夏祭りで出会った子は、どうしようもない現実を突き付けてきた。

しゃみせん

ありがとう、さようなら

 大学の夏休み、俺は久しぶりに地元に帰ってきた。


 その日、俺の地元では夏祭りが行われるみたいだ。

 ガキの頃から通ってた祭りだ。


 これはいかねばと、幼馴染み達に声を掛けて参加する。



 六時に公園前の広場で。

 待ち合わせを決めて、慌てて実家に帰り準備をする。


 地元にはもう何年も帰っていない。あいつらに会うのも久しぶりだ。

 待ち合わせ場所に幼馴染み達は、一台のワンボックスでやって来た。


 久しぶりに会った奴等は、髭が生えたり太ったりと面影を残しながらも少しずつ歳を取っていたみたいだ。まぁ、俺も一緒か。



 車を近くの駐車場に止めて、男だけで祭りを堪能する。

 射的にくじ引き、欲しくもないけど金魚すくい。

 一瞬だけでも昔に戻ったみたいで、なんだか俺は楽しかった。



「なぁ、あの子ら可愛くね?」


 幼馴染みの悦喜よしきが声を掛けてくる。

 悦喜が指を指した先には、浴衣姿…ではなく、Tシャツにスエット、キャラクターのサンダルを履いたいかにもな女達がいた。


「お前、あんなの好みだっけ?」


「いや、俺じゃなくてお前が好きそうじゃん!」


 悦喜は俺に対して言ってたみたいだ。俺の事をどう思ってるんだ。


 スエット姿のいかにもな女達は、格好こそ酷かったが、確かに可愛かった。


 わいわいキャピキャピしてる奴等が3人、その隣で座り込んでる奴が1人。その座り込んでる女は、確かにモデルと言っても良いくらいの見た目だった。



「ねえ、君たち何してるの? お祭り終わったらカラオケでもいかない?」


 もう1人の幼馴染み、亜久里あぐりが突然話しかける。

 女達は呆気に取られた後、爆笑し始める。


「きゃははー! あんたマジで言ってんの? 鏡見てから出直してこいよ!」


 女の1人が笑いながら亜久里を罵倒する。確かに亜久里はイケメンじゃないが、そんな言い方しなくてもいいだろう。


 ちょっと腹の立った俺は、作戦を考えてもう一回アプローチしてみることにした。





 ブロロロロ……


「ねえ、君ら何してんの? ドライブでも行かない?」


 俺の考えた作戦。それはドデカイアメ車を横付けしてナンパする事。

 幼馴染み達が乗ってきた車を借りて俺は声を掛けてみた。



「おにーさん、凄いの乗ってるね? それでドライブ連れてってくれるの?」


「そうそう、これで行こうぜ? どこでもいいよ!」


 俺の言葉に女達はホイホイ乗ってきた。あの座り込んでた子も、無表情ながらついてきてくれたみたいだ。



 とりあえず第一段階成功。

 男と女、合わせて8人を乗せた車は、最寄りの海岸まで向かって走る。



「(俺はあの子な!)」


「(じゃあ俺はあの子!)」


 悦喜達は女達に聞こえない様に狙いを話している。

 ……多分聞こえてるぞ。



 車を走らせて小一時間。目的地の海へ辿り着く。

 流石に夜で泳げないから、みんなで花火をやろうと途中のコンビニで調達してきた。



 手持ち花火を持ちながら走り回る幼馴染み達の姿を見ながら、ふと砂浜に座り込んでる女が見えた。夏祭りの会場でも座り込んでたあの子だ。



「どうしたの? 花火やんないの?」


「うっせーよ、あっちいけ」


 おうおう、ここまで来ておいて酷い言い草だな。だけど、真っ暗な海を見つめるその姿はやはり可憐で、おいそれと引き下がる訳には行かないのだ。


「そんな事言うなよ。みんなでワイワイするの嫌いなの?」


「嫌いじゃねーよ、お前らが嫌いなんだよ。なんなんだよ、オレ達だけで遊んでたのに突然連れてきてよ」


 どうやらこの子はオレっ子らしい。相変わらず態度は釣れないけど、少しは話してくれるかな?


