう言うのと同時に部屋の扉が勢いよく開き、廊下の窓から日の光が差し込んできた。


「お前達……無事だったのだな!」


 部屋に駆け込んできたバーニスはツバキとサルトビを見て安堵の表情を浮かべた。

 だが、もうひとりの存在に気づくと顔色が変わった。


「貴様は……!」


 バーニスは遺物の指輪がはまった右手をフィーバルにかざした。


「陛下、待ってくれ」


「お待ちください、女王陛下」


 ツバキはサルトビとともにバーニスとフィーバルの間に入った。


「……一体何のつもりだ?」


 バーニスはツバキ達に訝しげな目を向けた。


「私達は彼に助けられました」


「こいつがいなかったら俺たちはアルヴァンに殺されてましたよ」


 サルトビに続いてフィーバルが言った。


「なんだと?」

 

 バーニスは目を丸くしていた。


「陛下、どうされたのですか?」


 慌てて走ってきたのはパトリシアだった。


「バーニスさん、急に走り出さないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」


「そうよ。どうしたっていうの?」


 続いてやってきたふたりを目にしたツバキとサルトビは驚きを隠せなかった。


「ロプレイジの……」


「皇女殿下……」


 ツバキとサルトビは目を丸くしてルシリアとイシルダを見た。


「姉さん、姉さん! ニンジャですよ、ニンジャ!」


 ルシリアはサルトビを見てはしゃいでいた。


「あなたは本当にもう……」


 イシルダの方は頭痛を堪えるように額に手を当ててうめいていた。


 フィーバルはこの状況にどう反応すればいいのか分からず、戸惑っているようだった。


「どうやら、お互いになにがあったのかを説明する必要がありそうですね」


 落ち着いた声でそう言ったのはパトリシアだった。



 一同は転移用魔法陣が設置された部屋を出ると、パトリシアを先頭にして王宮の会議室まで歩いて行った。


 円形の大きなテーブルが置かれた広い会議室には先客がいた。


「皇帝陛下……」


 サルトビがつぶやいた。


「初めまして、ニンジャマスター」


 カロル・ロストム・ラグナイルは柔らかな笑みを浮かべていた。


「おお、ご無事でしたか」


 帝国最高の魔術師レデフ・ワムシュもツバキ達の無事を喜んでいた。


「……久しぶりだな」


 ツバキは青いキモノを着た鋭い目つきの男に言った。


「ああ、そうだな」


 ミツヨシはそれしか言わなかった。


「まず、お前の話を聞かせてもらうとしよう」


 バーニスは席に着くとフィーバルをじっと見つめた。


「……長くなるが聞いて欲しい。私と簒奪する刃と、私が相棒と呼んだ青年の話を」


 フィーバルはこれまでに起きたことを語り出した。



「事情は大体マヤから聞いてはいたんだが、当事者から聞かされても無茶な話だよな」


 バーニス達がフィーバルからアルヴァンとの出会いと彼がたどった足跡を聞き終わると、ツバキがため息をついた。


「当然の反応だ。私も簒奪する刃の力を完全に引き出せる人間が存在することなど想像したことすらなかった」


 フィーバルは顔をゆがめていた。


「でも、アルヴァンは実在している」


「いて欲しくないんですけどね」


 イシルダは真剣な表情で、ルシリアは頬杖をついて言った。


「彼は倒さなければなりません。絶対に」


 パトリシアがそう言うと、ミツヨシは無言でうなずいた。


「……フィーバル、そなたは我々に協力してくれるのか?」


 バーニスはかつてアルヴァンを相棒と呼んでいた男に尋ねた。


「無論、そのつもりだ。そもそも、私があの剣を完璧に封じてさえいればこんな事態は起きなかった。君たちには詫びの言葉もない……だが、私は今度こそ自分の使命を果たすつもりだ」


