【番外編】ローゼマリーの恋ープロローグ
エリー湖の視察から戻ってからしばらくが経ちました。
わたくしもルードルフ様も、執務に忙しい日々を送っていたある日のことです。
「エルヴィラ様、少しよろしいでしょうか」
クラッセン伯爵夫人が深刻な表情で、わたくしの執務机の前に立ちました。
「どうしましたか?」
顔を上げて問いかけますと、クラッセン伯爵夫人は、声をひそめました。
「内密にご相談したいことがあります」
そんなことは初めてだったので、わたくしはすぐにクラッセン伯爵夫人以外の者を下がらせました。
‡
「ローゼマリーの様子がおかしい?」
クラッセン伯爵夫人は、ためらいがちに続けました。
「はい。エルヴィラ様のお耳にわざわざ入れるのもどうかと思ったのですが……」
わたくしはいつも快活なローゼマリーを思い浮かべて、首をひねりました。
「おかしいとはどういうことでしょう?」
トゥルク王国から帰ったばかりの頃はともかく、最近のローゼマリーに変わった点はありませんでした。あの頃は、とにかくわたくしにぴったりとくっついて、なにかと心配してくれていたものですが。
と、そこまで考えてわたくしは、そういえば、と思い直しました。
「最近ローゼマリーの姿を見かけないことが何度かありましたね。それと何か関係があるのでしょうか?」
ローゼマリーに用事を頼もうとして、どこにいるのかわからない、ということがほんの数回ですがありました。仕事に影響が出るほどではなかったので、気に止めていなかったのですが。
「はい」
クラッセン伯爵夫人は頷きます。
「申し上げにくいのですが、ローゼマリーは……その……好きな人が出来たのではないかと、そんな噂が立っているとエルマが聞きつけてきまして」
好きな人。
わたくしはその言葉と、最近姿を見かけないローゼマリーを結びつけます。
ということは逢引を?
執務中にあのローゼマリーが?
まさか、と思いましたが、クラッセン伯爵夫人の真剣な顔がそれを裏付けます。真偽はともかく、そんな噂が立っているのですね。
しかし、とわたくしは首をひねります。
「お相手はどなたでしょうか? ローゼマリーはまだ特定の相手がいないと聞いていますが」
宮廷に出仕しなければ修道女になりたかったと言いのけるローゼマリーです。婚約者はおりませんでした。ゴルトベルグ伯爵がローゼマリーの意に反して決めることもありうるでしょうが、それならわたくしの耳にも入っているはずです。
クラッセン伯爵夫人も頷きます。
「そこなのです」
わたくしは思わず声をひそめました。
「つまり……公には言いにくい相手なのですね」
だからこそ人の噂にも上るというわけです。
「誰なんですか? その相手は」
クラッセン伯爵夫人も、声をひそめて告げました。
「神官のエリック様です」
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