第25話:死んでも生き返らせればいいじゃん
俺はガリラヤ湖の面したカファルナウムの街を出たのだが……
「おい、ユダ」
「はい、イエス先生」
「1000人って言ったよね?」
「はい、そう聞きました」
このイケメンのボンボンは真面目な顔で俺に返事した。
俺が無教養で数も数えられない貧弱な脳みその木偶の坊だと思っているのか?
今の俺は昨晩、マリアちゃんとチュウを16回、もっと気持ちいいこと27回で足すと43回という計算すらできるようになっている。
いいか、1000という数字、数がどれくらいの人数くらいかは分かるのだ。
「どーみても、多いっすよね。俺らが漁師だった時に獲った魚より多そうだ」
「だいたいそうだな。兄ちゃん」
ペドロとアンデレの兄弟が雑な会話をしていた。
こいつらは相変わらず、定量的な概念を把握できない。
「すごく多い」「多い」「普通」「少し少ない」「少ない」「すごく少ない」の世界に住んでいる。
でも、俺の高弟である。まあ、数が数えられるかどうかは、救われるかどうかには関係ねーから。
でもな、俺の場合、そうもいかない。
もう、そんな立場じゃない。
「ユダ、どーみても数千人規模に見えるんだけど?」
「どうも、イエス先生が故郷に帰るという話が漏れたようで…… 周辺から続々と人が集まったのです」
「なんだと」
なんで、その話が漏れたのか?
よく考えるまでもなく、理由は分かった。
だって、俺秘密にしてなかったし。自分で、言いふらして説法してたし。
それで、こうか…… やばいな。
「ああああ、メシア様…… 救い主様、どうかお救いを……」
まだ若い男がすり寄ってきた。
「どーした?」
「死にました」
「あ? 生きてるじゃん?」
「私じゃないのです」
「じゃ、誰? 誰が死んだの?」
「12歳の娘が死にました」
「そう」
故郷に凱旋するその日。
朝からいきなり「娘が死にました」という親に出会う。
これは、いくら神の子とかさ、神のチートの力持っていても、気分的にどうなの? って感じになる。
「で、死んだ娘は?」
「まだ家で……」
「しかたねーな」
俺は頭をポリポリとかいた。
これを見捨てて、故郷にノコノコ行くほど俺は鬼ではないのだ。
子どもに死なれれば、悲しいだろう。
俺だって、マリアちゃんが俺の子ども産んでくれて…… ああ……
おれは、なんか、人類を救うって生き方じゃなくて、そういった普通の生き方がいいなぁって一瞬思ってしまった。
小さくて貧しくても美しいマリアちゃんと子供たち。
でもって、そういった者がいたら、俺もマジな大工になるように頑張れるかとか考えた。
いや、ダメだ。俺は神に選ばれし、神の子なのだ。
「人類救済計画」を進めねばらん。
なによりも、マリアちゃんは「黙示録の獣」すら倒した俺にガチ惚れなのだ。大工の俺ではないのだ。
「ユダ、ちっと、この人の子ども生き返らせてくる。それから行く、ナザレに」
「まあ、それはよろしいですが、この群衆は……」
「仕方あんめぇよ。付いてきていいって、でもって、道中で治療しながら行くわな。どーせそんなんだろ?」
「おそらくは、治癒希望者がほとんどかと」
「歩けそうにない奴は、弟子に運ぶように言ってやれ、1000人いりゃ出来るだろ」
俺の指示にユダはうなづく。
こいつは、こういうことをやらせれば、優秀だ。仕事に隙がねえからな。
問題ないだろ。
「じゃあ、娘か? さくっと生き返らせにいくぁ」
「おねがいします先生!!」
男は、顔をぐしゃぐしゃして俺にすがりついた。
俺の服が濡れていた。
◇◇◇◇◇◇
それほどデカイ家ではない。
半分、ぶっ壊れたような荷車が、家の前に置いてあった。
俺は家に入った。
すすり泣くような声。
母親か……
布に包まれた人間だった物があった。
そしてその脇で女がそれにしがみ付いて泣いていた。
「来てくれたぞ! イエス様が! 奇蹟を起こす方が!」
ガバっと女が顔を上げた涙でグズグズとなった顔であるが整った顔をしていた。
まだ若い感じだ。
「この子が死んでるの?」
「そうです」
「なんで、死んだの?」
「ローマです…… ローマ軍の……」
「ローマかよ」
人の家でなければ、ペッと唾を吐きたくなった。
「私は行商をしております。家の前にありました荷車が、壊れ、道の真ん中で往生していたのです」
「ふーん」
「そこに、ローマ軍が行軍してきまして、邪魔だと……」
