第141話 振り下ろされた刃
霧に乗じて紅蓮の聖女を撒いたバーニスが合流地点にたどり着いたときには、すでにツバキがいた。
王の手達は作戦が成功したら合流地点に集まることになっていた。バーニスに続いてパトリシア、サルトビもやってきた。
「えらく気味の悪い魔力持ってる奴がいるとは思ってたんだが、まさかあんたがここまでやられるほどとはな……」
満身創痍のグランを見たツバキが言った。
「恐ろしい相手だった。マヤがいなければどうなっていたことか……」
グランは倒れ伏している銀髪の青年を見やった。
「よくやった」
バーニスは作戦を成功させたマヤを労った。
「私ではありません。エリヤフ中佐のおかげです」
マヤはかぶりを振った。
「この青年の危険性をいち早く見抜き、自分の地位をなげうってまで国を守るために尽くしてくださった方が犠牲になるとは……残念でなりません」
パトリシアは沈痛な面持ちだった。
「彼は手厚く葬ろう。グロバストン王国を守ってくれたのだから」
バーニスが言った。
「言いづらいんですがね、まだ俺たちは勝っちゃいませんぜ。頭が倒れても幹部共は残ってる」
ボリボリと頭を掻きながらツバキが言った。
「その通りだ。だが、アルヴァンが倒れた以上、我々が優勢だ。エリヤフのためにも必ず勝つぞ」
女王の言葉に全員がうなずいた。
「もう変化は解いてもいいだろう」
サルトビは紅蓮の聖女の姿をしたマヤに言った。
「ええ。お願いします」
マヤはうなずいた。
サルトビが印相を結ぶと、マヤにかけられていた変化の術が解け、元の姿に戻った。
サルトビの作戦とは、アルヴァンと行動を共にしている紅蓮の聖女バルドヒルデにマヤを変化させ、アルヴァンを油断させることだった。
事前に変化の術をかけられていたマヤは、それを隠すために黒いマントで体を覆ってエリヤフ達とともに行動していたのだった、
「よし、まずはあの巨人を倒す。その後は終の戦団の幹部共を各個撃破して――」
「アルヴァン……様……」
弱々しい声がしたのはバーニスが指示を出そうとしたときだった。
「バルドヒルデ! 追ってきていたか!」
先ほどまで死闘を繰り広げていた紅い髪の少女を目にしたバーニスは、即座に身構えた。他の面々も得物を手に取り、紅蓮の聖女の出方をうかがっていた。
だが、紅い髪の少女はなにもしなかった。
バーニス達の姿など見えていないかのようにふらふらと歩いて行き、倒れ伏した銀髪の青年の前で足を止めた。
「アルヴァン様、起きてくださいまし」
紅い髪の少女は青年の体を揺さぶった。
しかし、青年が目を覚ますことはなかった。
「アルヴァン様……アルヴァン様……」
少女は彼の体を起こして頬を軽く叩いたが、青年はぴくりとも動かなかった。
「目を開けてくださいまし……わたくしを置いていかないで」
ぽろぽろと涙を流しながら、紅い髪の少女は銀髪の青年に呼びかけ続けていた。
バーニス達は無防備な姿をさらしている紅蓮の聖女を言葉もなく見つめていた。
女王は右手の人差し指にはまった金色の指輪に目を落とした。
殺すほかない。
いまならやれる。
相手はグロバストン王国の敵なのだ。
倒れ伏した思い人に縋る少女を殺すため、迷いを振り切ったバーニスが右手を上げようとしたとき、ツバキが一歩前に出た。
「こういうのは女王の仕事じゃねえでしょう」
砕けた口調とは裏腹に、ツバキの顔は真剣そのものだった。
「……すまぬ」
バーニスは詫びた。
「気にしないで下せえや。あんたがそういう風だから、俺はあんたのために命を張れるんです」
ツバキはそう言って笑うと、腰に差した花鳥風月を抜いた。
「始めたのはそっちが先だ。やらねえわけにもいかねえよ……ちょっとばかし、気の毒だがな」
後ろに立った厳めしい顔のツバキが刀を振り上げても、紅い髪の少女は青年の名前を呼びながら彼の体を揺すり続けるだけだった。
花鳥風月の刃が陽光を照り返して一瞬きらめき、少女の首に振り下ろされた。
帝都の宮殿ではアズミットによる簒奪する刃の説明が続いていたが、カロルはそれを最後まで聞いてはいられなかった。
会談の中止を切り出すとアズミットは眉をひそめたが、カロルが事情を説明すると半透明の幻影を通してさえ彼の顔色が変わったのがわかった。
魂の管理者アズミットは青ざめていた。
アズミットに消えてもらうと、カロルはすぐにワムシュに指示を出した。
「もう通信でバーニスに警告するのは無理だ。こちらで戦地の状況を見る必要がある。千里眼の用意をしてくれ。場所はグロバストン王国国境付近の砦。場合によっては我々があちらに転移する」
「すぐに取りかかりましょう」
ワムシュがうなずいた。
ロプレイジ帝国最高の魔術師であるレデフ・ワムシュは戦闘能力こそバーニスに劣るものの、魂の管理者の力を借りていることもあり、他の魔術師には到底不可能なことでも実現できた。
遠く離れた地の様子を見通すことが出来る千里眼もそのひとつだった。
「イシルダ、ルシリア、ミツヨシ、戦闘の準備を」
カロルは皇帝として直属の最高戦力、五帝剣に命令を下した。
「仰せのままに」
イシルダとルシリア、そしてミツヨシがひざまずいて頭を下げた。
「和平交渉なんてどうなってもいい。取り返しのつかないことになる前にバーニスを止められさえすれば」
カロルは準備に取りかかるワムシュをもどかしい思いで見ていた。
その手は、首にかけた煌めきの涙滴を無意識のうちに握りしめていた。
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