第50話:不具合の形
「もうはじまります。離れていて下さい」
そう促され、僕は棺から距離をとり、人混みに加わる。
棺の前に、その数と同じだけの村人が進み出る。メアはカルダの棺の前に、杖を持って立っていた。
父親を自分自身の手で送るのだろうか。葬魂の一族の習わしをよく知らない僕には、残酷なことのようにも思える。
前へ出た村人たちが声を合わせて詠唱する。
「肉は地へ捧げ、思いは我らが紡ぐ」
祈りとともに杖が輝く。
「今生の役割は果たされた。魂よ天へ還り、またいつの世にか、相見えよう」
棺が、淡い光を放つ。
人々は、顔の前で祈るように手を組み、棺を見つめる。遺体が、粒子となり、人の形を失って拡散する。幾筋かの青白い光が、彗星のように天へと昇った。夜空に光の軌跡が描かれる。
やがて光は薄れ、いつもの穏やかな夜空が戻った。
名残惜しそうに空を見つめていた人々は、やがて互いの肩を抱き合いながら、思い思いに去っていった。
メアが、いまにも泣き出しそうな表情をして、僕の前に立っている。
「魂は循環し、私も父も形を変えて、いつの世にかまた出会えるはずです。だから、悲しいけど、さみしくはありません」
「ちゃんと見てたよ。立派に、カルダさんを送ってあげたと思う。がんばったね」
適切な言葉はわからないが、精一杯メアを慰める。
メアの瞳に、みるみるうちに涙がたまり、決壊した。抱き寄せるのは、はばかられて、その肩に手を置く。
泣きじゃくりながら、メアが僕の胸に顔をうずめてくる。ためらいながら、メアが泣きやむまで、こどもをあやすように、頭を撫でた。
しばらくして、メアは我に返って、僕から離れて恥ずかしそうに目を伏せた。
「ありがとう」
なにに対してだろうか。小さく礼を言って、メアは去っていった。
僕は、思い悩みながら、自分の小屋へと戻った。泣く女の子を慰めるのは初めてのことだった。あれで間違っていなかったのだろうか。そう、反芻しながら、しばらく寝台で横になっていた。
冷静になってくると、恐ろしい魔物と戦ったときのことが、だんだんと思い出されてくる。僕も、周りの人たちも、全員が死んでいてもおかしくなかった。
本当に紙一重の差で助かった。思い出すと肝が冷える。
「おつかれさまですーっ」
「うわあっ」
耳元で響いた声に驚きすぎて、寝台から転げて落ちる。
「よ、呼んでないのに出てくるのは反則だろ」
寝台の端に手をかけて起き上がりながら、突然あらわれた妖精に抗議する。
「だってユウトさん、私のこと全然呼んでくれないじゃないですか。あれですか。女の子に囲まれて、私には飽きましたか」
「人聞きの悪いこと言うなよ。魔法のこと聞くために、この前呼んだばかりだろう」
「用が済んだら、すぐにさよならだったじゃないですか。私はそんなに都合のいい女ですか」
面倒な妖精だ。本当にこれは管理人のためのナビゲーターなのだろうか。
「そんなこと言うためにでてきたのか。なんだ、管理課ってのは暇なのか」
「冗談ですよ。ちゃんと、話があって出てきたんです。あの魔物についてです」
「ヒュドラのことか。倒した後になって、なにをいまさら」
意外なことを言われ、僕は身を乗り出す。
「世界を治めるルート神がいなくなって、その影響が様々な形であらわれてきています。あの魔物もその一つです」
「魔物にも影響が? 世界が適切に管理されなくなって、災害とかが増えるだけじゃないのか?」
「それも影響のひとつの形でしかありません。長く放置され、淀んだ魔力が吹き出すことがあります。それが、あの黒紫の光です」
「ヒュドラを包んでいたあの魔力か。はじめはリムーブの魔法も効かなかったが、魔物を倒した後には、どうにか消すことができた」
「ユウトさん自身のレベルが上がったのと、あの魔力自体が一度宿主を失って弱ったからでしょうね」
シャインがぱたぱたと上下に漂いながら答える。
「あれは、なんなんだ?」
「魔瘴気、と私たちは呼んでいます。あれを有機体が被ると、本来の役割から外れ、暴走が引き起こされます」
「ヒュドラは暴走状態にあった? もしかして、人にも影響を与えてたが、あのまま放っていたら暴走してたってことか」
「ユウトさんにしては勘が鋭いですね。その通りです」
さりげなく僕をけなしながら、シャインは頷く。
毒のようなものだと思っていたが、それよりも厄介だ。人が我を失って、他の人を襲うこともあり得るということだ。
「でも、もう大丈夫なんだよな。その魔瘴気とかいうやつ、ちゃんと消えてたし」
「しばらくは大丈夫です。でも、淀みがまた溜まったら、またどこかで吹き出すでしょう」
説明を聞いて、僕は思い悩む。それは、今回のような悲劇が、いつどこで起きてもおかしくないということか。
「それは、どうやったら防げる?」
「根本対処としては、ルート神を見つけて何とかしてもらうことです。それまでは、対処療法で、発生する度に消去するしかありません」
シャインが難しい顔をして腕を組む。
「それは、凄腕の冒険者とかであれば、誰でもできるんだよな?」
「魔物を倒すだけならできるでしょう。しかし、魔瘴気を完全に削除できる職業は、ほとんどありません」
僕は言葉を失う。一度の戦いですら死にかけたのだ。それが、これから何度となく起こるという。
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