第85話 もう、止まらない
「よし、こちらも撃破だ」
ゲルダの部下の一人が敵の機動鎧の足を切り落として転倒させる。さらに、背中に取り付けられている機動鎧の動力源である魔石を破壊した。
「よくやった」
すでに一機を仕留めていたゲルダは部下をねぎらった。
「ゲルダ様、どうも様子が変です。どの機体も人間が乗っていません」
倒した三体の機動鎧を観察していたブロンダム博士から通信が入った。
「ベリットの仕業か……」
「あの子は以前、機動鎧の自動操縦について私に語っていました。まさか実用化していたとは……」
「本人はもう逃げたのか?」
「いえ、先ほどの通信は確かに格納庫からでした。まだ中にいるはずです」
「よし、ここから先は機動鎧から降りて……」
ゲルダが言いかけたとき、格納庫のゲートが開き、毒々しい紫色の機動鎧が現れた。
「新手か」
ゲルダが戦斧を構え直す。
「そんな……あれが動くわけが……」
「博士? いったいどうした?」
「直接お目にかかるのは久しぶりだね。まあ、この状態はお目にかかるとは言わないか」
紫の機体からゲルダに通信が入った。声を聞くのは五年ぶりだった。しかし、あの声は忘れようもなかった。
「グレース・コンラッド……」
その名を口にすると、ゲルダの胸にたとえようもない怒りが渦巻いた。
「久しぶりだねゲルダ・ハーマン。ずいぶんと立派な領主になったようだ。兄上も誇らしいのではないかな」
世間話でもするように穏やかにグレースが言った。
「貴様……」
「貴方もご存じのように例の件でボクは投獄されたんだけど、王子様が助けに来てくれてね。こうして舞い戻ったんだ」
「実に好都合だ。貴様はこの手で殺してやりたかった」
冷え切ったゲルダの声は怒りに満ちていた。
「ごもっともだね。君にとってのボクは二つの意味で憎い敵なのだから」
「なんだと……」
「ははは、まさか気づかれていないとでも思っていたのかい? 君がお兄さんに恋をしているのくらい一目見たときからわかっていたさ。いいじゃないか。禁断の兄妹愛。ボクはそういうの結構好きだよ。だからこそちょっかいをかけてみたくなったんだ」
「黙れ……」
ゲルダが声を上げるがグレースは続ける。
「君の方は熱烈にお兄さんのことを思っていたみたいだけど、お兄さんの方はそうでもなかったみたいだね。彼、ボクがちょっとやる気を出したらコロッと落ちちゃったよ。正直言ってあれは拍子抜けだったね」
「黙れ……」
「あの夜、ボクが誘いをかけたときの彼の舞い上がり方はすごかったなあ……滑稽なくらい喜んじゃうんだもの。さすがのボクもちょっと哀れに思って、体を許してしまおうかと思ったよ。一瞬だけどね」
「黙れ……」
ゲルダの頬を涙が伝い落ちる。
「まあ、その後は君も知っての通りだよ。のこのことボクの寝室にやってきたお兄さんは貫くはずの相手に貫かれちゃったってわけ。ああ、失礼、品のない言い方だったね」
「黙れと言っている!」
「そうそう、彼、刺される直前にボクに言ってたよ。『貴方は美しい。気色悪い目で俺を見る妹と違って』ってね。ボクからすると彼の気色悪さは妹さんといい勝負なんだけどね」
「殺してやる……貴様だけは殺してやるぞ! グレース・コンラッド!」
ゲルダの機体が衝動のままに飛び出し、憎き敵の乗る紫の機体に躍りかかった。
推進装置を起動することも忘れて力任せに戦斧をたたきつける。
しかし、ゲルダの恨みを込めた一撃はむなしく空を切った。
「おのれ!」
怒りに我を忘れたゲルダは紫の影を追って闇雲に斧を振り回す。
「遅いね。いや、ボクの機体が速いのか」
グレースの機体は苦もなくゲルダの最新鋭機を翻弄した。
余裕を感じさせるグレースの言葉にゲルダは激高した。
グレースの紫の機体の両肩では魔石が光を放っていた。
「ツインドライブシステム……そんな……動くわけがないのに……」
ブロンダム博士は信じられない思いで紫の機体の常軌を逸した動きを見ていた。
グレースの機体には動力源である魔石が二つ積まれている。動力源を増やせば機動鎧の性能が飛躍的に向上するのは自明だった。しかし、実際に二つの魔石を同調させて機体を動かすのは困難を極めた。ブロンダム博士が地道に研究を続けていたものの、半ばあきらめていたアイデアだった。
「ベリット、おまえは天才だ」
悪魔のような娘なのに、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
「俺たちも加勢するぞ!」
ゲルダの機体と紫の機体の一方的な戦いを呆然と見ていたゲルダの部下たちがようやく我に返る。
「そういえばさっきの通信はそちらの部隊全員に向けてのものだったね。すまないねゲルダ君。君の秘密を暴露してしまって。お詫びに君の秘密を知った人間はボクが殺しておくよ」
