第57話 目と目で通じ合う
ビョルクはなんとか上着に体を押し込んだ。
「お爺ちゃん、ひょっとして太った?」
エリンが疑いの目を向ける。
「そ、そんなことはねえぞ」
ビョルクは自分よりも二回りも小さい少女から目をそらした。
「もう、お酒はほどほどにって言ってるのに……」
エリンが肩を落とす。
「うるせえ、俺の体なんだ、どう使おうが俺の勝手だろうが」
ビョルクの言葉にエリンはうつむいて唇をかみしめた。
「……そんなこと、言わないでよ……私には、もうお爺ちゃんしかいないんだから……」
「エリン……その、悪かった……」
エリンの泣きそうな声にビョルクは自分がひどいことを言ってしまったと気づいた。
「そう、じゃあ、このワインもこのミードもこのビールも捨てちゃって良いね」
エリンはどこからともなくビョルク秘蔵の逸品の数々を取り出した。その目には一滴の涙もなかった。
「…………」
変わり身の早さにビョルクが絶句する。
「どうしたの、お爺ちゃん?」
ビョルクの目をのぞき込みながらエリンが聞く。
「わかったわかった……今回は俺の負けだ……」
頭をかきながらビョルクが認めた。
「まったく、おまえはどうして俺の前でだけは強気に出られるんだか……」
「私にはお爺ちゃんしかいないからだよ」
静かな声で、エリンは先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「お父さんのことはよく覚えてないし、お母さんも死んじゃった。私にはもう、お爺ちゃんしかいないの……だから、お爺ちゃんには元気で、幸せでいてほしいの」
「…………ありがとな、エリン」
ビョルクはそう言ってエリンを優しく抱きしめた。
「うん。気をつけて行ってきてね」
「なに、シグルの野郎の指示とはいえ、エイドレス様に会うだけだ。城の中なら危険なんかねえよ」
ビョルクは大げさなことを言うエリンを笑うと扉を開けた。
「……行ってらっしゃい、お父さん」
ビョルクを見送った後、エリンは誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「シグルさん、お父さんを傷つけたら私はあなたを絶対に許さない」
「分かってるさ、心配すんなって。ビョルクのおっさんにはちょっと人質になってもらうだけだからよ」
真剣な表情のエリンに物陰から現れたシグルは軽い調子で答えた。
「今日で、終わるんですね」
「ああ、何もかも今日で終わりだ」
エリンもシグルも火山の頂上に目を向けていた。
「アルヴァン君、ヒルデ君、警備兵の配置は頭に入っているかな?」
グレースが客間のテーブルの上に、自作した城の見取り図を広げながら言った。
「僕は大丈夫ですよ」
気負い無く淡々とアルヴァンが言った。
「わたくしもですわ」
ヒルデもうなずいた。
「じゃあ、ちょっとテストさせてもらおうかな」
グレースが二人に聞いた。
「かまいませんよ」
アルヴァンが答える。
「え、ええ、どんとこいですわ」
胸をたたいてヒルデが言った。しかし、その手が震えているのをローネンは見逃さなかった。
「アルヴァン君、ここに配備されている兵の人数は?」
グレースが見取り図の一部を指さしながら聞く。
「三人ですね。ただし、午後になると二人になります」
迷い無くアルヴァンが答えた。
「完璧だね。ヒルデ君、こっちに配置されている兵の人数は?」
アルヴァンの返答に満足したグレースはヒルデに首を向けた。
「え、ええとですね……」
ヒルデの視線が宙をさまよい、ローネンとぶつかった。
――助けてくださいまし。
ヒルデの目が言った。
――無理ですなあ。
ローネンも目で答えた。
――そこをなんとか……。
ヒルデの目が懇願する。
――あー、誰かさんに強めに焼かれた傷がうずきますなあ……。
ローネンの目がわざとらしく語る。
――あの件は遺憾に思いますわ。
ヒルデの目が謝意を伝える。
――納得のいく回答ではありませんが……まあ助けてやっても良いでしょう。
ローネンの目が恩着せがましく言っていた。
このやりとりを大変な速度で済ませた二人はうなずき合った。
「ヒルデ君?」
グレースが返答を促す。
ヒルデの視線の先でローネンの首が二回ひねられた。
「そこにいるのは二人ですわ!」
勢いよくヒルデが答えた。
「正解だね」
グレースが言った。
「やりましたわ!」
ヒルデが高々と拳を突き上げる。
「じゃあ、兵の装備は?」
グレースから追加の質問が飛んだ。
「………………」
ヒルデは師匠に目を向ける。
しかし、ローネンはヒルデに背を向けた。
詰んだことを悟ったヒルデがおそるおそるグレースに目を向けると、彼女は笑みを浮かべていた。
「ダメじゃないかヒルデ君、それはカンニングだよ」
「…………!」
ばれていたことにヒルデが絶句する。
「ヒルデ君は補習だね。……それと、ローネン」
名を呼ばれたフクロウはびくりと体を震えさせた。
「このボクを出し抜こうだなんて良い度胸だねえ……」
グレースの柔らかな声の下に隠されたものを知っているローネンは心底恐怖した。
「ええと、僕ちょっと出てきますね」
「ああ、かまわないよ」
アルヴァンが聞くと、グレースはヒルデとローネンを厳しく指導しながらそう答えた。
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