萩尾望都著「11人いる!」

沢田和早

萩尾望都著「11人いる!」

 ※ネタバレがあります。未読の方はご注意ください。



 45年を経た現在でも色褪せないSF漫画の名作です。


 宇宙大学の最終試験に臨む10人の受験生たち。

 試験会場となった宇宙船に乗り込むと、そこには1人多い11人がいる。

 困惑の中で鳴り響く爆発音。

 コンピューターを起動させて起爆回路を切断したところで届くメッセージ。


「最終試験はこの宇宙船に53日間滞在すること。1名でも落伍者が出れば全員不合格。非常ボタンを押しても不合格。健闘を祈る」


 冒頭部分の息もつかせぬ展開が見事です。読者は一気に物語世界へ引き込まれます。


 2カ月弱の共同生活は気心知れた仲間同士でもなかなか大変です。彼らはみな初対面同士、しかも住む星さえ違うのですから簡単には打ち解け合えません。

 容姿が人外な者、王様、性未分化者、サイボーグ、そして主人公は卓越した直観力を持つ一種の超能力者。それに加えて謎の11人目。それが誰なのかわからないまま猜疑心に満ちた彼らの生活は続きます。


 やがてひとつのトラブルが発生します。船内温度の上昇です。最初の爆発で軌道が変わり宇宙船は恒星に引き寄せられていたのです。

 さらに船内に繁殖する電導ヅタが問題を大きくしました。金属線の代替品として配線に利用されるこのツタは40℃を超えると表面に結晶体を作り、そこに高致死率のウイルスを発生させるのです。

 実は主人公は幼少期にこの宇宙船に乗り合わせた生き残りで、11人の中で唯一彼だけがこのウイルスの抗体を持っていたのです。


 船内温度を下げるための努力が始まります。しかし暑さによる疲労と焦りで作業は遅々として進みません。

 そんな時、主人公が犯した大きなミスを切っ掛けに溜め込んでいた彼らの不満が爆発します。

 主人公を11人目だと決め付け、

「ヤツを殺して脊髄液を取り出せ」

 と襲いかかるのです。


 この辺りで味わわされる絶望感は半端ありません。この作品のヤマ場と言ってもいいでしょう。

 脊髄液からワクチンが作れるはずもなく、もし主人公が11人目でなければ「落伍者が1名出れば全員不合格」の規定によって彼らも不合格になるのです。そんな理性的な判断もできないほどウイルス感染の恐怖に駆られ、主人公に銃口を向ける彼らの姿はあまりにも愚かで哀れです。


 密閉空間で生き残ろうとする彼らの運命は非常に過酷です。しかし地球に住む私たちも彼らと同等、いや彼ら以上に過酷と言えます。

 私たちは問答無用で地球に搭乗させられ何の助けもなく宇宙を漂っています。言ってみれば宇宙船地球号の乗員なのです。そしてその宇宙船には彼らのように非常ボタンはありません。53日後に迎えが来ることもありません。

 現代の技術では地球から完全に独立して生きていくのは不可能です。どんなアクシデントに見舞われようとも宇宙船地球号の中で生き残りを模索するしかないのです。


 主人公に銃口を向ける彼らは確かに愚かです。しかし私たちはどうでしょう。愚かではないと言えるでしょうか。

 リーダー格の受験生に賛同して主人公を11人目だと決め付けたように、声の大きな者たちに無条件に追従してはいないでしょうか。

 試験不合格の可能性を顧みることなく主人公を襲ったように、憶測だけで判断して軽挙な行動をしてはいないでしょうか。

 自ら考えようとはせず多数意見に迎合してはいないでしょうか。

 己の保身だけを考え他者を蔑ろにしていないでしょうか。


 受験生たちが力を合わせなければ全員不合格となるのは目に見えています。私たちも同じです。人と人、都市と都市、国と国、互いに銃口を向け合っていては宇宙船地球号に明るい未来はないでしょう。


 この漫画を名作たらしめているのは、これだけの絶望的状況にもかかわらずハッピーエンドで締めくくられる点にあります。「ああ、良かった」と安堵の涙がこぼれるような結末で読者を迎えてくれるのです。

 宇宙船地球号の物語をハッピーエンドへ導くにはどうすればよいのか、この作品を読んで今一度考えてみてはいかがでしょうか。



 電子書籍としては、

 BOOK☆WALKER 550円(税込み)試し読み28ページまで。

 アマゾンKindle版 550円(税込み)試し読み14ページまで。

 などがあります。是非どうぞ。

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