グレースはゲルダにわびると攻撃を開始した。
圧倒的な機動力でゲルダの部下の機体の懐に飛び込むと、紫の機体の前腕に仕込まれたブレードが展開された。グレースの機体が腕を振ると、ブレードによってゲルダの部下の機体は股から頭まで真っ二つに切断された。
ゲルダとブロンダム博士は信じがたい光景に絶句した。
だが、グレースの攻撃は止まらない。今度は別の部下の機体を横一文字に両断した。
それを見ていた最後の一人は背中を向けて逃げ出した。
「ゲルダ君の秘密を言いふらされるわけにはいかないんだよ」
グレースの機体が逃げる機体に手のひらを向ける。すると、紫の機動鎧の手に魔力が収束していった。
「悪いね」
グレースが楽しげにそう言うと、濃密な魔力弾が紫の機体から放たれ、逃げ出した機動鎧を粉砕した。
「さてと、あとはゲルダ君が乙女の秘密を墓まで持って行けるようにしてあげるだけ……あれ?」
そこまで言ったところでグレースの機体が動きを止めた。
「おかしいな、ベリット君、これちょっとまずくないかな?」
通信を聞いていたゲルダとブロンダム博士は事情を飲み込むまでに少し時間がかかった。しかし、これが千載一遇のチャンスであることはなんとか理解できた。
「博士! 同時にかかるぞ!」
「はい!」
ゲルダの赤い機体が斧を振りかぶり、博士の機動鎧もグレースの機体に迫った。
倒せる。ブロンダム博士がそう確信した瞬間だった。迫ってくる夕闇よりとは違う、どす黒い閃光が博士の機体を襲った。
ブロンダム博士の機動鎧を切り伏せたアルヴァンは返す刃でゲルダの機体をあっけなく倒した。
「グレースさん、大丈夫ですか?」
紫の機体に呼びかけた。グレースの機動鎧は跪くと、背中の装甲を開いた。
「助かったよ。ありがとう、アルヴァン君」
機動鎧から降りたグレースはアルヴァンに抱きついた。
「持つべきものは頼りになる共犯者だね」
「貴方を死なせるわけにはいきませんから」
「ふふっ、うれしいことを言ってくれるじゃないか」
アルヴァンに体を密着させる。
「……待って……お兄様……」
倒れた機動鎧からゲルダがなんとか這い出す。
「悪いね、ボクの王子様が助けに来てくれたんだ」
グレースは心底うれしそうに言った。
「お兄様……行かないで……」
深い傷を負ったゲルダの目は現在を見ていなかった。
「ゲルダ君、ひとつどうしても思い出せないことがあるんだけど」
グレースがゲルダの目をのぞき込む。
「君のお兄さんってなんて名前だったかな?」
グレースの質問に答えることなく、ゲルダの目は光を失った。
「ゲルダ様……」
大破した機体から脱出したブロンダム博士はゲルダの最期に涙した。
「あれ? お父さん生きてたんだ。意外とタフだね」
聞き慣れた娘の声がした。
「ベリットか……」
痛む体を引きずり、なんとかベリットの方を向いた。
「どうよアレ、すごかったでしょ。あたしの自信作なんだ……ちょっとしたトラブルもあったけどね」
ベリットは紫の機動鎧を誇らしげに見上げた。
「おまえは頭が良すぎる……」
潰れた胸の痛みをこらえながらブロンダム博士は言葉を紡いだ。
「まあ、親には似なかったからね」
ベリットの言葉はブロンダム博士には届かなかった。
「すべて片付いたな」
大破して横たわる機動鎧とゲルダ、ブロンダム博士の死体を眺めながらエイドレスが言った。
「そうだな。残る問題は……」
「おまえたち! いったい何をやったんだ!」
ジェイウォンが言いかけたとき、帝国軍のカスパール大佐が部下を連れて乗り込んできた。
「おお、ちょうどよかった」
「コルビン、これはいったいどういうことだ! その死体はゲルダ・ハーマンとブロンダム博士だろう!」
「大佐、少しは落ち着きたまえ」
コルビンの体を奪ったジェイウォンは興奮するカスパール大佐をなだめた。
「これが落ち着いてなどいられるか! おまえは知らないだろうが、ブロンダム博士は……」
「おまえさんの娘の病気を治してくれるはずだった……だろう? もちろん忘れちゃおらんよ」
カスパール大佐はぎょっとしてコルビンだと思っていた男を見た。
「おまえ……コルビンではないな……」
カスパール大佐に答える代わりに、ジェイウォンは右手で中空をノックするような仕草をした。
すると、水面を叩いたかのように空中に波紋が広がった。
「その技は……」
カスパール大佐がそれを認識するよりも速く、魔力によって増幅された空気の振動が大佐を襲った。
打ちのめされた大佐は血を吐いて倒れた。
大佐の長い軍人生活の間でも味わったことのない強烈な苦痛が全身を駆け抜けた。
