【番外編】ローゼマリーの恋8ー一番と二番
その夜。
「また面白いことを考えたね」
カモミールのお茶を飲みながら、ルードルフ様が笑いました。
「つまりエルヴィラは、その三人がそれぞれ説教をしたら、なにかが起こると思ってるんだね?」
わたくしは頷きます。
「もしこれが本当に、大神官候補であるエリック様への嫌がらせだとしたら、またとない機会だと思いますもの」
ルードルフ様は苦笑します。
「エリックに女性問題を起こそうだなんて、相手もよっぽど切羽詰まってるんだな。私が知る限り、恋愛から一番遠い。将来、神官になるから一生結婚しないと子供の頃から言っていた男だよ」
まだ子供のエリック様と、同じくらい子供のルードルフ様を想像して、わたくしは微笑みました。
「ですが、その、よほど切羽詰まってるという可能性もありますわ」
「コンラートに? それともウラジミル?」
わたくしは小さく首を振ります。
「そこまではまだわかりませんけども」
確かに、とルードルフ様も頷きます。
「ハンスとアヒムが今回の件の協力者だとすれば、シーラッハ伯爵家が関係していると考えた方が自然だな」
ええ、とわたくしも同意して、続けます。
「ただ、コンラート様とウラジミル様、どちらが大神官になっても、シーラッハ伯爵家が得をする明確な根拠は今のところ見つかりませんの」
「ふむ」
「ただ、得はしないけど、損をしない、というのはあるかもしれませんわ」
ルードルフ様はカップを置いて腕を組みます。
「クリストフがローゼマリーと結婚したら、少なくともエリックの噂は潰せる……クリストフの気持ちはどうなんだ?」
「明日にでも確かめようと思います」
ルードルフ様はそこでもう一度苦笑しました。
「果たしてそう簡単にいくかな?」
「なにがですか?」
「エリックが一番なら、クリストフは二番だからだよ」
‡
クリストフの父と母は、貴族にしては珍しく、寡黙で派手なことを好まない性質だった。
大きな声を立てることを嫌った父は、クリストフや兄ロベルトが少しでもはしゃぐと叱り、足音が響かせるだけで怒鳴った。クリストフとロベルトは、音を立てずに歩くことが上手くなり、母も使用人たちもそれに倣った。
そんなクリストフも騎士団に入ってからは、いくらか快活になった。
周りから言わせればまだまだ堅物で頑固者だったが、好きなだけ声を出し、好きなだけ鍛練出来る日々は、クリストフを溌剌とさせた。
真面目なクリストフに興味を持つ女性も現れ、色恋を仕掛けられたこともあったが、どれも気乗りしなかった。むしろこのままひとりがいいと思っていた。
仲間もいるし、仕事は楽しい。
家督を継ぐ兄は、早々に婚約者を決められていたが、クリストフは後回しにされたままだった。父の興味がそこになかったのだろう。
それでいいと思っていた。クリストフにとって結婚は、自分とは関係ない、遠い出来事だった。
あの風変わりな侍女と出会うまでは。
その侍女は、若い娘なのに、いささか変わっていた。
主人である皇太子妃殿下と、己の信仰に忠実過ぎて、周りから浮いていた。
だがとても真面目で、仕事熱心だった。
笑うと春の日の蝶のように愛らしかった。
いつしか、クリストフはその蝶の到来を楽しみに待つ自分に気が付いた。
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