七夕の日に「幼馴染と恋人になりたい」と書かれた短冊を見つけたのだが、その筆跡がどう考えても俺の幼馴染な件
ヨルノソラ/朝陽千早
起
七月七日。
その日は、近所の商店街で七夕祭りが開催されていた。
七夕にあやかった限定商品が至る所の店頭に陳列されており、中央の広場では五メートルほどある笹が飾られていたりする。
商店街に入るまで、俺はすっかりこのイベントについて忘れていたのだが、中々な盛況っぷりだった。無料で短冊に願い事を書けるってところが、人を呼んでいる理由だろう。
母親に頼まれたおつかいも済ませた後、俺は中央広場へと足を運んだ。せっかくだし、俺も願い事を書こうと思ったのだ。
別に、本気で願いが叶うとは思っていないけれど、こういうのは気持ちが大事だと思う。
積み上げられた短冊から一つを手にとり、俺はマジックペンで願い事を書く。
さて、なにを書こうか‥‥‥。
タイムリープしたいとか、異世界行きたいとか、一等の宝くじを当てたいとか、そんな無謀な望みを書いてもアホらしいしな。うーん‥‥‥。
「‥‥‥よし」
三十秒ほど悩み、願い事を書き終える。
さて、後は笹に飾るだけだが‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥?
俺はパタリと足を止め、目をパチクリさせた。
他人の願い事を覗く趣味は一ミリもないのだが、たまたま視界に入ったのだ。
そして、反射的にその内容を読んでしまった。
『幼馴染と恋人になりたい』
願い事の内容自体におかしなところはない。
だが、その筆跡が明らかに見覚えのあるものだった。この癖のある丸字、独特な『な』の書き方、そしてバランスの取れた字の配置。
どう見ても、俺の幼馴染──
もちろん、俺の思い過ごしの可能性もあるし、めちゃくちゃ筆跡が似てる人ってパターンもあるだろう。
だが、俺個人の主観で見れば、これはどう考えても幼馴染の書いた字だった。
「‥‥‥‥‥‥いやいや、まさかな」
俺は大きく首を横に振った。
まったく、なに妙なことを考えてんだ俺は。
「──えっ、く、
突然、背後から甲高い声が飛んでくる。
振り返ると、小刻みに身体を揺らし冷や汗を流す伊波がいた。動揺しているのか、呂律がうまく回っていない。
「ああ、伊波か。七夕だし、短冊に願い事を書こうかと思ってな。そっちこそなんで?」
「え、えっと‥‥‥そ、そう。あたしも短冊に願い事を書きに来たの。き、奇遇ね」
「そうなのか? じゃあ、これは俺の勘違いか」
伊波の言葉を信じるのであれば、彼女はまだ短冊に何も書いていないことになる。
であれば、この『幼馴染と恋人になりたい』ってのは、伊波とは別の誰かの願い事ってことか。
「勘違いってなんのこと?」
「ここにさ、伊波の字とすげー似てる短冊見つけたからさ。‥‥‥でも、俺の思い過ごしだったみたいだ」
俺は、笹に吊るされている短冊を指差す。
伊波は、不自然なほどだくだくと滝のように汗を流しながら、短冊の文字を目で追っていた。
「へ、へぇ‥‥‥。珍しいこともあるものね」
「だよな。初めてだよ、伊波と似てる字を見るの」
「‥‥‥そ、そんなことより、久我は、短冊に何を書いたの?」
「ん。あー、これだけど」
左手に持ったままだった短冊を、伊波に渡す。
伊波はしらけた目で俺の書いた字を読んだ。
「‥‥‥無病息災って、もう少し他の願い事なかったわけ?」
「なくもないんだが、色々考えた結果、ここに行き着いた」
「ふーん。もっと欲望に任せたこと書けばいいのに」
「そう言われてもな。高校生にもなって欲望丸出しの願い事書くのも変だろ?」
「‥‥‥っっ!」
「どうかしたか?」
「い、いや、別にどうってことはないわよ」
「そか。それで、伊波は何を書くんだよ?」
俺がそう問いかけると、伊波はおろおろと左右に目を泳がせる。仄かに頬が赤く染まっていた。
「‥‥‥久我にだけは教えない」
「ひでーな。まぁ別にいいけどさ」
「ちょ、少しくらい興味持ってよ。寂しいでしょ」
伊波が服の裾をグイッと引っ張ってくる。
俺に教える気はないくせに、興味を持たれないのは気に食わないらしい。
まったく、面倒臭い性格をしておられる。
そして、これは経験則だが、ここで気を利かせて『じゃあなんて書くんだよ?』と再度訊ねたところで、きっと教えてはくれない。