「どけりゃいいじゃん」
腹立つのは分かるが、それはどけるしかないのだ。
「しかし、荷車が壊れて動かないのです」
「なるほどなぁ」
それは盲点だった。
「そして、奴らは、荷車を…… 一気に転がしたのです。段差のある道です荷車が転げ落ちました」
「で」
「それに娘が巻き込まれ、死にました」
「そうかぁ、酷い話だ。マジ、ムカつくなローマ。とっとと、滅びりゃいいのになぁ~」
俺は言った。胸糞悪い話しである。
ローマ帝国などは、炎に焼かれて滅びろと思う。このさい半分くらいはゲルマン人の侵入でもいいかと思うよ。
「娘を! とにかく、娘を助けてください」
「あ、わーった」
俺は「生き返れ」って思って娘をさわった。
でも、それだけでは、劇的な演出の面でどうかとも思った。
俺にとっては「死んでも生き返らせればいいじゃん」と言う程度の問題だ。
しかしである。
人の死。これは、普通の人間にとっては絶望だ。
そしてだ。
人が生き返る――
これはかなりな奇蹟だ。
目が見えるようになる。
歩けるようになる。
それとは格が違う。
絶対的な絶望からの回帰。
奇蹟中の奇蹟のひとつだろう。
これが「ほい、生き返り一丁、はいよ」って感じでは、演出面でどうかと思う。
預言者という仕事を続け、その点俺は考えるようになったのだ。
なんか言った方がいいか?
「タリタ、クム―― 少女よ、ワタシはアナタに言う、起きあがりなさい」
庶民にはこんな演出も必要かと思う。
多分、人類救済計画にも必要だろう。
そしたら、生き返った。娘。さすが、俺。マジですごいな。
ムクっと起きあがる娘。
「お母ちゃん! お父ちゃん!」
「あああああ!! あああああああああああああ!!」
絶叫のような声を上げ、娘の名を連呼する母親と父親。
まあ、なんかうらやましいような気もした。
なんだろうな…… 神の国か……
「おい、なんか食わせてやれよ。娘に」
「あ…… はい! はい、イエス様」
土下座して俺にいう父親と母親。
「それかやさぁ、これから、俺、故郷に凱旋説法に行くから、あんまりこのこと言うなよ。他に生き返らせろっていうのが増えても困るしさぁ」
「分かりましたぁぁぁ!!」
ということで、俺は凱旋前に一仕事したのである。
◇◇◇◇◇◇
「しかし、ムカつきまぜッ! ローマはぁ! 税金はむしり取るし、子ども殺す? ゆるせねぇ」
ペドロは怒りで大分増えてきた髪の毛がますます、アフロのようになってきた。
どうしたわけだろう。このまま、完全アフロだとペドロというよりシモンだなと思った。理由は分からない。自分でも。
「まあ、俺らは裁きの日が近いこと、神の国が来ることを伝えるだけだ。そのとき『ローマざまぁwwww』と草生やせばいいんじゃね?」
「ま、そうかもしんねぇですけどね」
「でも、イエス様が本気になったら、ユダヤをローマから解放するのも、出来るんじゃないかしら。最強だし――」
そう言って俺にチュウをする。マグダラのマリア。
ユダヤ社会では、チュウは尊敬を表す普通の行為でもある。
「女! オマエは後歩いたらんかぁぁッ! でしゃばるな!」
ペドロ激昂。どうも、この女をペドロは嫌いなようだった。
マリアはフンといって、下がっていく。
俺はマリアの後姿を見る。超ロングの金髪は今はベールで隠れている。
でもって、周囲は群衆。すごいことになっているのだ。
俺たちは、ナザレに向かっているのだが、群衆が半端ない。
なんか、歩いている最中も、人は増えているのだ。
「イエス先生は、もはやガリラヤでも並ぶものなき、預言者ですから。仕方ありません」
「そりゃ、そうかもしれんがよ…… とんでもねーな」
ユダの言葉に、俺の表情はにやけたのかもしれない。
ユダの口角がスッと上がった。なんか含むような笑み。
この事実自体には、あんまり悪い気はしない。
だが、どうにも有能すぎのユダには気になるところがある。
ホモ疑惑が晴れたわけでもない。
「イドマヤ、ティルス、シドン。ヨルダン川の対岸の街からも人が来ています」
「ふーん。まあ、いっか」
とにかく、来ちまったもんは仕方ないのだ。
そして、俺たちは数千人で、俺の故郷である寒村・限界集落・過疎の極みの貧乏村であるナザレに着いたのだ。
俺の凱旋。そして当たらな伝説が始まるのだ。
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