「やはり若い体はいいな」
ジェイウォンは技のキレに満足していた。
「見事なものだ」
エイドレスもジェイウォンの技に見入っていた。
カスパール大佐の頭の中では様々な疑問が渦巻いていたが、問いを発する暇はなかった。
「すまんな、大佐。あんたのことは嫌いではないんだが、ワシにはどうしてもやりたいことがあってな」
ジェイウォンが大佐の頭を掴みあげる。その手から魔力が流れ込むと、大佐はもう何も考えられなくなった。
仲間だと思っていたコルビンが上官の頭を破裂させるという光景を見せられても、カスパール大佐の部下たちは反応できなかった。
「ご老体、こちらはどうする?」
突っ立っているカスパール大佐の部下たちを見ながらエイドレスが聞いた。
「どうもこうも生かしておくわけには……」
振り返ったジェイウォンはエイドレスの表情を見て何かを察した。
「……おまえさんの好きにしてかまわんよ」
「感謝する」
それだけ言うと、灰色の狼の獣人は口からよだれを垂らしながら食事に取りかかった。
「いやはや、あの男もなかなかどうして……」
エイドレスの本性を知ったジェイウォンがかぶりを振る。
「そっちも終わった?」
戻ってきたジェイウォンにベリットが聞いた。
ジェイウォンはうなずいた。
「あのババアとお父さんもそうなんだけど、帝国軍の奴らも加工して魔石にしちゃいたいんだよね。鮮度がいい方が何かとやりやすいし」
ベリットはごく自然な調子で死体の処理について語った。
「いや、あっちのほうはエイドレスに任せてあきらめた方がいいな」
「えー、もったいないじゃん」
ベリットが不満そうに言った。
「もったいなくはない。あの男にとってはな」
「なんでよ? ……………うわあ、マジかよ……」
ジェイウォンの言葉に首をかしげたベリットはエイドレスの方を見て、ようやくすべてを理解した。
「……欲しいのか?」
見られていることに気づいたエイドレスが顔を上げた。
「のーせんきゅー……」
引きつった笑顔でそれだけ言うと、ベリットは口元をおさえながらに近くの茂みに駆け込んだ。
「……えらいもんを見てしまった……」
諸々の処理を終えて、茂みから出てきたベリットが青ざめた顔でつぶやいた。
「……これは……そっか、とうとう来たか……」
ポケットの中の通信機が着信を知らせていることにようやく気づいた。ベリットはアルヴァンの元へ向かった。
「そのフェイラム伯爵っていうのはそんなにすごいんですの?」
ヒルデが首をかしげる。
「すごいらしいよ」
アルヴァンもよくわかっていないようだった。
「こいつらよくこんなんで今まで生きてこれたな……」
ベリットが脱力する。
「まさかフェイラム伯爵もろくに知らんとはな……」
ジェイウォンは珍しい昆虫でも見るような目で二人を見ていた。
アルヴァンとヒルデは助けを求めるようにグレースを見た。
「結局ちゃんとした説明はしていなかったね……バートランド・ユービクタス・フェイラム伯爵。都市国家同盟ワイルドヘッジを武力を持って作り上げた男だよ」
二人の様子に苦笑しながらもグレースが説明した。
「五代前に当時のグロバストン国王から爵位と領地を与えられた由緒正しい貴族の家系……というのが伯爵本人の主張なんだけど、実際のところは王国と帝国が戦争をやっていた頃――二十年前くらいだね――に混乱に乗じて貴族を殺して爵位と領地を奪ったというのが真相だそうだ。もっとも、本人の前でこれを言った人間はもれなく殺されるらしいけど……それはさておき、ワイルドヘッジにはこのローゼンプールも参加しているね」
「で、あたしは伯爵にバックアップしてもらいながら機動鎧の研究をしてたってわけ」
ベリットがグレースの説明を引き継いだ。
「つまり、我々はフェイラム伯爵の研究成果を横からかっさらうわけだ」
エイドレスが言った。
「だが、フェイラム伯爵も人を見る目はある。我々であれば、こちらから恭順を願い出れば受け入れてもらえるやもしれんな……アルヴァン、どう思う?」
全員の視線がアルヴァンに集中した。
「僕はもうこれの楽しさを知ってしまいましたから、後戻りはできませんよ」
アルヴァンは次なる破壊への期待に瞳を輝かせていた。
「わたくしはいつだってアルヴァン様の隣にいますわ」
「ボクもここまで来て立ち止まる気はないね」
「私はおまえについて行くぞ」
「あんたといると面白そうだし、あたしもつきあうよ」
「下らんことを聞いてしまったな。許してくれ」
ほかの面々もアルヴァンと同じ気持ちだった。
「じゃあ、楽しもうか」
アルヴァンはベリットの通信機を手に取った。
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