まあ、このまま無視したらしたで機嫌を崩しそうだから、聞いてやるけども。
「じゃあなんて書くんだよ? 短冊に」
「教えないけども」
「だと思った」
俺はため息混じりに言いながら、短冊を笹に括り付ける。さて、これでもう用事はなくなった。
「じゃあな、俺はもう行くわ」
「う、うん。バイバイ」
「おう」
俺に願い事の内容は知られたくないみたいだし、ここはいち早く撤退してやるべきだろう。
控えめに手を振る伊波に見送られながら、俺は踵を返し帰ろうと──
──した、その時だった。
突発的に強い風が吹く。
それに伴い、ほとんど裏側を向いていた短冊が、一気に表側を向いた。
隠れていた中身が露呈したのだ。
「‥‥‥み、見ちゃダメ!」
背後で、伊波が何か言っていたが、俺の視界にはすでに大量の短冊が映っている。
『幼馴染とイチャイチャしたい』
『幼馴染に私が作ったお弁当を毎日食べてほしい』
『幼馴染が私にゾッコンになりますように』
『幼馴染と両想いにしてください』
『幼馴染に可愛いって言ってもらいたい』
『幼馴染が健康でいられますように』
『幼馴染とデートがしたい』
『幼馴染が私の誕生日を祝ってくれますように』
『幼馴染と一緒にいられますように』
「な、なんだこれ‥‥‥」
俺は短冊を見つめながら、呆然と口にする。
全部、筆跡が伊波と一緒だ。見れば見るほど、伊波の字だとしか思えない。
いやでも‥‥‥違う、よな?
伊波と似た字を書く誰かのものだよな。だって、伊波はまだ短冊に何も書いてないわけだし。
「‥‥‥‥‥‥」
ふと、後ろに居る伊波に目を向ける。彼女は、ゆでだこのように真っ赤な顔をして放心状態になっていた。‥‥‥あ、あれぇ?
「伊波? 大丈夫か?」
「‥‥‥だ、だいじょーぶダイジョーブ。て、てか、なんであたしの容態心配されるの? 健康体なんですけど」
「いや、インフルレベルで顔が赤いからさ」
「ち、ちがっ──これは、そう、頬を引っ張ったの。だから、顔が赤くなったのよ」
「頬を引っ張ったって‥‥‥どうしてそんな愚行を?」
「さ、さあね。そんな気分だったんじゃない。知らないけど」
自分の事なのに、なぜか他人事のように話す伊波。おそらく、テンパっているのだろう。
今の彼女は、冷静に頭が働いてなさそうだ。
しかし、そうなるとつまり──。
いやいや、でも、あり得るのか? そんなことが‥‥‥。
俺の脳内で会議が始まる。この短冊を書いたのは、伊波なのか否かを判断する会議だ。
この現状を総括すると、明らかに伊波が書いたようにしか思えない。しかし、それと同時に、伊波がこんなことを書くとも考えられなかった。
いくら考えても結論に辿りつかない。
俺は俺で、頭がオーバーヒートしそうになる中、ふと近くを通りかかった七歳くらいの少女が足を止める。
そして、彼女は小さな手で伊波を指差すと、
「あ、さっきのたくさん『たんざく』かざってたおねーちゃんだ! また『たんざく』かざりにきたの?」
その瞬間、俺と伊波の間に形容しがたい気まずい空気が流れる。伊波は真っ赤になった顔を両手で覆うと、
「う、うわあああああああああああああああん⁉︎」
悲鳴を上げながら俺とは正反対の方向に走り去っていった。
伊波にスルーされた女の子は、「ほえ」と小首を傾げ疑問符を浮かべている。
俺はその少女の元まで歩み寄ると、膝を折って視線を合わせた。
「‥‥‥ひとつ聞いてもいいかな?」
「ん。なーに? おにーちゃん」
「さっき走っていったお姉ちゃんが書いてた短冊の中身って知ってるか?」
「うん。しってるよ! コレとか、コレとか、あとコレとか! ほかにもたくさんあってね、すごいんだよ。おねーちゃんみたいなのをごーよくっていうんだって! ママにさっきおしえてもらったの!」
「あはは‥‥‥そうなんだ。教えてくれてありがと。あと、迷子にならないようにね、あんまりママから離れちゃダメだよ」
「うん、わかった!」
少女はニッコリと笑うと、母親の元へと戻っていく。
さて‥‥‥。
──これから俺、どうやって幼馴染と接すればいいのだろう。誰か教えてください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます