第30話:暇つぶし

 その部屋は応接室のようなところだった。革の長椅子が二つ並んでいて、その間には長机が置かれている。壁には、巨大な鳥のような魔物の頭部の剥製が飾られている。


 いつの間にか天気が崩れていて、激しい雨が窓を叩いていた。


 クラルクが長椅子に腰掛け、向かいに座るよう促す。二人は恐る恐る、もう片方の長椅子に腰掛け、クラルクと向き合った。


「私はユウトと話したいんだが、エリルはこの場に必要かな?」

 穏やかにクラルクが言う。


「エリルさんは僕が管理人だということも知っているから、問題ない。お前が変な魔法を俺にかけないよう、同席してもらう」


「そうは言っても管理人がどういうものか知っているわけでは……まあいいか、今さらエルフの一人が敵に回ったところで、俺への信用が揺らぐことはない」

 笑顔を捨てて真顔になったクラルクが、吐き捨てるように言う。やはりこの態度がこの男の本性のようだ。


「貴様、何者だ。ずっと本性を隠していたのか」

 エリルが気色ばむ。


「その問答はすでにこの管理人と終えている。俺に無駄な時間を使わせるな」


「目的はなんだ!」

 エリルが言い募るが、クラルクはうんざりしたように息を漏らすだけだった。


「どうせ教えるつもりはないだろうから、これからのことだけ聞くが。僕はこうして、生きて帰ったぞ。お前の思惑通りにはならなかった、これからどうするつもりだ?」

 怒りの感情をおさえながら、できる限り冷静に話す。クラルクはあざけるように口角をあげた。


「これも予想の範囲内だ。確実に殺したいなら、もっと下層に転移していたさ」


「殺すつもりはなかったってことか?」


「いや、死ねばいいとは考えていたが、ほんの少しだけ希望の残るところに捨てて来た方が、結果を楽しめると思っただけさ。暇つぶしってやつだな。結局、余計な乱入をしてきたエルフに助けられるという、つまらない結果になったが」


 暇つぶし? 僕はこの男の暇つぶしのために、あんな思いをさせられたのか。ダンジョンの地面に転がり、死を覚悟した時の苦しみが蘇り、屈辱に震える。


 その手の上に、エリルが自分の手をそっと重ねてきた。


「とにかく、こうなった以上、ユウトの身に不審なことが起これば、疑われるのはお前だぞ」


「勇者の名声を甘くみるなよ。こんなやつを殺して、冒険者たちを言いくるめることくらい簡単なことだ。だが、せっかく生き残ってきたんだからな。ただ殺してもつまらん。せいぜい役に立ってもらおう」


「僕が、お前の役に立つ? なにがあろうと、そんなことするわけがない」


「いや、別に、俺からお前に何かを頼もうってわけじゃない。拾った命、好きに使えよ」


「どういうことだ?」


「少しは自分で調べて、考えろよ。なあ、管理人様よ。とにかく、転移魔法だなんだというのはお前の勘違いということにしておけ。そうすればお前に危害は加えない。だがこれ以上騒ぎ立てて俺の手を煩わせるようなことになれば……どうなるか保証はしない」

 クラルクは立ち上がり、二人に背を向ける。


「待て! まだ話は──」

 僕も立ち上がるが、クラルクは扉を開いて足早に廊下へ出て、激しい音を立てて扉を閉めた。


 結局、あの男は言いたいことだけ言って去ってしまった。その狙いも全くわからないままだ。不安は残るが、これでしばらくは僕の身も安全だろうか。


「管理人とは、なんなんだ?」

 僕の手を離して、エリルが真剣な顔で問う。


 答えようとして、僕はためらって言葉を飲み込んだ。


 世界を救うことを勝手に期待されても困る。管理人の意味を、誰にも知られたくない。しかしこのエルフには、二度も命を救われた。彼女だけが僕を信じてくた。彼女にだけは、真実を話すことが自分の責任ではないか。


 ようやくすべてを話す決意をした。


 異なる世界で死に、この世界に管理人という職を得て転生したこと。この世界をつかさどる神が行方をくらましていて、なにかの危機が世界に迫っていること。しかし僕自身も、管理人という職業やこの世界のことをまだなにも分かっていないこと。


 エリルは、いちいち顔色を変えながら、黙って話を聞いていた。さすがに突拍子もない話ばかりで、整理が追いついていない様子だった。


 魂は別のところにあり、死んだ者は皆どこかに転生する、という話は割愛した。話がややこしくなるだけだし、僕自身がその目で確かめたものでもない。ただ、管理人という職業が特殊で、たまたま転生できただけということにしておいた。


「それで、お前はこれからどうするつもりだ? 元の世界へ帰る手段を探すのか? それともルート神とやらを見つけるつもりか?」

 疑いの言葉は口にせず、エリルはただ、次のことだけをたずねてきた。


「自分でもよくわかりません。俺は一度死んだ身です。元の世界へ帰ろうとは思っていません。でも、世界の危機というのも、俺がそれをなんとかするというのも、話が大きすぎていまいちピンとこない」

 それが本心だった。


 ただ、知らないことが多すぎる。まずはこの世界のことをもっと学んで、それから考えようと思っていた。


「しかし、奇跡的に新たな生を受けたというのに、お前はビッグマッシュごときに殺されそうになっていたわけか」


「そっ、それは……いままで魔物なんて会ったこともなかったんですから」

 ユウトは顔が火照るのを感じる。


「あの情けないお前の顔、一生忘れられないな。それも、管理人だなんて貴重な職を得た直後に死にかけていたと知ったいま……なおさらマヌケに思えるな」

 エリルは大声で笑った。


 クラルクと話して荒んでいた心が、すこし和らぐのを感じた。

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