第17話:俺の説法完ぺきすぎる。マジで
彼女は、波打つような長い金髪を軽く手で払った。
そして、水蜜桃のような唇をゆっくりと開いたのだった。
「私は、自分より劣った男についていく気はない」
凛とした言葉。それでいて、詩を謳いあげるかのような響き。
マグダラのマリアの言葉だった。
優雅――
声も姿も優雅。存在が優雅なのである。
歩を進め、俺に近づく。
その所作に隙がなさすぎなのだ。
ゆっくりと腕が伸びた。
芸術品のような肢体。
嫋やかと言っていい指先それが俺に向けられた。
「問う―― オマエはなんだ?」
「ナザレのイエス。今は、え~ ガリラヤでちょっと預言者やってますけどね」
「預言者か……」
マリアはそう言うと、心もち、顎を上げ、俺を見下すような目で見た。
なんか、ゾクゾクするような目つき。青い瞳が一層深い色になった気がした。
「うん、預言者―― 説法とか結構得意だけど。聞く? 神の国が来る! 悔い改めろって感じの――」
正確に言えば、今のところ、職業が「預言者」? 業界歴は短いけど。
でもって、神の子って感じか―― そう考えると俺って、結構すごくね?
「神の国か……」
「うん、神の国ね。来るから。マジで」
真正面から俺を見つめる青い瞳。
「では、その神の国とはなんだ? どこにあるのだ? そんなものは」
「えー、結構難しいこと聞くねぇ…… マジで。うーん……」
正直考えたこともねぇ。まじ、なんとなく「神の国」フレーズが当たり前なので言っていた。
ここで「考えたこともねぇ」とか答えるのもありなのかなぁと思ったけど、それも一歩間違えるとカッコ悪いかなと思った。
俺は腕を組んで考える。
「天――」
相手の反応を見ながら言った。あ、なんかキレイな口元が笑ってる。
「じゃないね。だって、そこにあったらさぁ、鳥の方が先に神の国行くよね。俺はそれは無いと思うんだよ。魅惑のチキルームじゃないから。マジで」
マリアが「おやッ」って感じで顔色を変えた。
どうやら成功だ。これでいくしかねぇ。顔色見ながら言うことを変えるしかねぇ。
「海――」
また、少し笑った。
「でもないよーん! だって、魚がいるからね。魚が先に神の国に行くとかおかしいよね。だって、魚だよ。あり得ねーから」
マリアが身を乗り出して俺の話を聞きだした。
さすが、俺であろう。
「つーかな、神の国はあるんだよ。ある。ぞれ前提。ね、あるんだけど見えない。なんか、あるなーって感じで。でもって、こうね、来るかなぁと思っている間は来ない。神の国忘れたころにやってくる。あれ! あんじゃん! って感じで、考えるな感じろってな物だと俺は思う。だから、信じる。強く信じる。内在性? 難しい言葉。すまん、ちょっと言ってみたかった。心の内にありながら、同時に外にもあるという量子論的重なり合いというか、量子ねじれ? 存在という意味を論じないのが、神の国! すごいね! 神の国!」
ポカーンと俺の顔を見つめる。
おお、俺の説法に圧倒されているとしか思えんなこれは。
しかし、本当にキレイで可愛らしいな。
こんなのが嫁になったらいいなぁ……
危うく内部で姦淫を犯しそうになるのをギリギリで堪えた。
マリアは、細い指を顎にあて、思案気にしている。
なんか「反宇宙的二元論を論拠にしてきているのか…… 只者ではないのか…… 量子論まで及ぶ…‥ この時代に……」と言っていた。よー分からん。
「ねえ、分かった? 神の国」
俺は訊いた。つーか、言ってる俺がよく分からんのだけど。
「では―― 神。神とはなんだ? 預言者イエスよ」
「神? ああ、主ね、むやみ神とか言わない方がいいから。あれ呪うから、すぐに……」
「神(オヤジ)! オヤジについてなら、俺にちょっと言わせてくれませんか! 本当に」
サタンがいきなり言い出した。
俺の後ろにいたのに、前に出て語りだした。
「ああ、クソですぉぉ!! なんかね天地創造したんですけどね。雑なんですよ。仕事が。6日でざーっと作って。超適当。でもって、人間も自分に似せて創ったので、アカンのですよ。狂ってます。
ダメだこりゃぁぁ! とか言って、一回リセットボタン押してますからね。大洪水で。
そもそもですね――
エデンに、わざわざ、食わせちゃいけない「知恵の実」「命の実」を植えてですねぇ。『絶対喰うなよ、絶対喰うなよ!』って言うんです。なら、最初から植えなきゃいいじゃん。本当に! なに植えといて食うなって。
でもって、頭おかしくてですね。俺にヘビの役やらせて『おま、イブに知恵の実食うように言ってみ?』とか、言っておいて、食ったら楽園追放ですよ。アダムとイブ。こっちはヘビにの姿のときに、頭踏まれて、手足むしられましたからね。痛かったですよ。泣きましたわ……
後、呪いとか大量虐殺が大好きですよ。ヤバいですよ。狂ってる。『呪いだぁぁ』とか言って、エジプト中の赤ん坊を殺しまくったりね。ろくなもじゃないですからねぇ。人間なんてゴミ屑以下としか思ってませんからね。自分勝手で、なんちゅうーの、自分大好きで、自分が大好きな人が好きで、それ以外は殺すって感じですわ。
ああ、それから信じて神が大好きでも酷い目にあいますからね。義人テストとかね。協力させられるんですよ。痛ましくて見てられんですわ…… 信じ深い人がとこまで、神を信じるか、どんどん酷い目にあわせる。家族皆殺しで、無一文にするんですよ。自分を熱心に信じている人を…‥
で、全部、悪いことは私、サタンのせいですからねぇ。もう、やってらんねーんですよ。本当に。どーにかしてくださいよ~」
泣き言なのか、愚痴なのか分からんことを一気に語るサタン。
しかし、誰もお前に訊いてないのだ。しらねーよ。俺はオマエを救う気は全然ないから。
しかし、神ってなんだ?