「ああ、それは悪かったよ、ごめんな。俺達も男ばっかりだったからさ、女の子と遊びたかったんだよ。悪気もないし、変な事もしない。君、名前はなんで言うの?」


「教えない」


「いやいや、名前くらい教えてよ。流石に名前を知らないと呼びづらい。俺は隆弘たかひろ。たかでもなんとでも呼んでいいよ。君は?」


「……理恵りえ


「そっか、理恵か。可愛い名前だね。理恵はいくつ?」


「18」


「じゃあ高校生?」


「高校は行ってない。プータロー。バイトもなんもしてない」



 うーん、とっつきにくい。名前と無職って事が分かっただけだ。だが、まだまだ諦めない!


「一緒にいる友達は、どこの友達?」


「あいつらは中学の友達。最近全然会えなくてさ、久々にみんなで集まったんだ」


「そうなんだ! 俺も久々に男どもで集まったんだよ! やっぱり祭りは良いよね」


「ああ、祭りは面白かった。アンタらが来なければな」


 うっ。理恵が冷たい目線でこっちを見てくる。なんとか話を逸らさないと……。


「ひ、久しぶりに会うとみんな少しずつ変わってくよね! 俺の友達は髭が生えたりモヒカンになってたりしたよ!」


「……そう、なぁ。変わってくよな。みんな」


 そう言って、理恵は砂浜で走る友達を見つめていた。



 そこから、少しずつではあるが理恵は自分の事を話してくれた。

 他愛もない話だ。だけど、拙くとも一生懸命に話をしてくれた。

 どうやら理恵は言葉遣いが苦手で、恐らく年上である俺達に対してどういう風に話せばいいのか分からなかったみたいだ。

 こんな見た目なのに意外過ぎて笑ってしまった。



 俺と理恵で話し込んでいると、気付けば花火も終わり、水平線が白く染まってきた。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか。悪かったね、いきなりこんな所まで連れて来ちゃって」


「……いや、いいよ。そこそこ楽しかった。……また、……皆んなで、……ドライブ行こうぜ」


 消え入りそうな声で理恵はまた遊ぼうと言ってきた。素直になれない子が素直に言ってくれた事が嬉しくて、俺は思わず即答してしまった。




 ◆◆◆◆◆




 理恵とはそこから毎日メールをした。

 相変わらずメールでもそっけない態度ではあったが、どうやら深く読み取ると遊びに行きたいという事らしい。


 夏祭りで一緒にいた友達は、バイトや受験勉強で忙しく中々遊べないとの事だ。



 そしてその矛先は俺に向いた訳だ。バイトで貯め込んだお金と大学生の特権の有り余る時間を使い、俺は理恵と色々出かける事になった。


 デートと呼ぶには申し訳ないが、ゲームセンターやドライブ、心霊スポット等まぁ学生の暇つぶしみたいな事は散々してみた。


 残念な事は、ほぼ毎日朝から晩まで一緒だったのに、理恵は俺の事をオッサンと呼び、恋人の様な事も一切なかったことだ。

 唯一あった接触は心霊スポットで驚いた理恵が俺に飛び付いて来た事だけだった。


 ……あの匂いは絶対忘れない!