 フィーバルの答えを聞くと、バーニスはカロルに目を向けた。


「バーニス、君が思っているとおりだよ。フィーバルは力の限りを尽くして彼を止めるつもりだ。僕達と同じようにね」


 カロルが言った。

 バーニスはフィーバルに向き直った。


「そなたの思いは分かった。ともに戦おう」


「ああ。必ずやアルヴァンを倒す」


 フィーバルはうなずいた。


「話はまとまったようですな。アズミットにも知らせるべきでしょう」


 ワムシュは長く伸びた真っ白な髭を撫でながら言った。


「アズミット……懐かしい名前だ。彼には頼まねばならないこともある。話が出来るようにしてくれるか?」


 フィーバルが聞いた。


「お任せくだされ」


 ワムシュが言った。


「ところで、終の戦団を相手にする以上、ロプレイジ帝国の協力は不可欠ですが、その辺りの根回しは済んでいるのですか?」


 サルトビが言った。


「心配するな。お前達が来る前に王国の大臣達にも帝国の大臣達にも話をつけた」


 バーニスが言った。


「グロバストンの大臣さん達はめちゃめちゃ驚いてましたけどね」


 ルシリアはにやりと笑った。


「お言葉ですが、ロプレイジ側の方々の方が驚きが大きかったように感じます」


 パトリシアが言った。


「あんなことしたら誰だって驚くに決まってるでしょ」


 イシルダは呆れた顔をしていた。


「普通に説得している時間はなかったから……」


 カロルは苦笑いを浮かべた。


「多少無茶ではあったな」


 バーニスはそう言って笑うと簡単に経緯を説明した。


 ふたりにはとにかく時間がなかった。

 そこで、バーニスとカロルはグロバストン王国とロプレイジ帝国でそれぞれの国の大臣達を緊急招集することにした。


 そして、カロルは集まった帝国の大臣達には事情を一切説明せずに、ワムシュの術を使って彼らとともにグロバストンの王宮に転移した。王宮にはバーニスが招集した王国の大臣達が勢揃いしていた。


 王国側も帝国側も、突如として敵国の大臣達が目の前に現れたことに唖然とした。


 それぞれの国の大臣達は、助けを求めてそれぞれの主君を見たのだが、女王と皇帝は揃って深く頭を下げた。

 大臣達の混乱が極限に達したところで、バーニスとカロルは極秘で進めていた和平交渉のことと、終の戦団の脅威が迫っていることを一息に説明した。


 天地がひっくり返るような情報を立て続けに叩きつけられた大臣達は理解が追いつかず、しばらくの間は誰も口を開かなかった。


 だが、大臣達は互いに顔を見合わせて、うなずきあった。そして、彼らはバーニスとカロルに向き直ると揃ってこう言った。


「我らは、陛下のご意志に従います」


 やり方は強引だったが、バーニスとカロルの思いは大臣達にも届いたのだった。



「大胆なものだ」


 バーニスとカロルの説明を聞くと、フィーバルが感想を漏らした。


「こんなんだったら極秘の和平交渉なんてしなくても良かったんじゃねえですか?」


 ツバキが聞いた。


「なにを言っているのですか。両国の大臣達が女王陛下と皇帝陛下の言葉を受け入れたのは今日までおふたりが着実に実績を積み上げ、信頼を勝ち得てきたからこそです。停戦の直後に和平など切り出しても受け入れてもらえたはずがありません」


 パトリシアはため息を漏らした。


「そうですよ。うちの姉さんなんて、兄さんがバーニスさんと交渉するって言い出したときはどんな手を使ってたぶらかされたのかと三日三晩問い詰めてましたからね」


 うんうんとうなずきながらルシリアが言った。


「昔の話を勝手に持ち出すんじゃないの」


 イシルダは妹の頬を抓った。


「昔の話なら良かったんですけど、いまでもあんまり変わらな……痛い痛い! ほっぺたちぎれちゃいますって!」


 ルシリアは目に涙を浮かべて叫んだ。


「なあ、ロプレイジ帝国の皇女姉妹っていやあ、どっちもものすげえ美人で淑やかで互いを敬い合ってるって噂だったんだが……」


 ツバキは声を潜めてワムシュに言った。


「……噂には尾ひれがつくものですからな……」


 ワムシュは長く伸びた髭を撫でて乾いた笑みを浮かべた。


「尾ひれどころか背びれに胸びれまでついちまってるだろ……合ってるのなんて美人だってとこだけだけじゃねえか」


「ツバキさん」


 噂に名高いロプレイジ帝国の第一皇女に名前を呼ばれたツバキはびくっと体をすくませると、恐る恐る彼女を見た。


「いや、俺が言いたかったのはですね……」


 ツバキが言い訳を並べるよりも早く、イシルダが口を開いた。


「私の美しさは王国でも噂になっているのですね」


 イシルダはこの上なく真剣な顔をしていた。


 ツバキがなにも言えずにいると、今度はルシリアが口を挟んできた。


「やれやれ。なにを言い出すんですか、姉さん」


 助け船が来たことにツバキがぱっと顔を輝かせた。


「王国にまで轟いているのは私の美貌の方ですよ」


 ルシリアも姉同様、真剣そのものだった。


 王国においてどちらがより美しいと思われているかを張り合う皇女姉妹の姿に、ツバキはあんぐりと口を開けた。


「……バーニス、ごめん」


 うつむいたカロルの声は心底申し訳なさそうだった。


「気にするな。うちの連中もすぐに慣れるだろう」


 バーニスは苦笑しながらそう答えた。

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