第49話:謝罪の意味
男に連れられ移動すると、そこには複数の、木組みの台座と、その上に安置された蓋のない棺があった。近づいて見ると、棺にはヒュドラとの戦いで亡くなった村人の遺体がおさめられていた。
「こんなに……」
自分が守れなかったものの大きさを知り、言葉を失う。
男は僕の肩を励ますように力強く叩き、他の村人と話しに離れていった。
しばらく立ち尽くしていると、周囲の人が増えてきた。ほとんどの村人がここに集まっているのではないだろうか。時々、僕の方をみて、ひそひそと何かを話していた。
いつの間にか、一つの棺のそばに、メアが立っているのに気づいた。
「メア」
声をかけると、メアは、泣きはらした目をこちらに向けて無理をするように笑った。
「本当に、ごめん」
駆け寄って、謝罪する。
「謝らないでください。みんな、全力を尽くしました。それにユウトさんは、あんなに傷つきながら戦ってくれました。私たちを助ける義務などないのに、一生懸命に」
メアが僕の手をとって、そっと握る。
メアの潤む瞳を見て、僕が謝るのは、申し訳なさを感じているからではなく、自分自身を許して欲しいからなのだと、ようやく気づく。あなたはがんばった。できる限りのことをやった。そういう言葉をかけて欲しかったのだと。
僕なんかよりも、村人たちやメアの方がつらいはずなのだ。自分を哀れむのはやめようと、僕は深く息を吸う。メアの手を強く握り返し、それから離す。
メアは父親と二人暮らしだと言っていた。外部と隔絶された葬魂の村で、これからどいう生きていくのだろうか。
棺をのぞくと、そこにはカルダの遺体があった。新しく清潔な服を着せられていて、腹の傷口がどうなっているかは見えない。顔も拭き清められ、血の跡はなかった。
棺の中は、他に何もない。花も、故人を送る品々も、何もない。これから行われるのは葬儀ではないのだろうか。そのわりには、火葬のための薪も、台座の周りにはない。
カルダの顔を見ていると、また涙が出そうになり、僕は慌てて目をつむる。まだ会ったばかりだ。しかし、一族を、そして娘を本気で気にかけるカルダの姿がうかぶ。
悟られないようにしたつもりだったが、メアが僕のそんな様子に気づいたようだった。
「父は、心からユウトさんに感謝していました。もちろん私もです」
「でも……」
また後悔を口にしそうになり、僕は慌てて口をつぐむ。言い訳と、自分を哀れむことが、癖になっているようだった。
「国に見捨てられ、冒険者たちにも相手にされず、慣れない街の中で途方に暮れていた私を、ユウトさんは救ってくれました」
「そう思ってくれているなら、僕も嬉しい」
今度は、素直に頷く。
「あの……正直、ランクを聞いてからは、戦いではエリルさんに頼るつもりだったんですけど。でも、ユウトさんが、村の外で、私に優しくしてくれたはじめての人だったんです。それだけでも、本当に嬉しかったんです」
「助っ人がランクワンだとは思わないよね。ごめんね」
これは、謝ってもいいだろう。
「びっくりはしましたけど。でも、もっとびっくりしたのは、ユウトさんがあんなに強かったことです。本当は、腕利きの冒険者なんじゃないですか?」
「いや、協会に登録したばかりの、かけだしの冒険者だよ」
首を横に振る。
正直、自分でも驚いていた。ひとつひとつの魔法が、使いこなせばあんなに強いとは思っていなかった。だが、魔物を倒すことだけが、管理人の役割ではない気がする。レベルを上げていけば、自分はどういった存在になるのだろうか。いまは、それを確かめて見たい気持ちが強まっていた。
もっとこの世界のことを、自分自身のことを知らなければならない。
考え込む僕のことを、メアが不思議そうに見つめていた。慌てて話題を変える。
「村の人みんなが集まっているみたいだけど、これからどうするの?」
「葬魂の儀を行います。死者の魂を、天へ還します」
「魂がまだここにあるんだったら、天へ還すのも、さびしい気がするけど」
「長い間ここに留めておくと、未練を残した魂が、この世をさ迷ってしまいますから。それに、もうお別れはちゃんと済ませましたから」
メアがほほ笑む。
泣きはらした目が、どれだけ別れを惜しんでいたのかを物語っている。僕が気を失っている間も、ずっと泣いていたのだろう。
「それは葬魂の一族だけの習慣?」
「そうです。この国では、普通は火葬されます。肉体だけを滅すると、魂が、他の胎内のこどもに宿り、生まれてくると信じられています」
この国の宗教観と、葬魂の一族の宗教観は、やはりかけ離れているということか。どう言うやり方であっても、結局魂は天へ還り、別の世界に生を受けるのではないかと思う。僕がここにいること自体が、その証だ。
しかし、それを誰かに主張するほどのこだわりは持っていないし、誰かの考えを否定するほど、世界の真理を知っているわけでもない。それぞれの考えを、尊重するしかないのだと思う。
どちらか一方の味方につくのではなく、誰に対しても優しくあろうと、自分に言い聞かせた。
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