 夏も終わりに近付き、俺もそろそろ大学のある街に帰るかなーといった頃。

 理恵と二人で入ったファミレスで、理恵が真剣な顔をして話しかけてきた。


「なあオッサン。そろそろ大学始まるんだろ?」


「ああ」


「そっちに帰るんだよな?」


「そーだなぁ」


「……オレも、オレも連れて行ってくれ!」


「えっ!?」



 突然の理恵の言葉に俺の声は裏返ってしまった。


「な、なんだよ急に……。俺の大学、ここから結構離れてるぞ?」


「いいんだ、離れた所にいきたい……」


 それっきり理恵は黙って俯いてしまった。



 運ばれてくる料理を無言でつつきながら、理恵の言葉を待つ。

 料理があらかた食べ終わった後、ゆっくりと理恵が口を開く。


「……オレさ、両親が離婚するかも知れないんだ。もう別居してるんだけどさ、母親が知らない男を連れて来るんだ」


 再びの衝撃的な発言に、俺は返事が出来なかった。

 そして一度開いた口は、堰を切った様に言葉が溢れ出し、止まらなかった。


 母親が連れてくる男が、理恵を厭らしい目で見てくる事。

 その事を母親に言ったら、逆にアンタが誘ったんじゃないかと疑いをかけられた事。

 友人達も今は忙しく、頼る事が出来ない事。

 バイトもしてない、一人暮らしも出来ない、だけどその男は毎日の様に家に居る。

 母親の事を考えると、騒ぎを大きくする事も出来ず、ただ自分が我慢すればいいとぐっと堪えていた。

 そうして、ストレスで夜も寝る事が出来ず、段々と部屋から出る事も辛くなってしまったそうだ。




 そんな家が嫌で嫌で、久しぶりに友達と集まった時、そこにふと俺が現れた。


 最初は友達との時間を邪魔する嫌な奴だと思った。だけど、海辺で話をして、久しぶりに人と話をした気がした。

 それに、理恵の事に興味を持って色々と聞いてきてくれた。

 ああ、オレは誰かに必要とされているんだ。

 そんな感情が生まれたらしい。


 そして、毎日毎日理恵に付き合ってどこかに出かけた事。

 くだらない事しかしなかったけど、ストレスに押し潰されそうな理恵にとっては毎日旅行に行っている気分だったそうだ。



「だ、だからオッサン、お願いだ。オレを。オレをオッサンの所に連れて行ってくれ。頼む……」



 最後は理恵は目に涙を溜めて俺に懇願してきた。

 こんな理恵を見るのは初めてだ。


 理恵の助けになりたい。理恵を助けたい。理恵を連れていきたい。理恵と一緒にいたい。



 俺の心の中は理恵一色で染まっていった。

 ぶっきらぼうで不器用で、愛想もないし色気もない。

 だけどそれは表面だけのことだ。

 本当の理恵は優しくて、親思いで、友達思いで、寂しがり屋だ。



 でも、でも、本当に理恵を連れて行っていいんだろうか。なんせまだ未成年だ。

 お金は? 保証人は? 何をどうしたらいいのか、この時の俺には思いつく事すら出来なかった。



「……理恵。俺は理恵と一緒にいたい。恋人ではないかも知れないけど、毎日一緒にいて理恵の事は良くわかった。俺は理恵を助けたい。俺は理恵が好きだ。でも、でもどうやって理恵を助ければいい?」




 この時俺が取った選択肢は、優しい色をした針だったのだろう。

 泣いた顔を一瞬笑顔にしながら、理恵は再び俯く。



「そ、そうだよな。突然こんな事言われても困るよな。なんか悪かったな、困らせて。オレの事はオレがどうにかする。だから、今の話は忘れてくれ。今まで、ありがとう」



 それだけ言うと、突然立ち上がり理恵は足早に店を出て行ってしまった。

 すぐにでも追いかけるべきだったとは思う。だけど、一瞬でも躊躇した俺は、もはや追い掛ける事は出来なかった。



 翌日から、理恵との連絡は途絶えた。

 毎日あれだけしていたメールのやり取りも一切なく、その日の夜にはもうアドレスが変わっていて、連絡をする事も出来なくなってしまった。






 そうして夏は終わる。


 大学の後期が始まり、俺はいつもの学生の生活に戻った。


 一人暮らしの部屋で、ふと考える。


 理恵との一ヶ月は幻だったんじゃないかと。



 夏祭り、夜の海、毎日騒いだあの時間。

 全部、全部嘘だったんじゃないかと。


 嘘ならば。

 嘘ならば、家にいられなかった寂しがり屋の女の子もいなかったんだ。

 辛い思いをしている女の子もいなかったんだ。


 それならその方が幸せなんだ。


 そう言い聞かせて、俺はまたつまらない日々を過ごし続ける。




 ◆◆◆◆◆




 毎年、暮れには実家に帰り、初詣を家族と行くという風習がある。

 例年の如く実家に帰り、年明けまであと僅かといった時間。


 家の外でカサッという音がした。

 聞き間違えかとも思ったけど、なんだか気になり外に行くが誰もいない。


 だが、郵便受けに白い紙が挟まっているのが見えた。



 差出人不明。封筒でもなければハガキでもない、ただの四つ折りの紙だ。


 表にはただ一言『隆弘へ』とあり、ゆっくりと折られた紙を開いていく。



 女の子らしくもない、字も汚い。ペンだってただのボールペンだろう。

 裏にもただ一言だけしか書いてない。そこには。



『オレも隆弘が好きだった』



 どうやら俺の見た幻は、幻なんかじゃなかったんだ。

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夏祭りで出会った子は、どうしようもない現実を突き付けてきた。 しゃみせん @shamisen90

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