いや、確かになんだ?
俺のオヤジ? そんなこと言ってたけど。
それは言えないわな。さすがに。
俺の人間のオヤジは学はないが、よく本を読んでいたなぁ。
その内容を俺は聞かされた育ったのだ。
だから、そんなことを考えたこともある。でもなぁ……
まあ、適当でいいかぁ。
「神はアルってこと以外、考えても仕方ねーだろ。人間なんて、神から見れば、下らねェ蓄群(ちくぐん)だぜ。意味とか、そんな人間が定義できるような存在じゃねーんだよね」
神が何者であるかとか、それが何なのかということを考えるのは意味がねぇんだ。
答えなんか出てくるはずがないから。
分かっているのは、神は創造者であること。で、創造者であるから、それをぶち壊すのも見捨てるのも自由だってことだ。
俺はたまたま、神の子だった。
だから、底辺大工から、ここまで這い上がった。
でも、神がいたって、貧乏な奴は貧乏だし、そもそも、ユダヤ自体が、ローマに占領されとるわけだよ。
その歴史は負けまくりだよ。本当に……
正直な話、一部の金持ちは、ユダヤ的なもんを捨てて、ギリシャ・ローマ的なものが上等だと思っている。
でもって、祭司階級や律法学者はローマに取り入って、甘い汁を吸っているわけだ。
これが、今のユダヤの現状だ。
俺は大工の仕事が下手くそで、30歳になっても簡単な仕事しかさせてもらってなかった。
つーかできないのだ。
俺は手先は不器用だった。
だから言われた『オマエらユダヤ人って、不器用すぎて、まともに神の象を作れないんで、偶像崇拝禁止してんじゃね?』とか言われた。
まあ、それは俺の問題であったのだが。
ああ、神だ。神な……
「神は全知全能。なのに、なぜこの世界に悪がある?」
「そもそも、悪とかなんかさぁ、それ人間の決めたことだからなぁ。神にとっては関係ねーから」
「全知全能ならば、自分の持ち上げられぬ石を作れるのか?」
「できるんじゃねー?」
「では、全能ではないな」
「作らなきゃいいじゃん。全能だから、そんな物を作らない自由もあるんじゃね? 神にだって意志はあるでしょ」
神は全知全能だ。でも、全能であっても、やるかどうかは、神の意志次第だ。
能力的に「出来る」ことだって、やる気がなきゃやらねーよ。
なに言ってんだろうなぁ……
「傲慢な神だな――」
「そりゃ、人間の価値観だからな。俺らがどうこう言えるか? 家畜が人を批判できるかい? できねーよ」
「まさに、畜群か……」
「だから、対話だ。神との対話は祈りだよ」
「それで、人は救われるのか?」
「知らねー。救われるかどうかも、神次第だからな。何かをすれば救われるって計算も、人間の思い上がりだ」
しかしだ。やはりブルジョアは死んで欲しい。裁かれて欲しい。そんな思いはある。
クソどもは死ね。むしろ死んで裁かれるより、俺の手で裁いてやりてぇくらいだ。
マリアは黙って思案気にしている。
なんか、俺の口から思いもよらんことがベラベラと出てくる。
やはり断食修行と日々の説法が俺のスキルを上げていたのだろう。
「でも、嫌な奴だよ…… 神(オヤジ)は…… 怖ぇぇしさぁ」
サタンが後ろで小さくつぶやいている。オマエの愚痴はもういい。
俺は思った。
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