第29話:信用力

 ギルド協会へ着くと、ギルド看板娘のアイシャが駆け寄って来た。


「ユウトさん! よかった、無事だったんですね!」


「ああ、なんとかね。俺が危機にあったって、もう知っているんだね」


「勇者様がおっしゃっていましたから」


「クラルクが?」


「ツインヘッドウルフのこどもに手を出して、群に追われたって聞きましたけど……」


「それはクラルクの嘘だ。仮にそうだとしても、勇者がそのウルフから僕を守れないわけないだろう」


「ウルフに追われる最中に、勇者様ですら見たことのない転移トラップでユウトさんが姿を消した、とも聞きました。ランクゼロにしか発動しない特殊トラップで、これまで誰も気づかなかったんじゃないか、って……」

 どうなら既にクラルクが、自分に都合の良い嘘を協会にも広めているようだった。


「違う! 勇者の転移魔法で、三十層に置き去りにされたんだ!」


「そんな……勇者様がそんなことをするはずが……。訓練のためだとしても、ユウトさんが三十層に一人でいたら死んでしまいます」


「だからあいつは、僕を殺そうとしたんだよ!」

 ユウトが怒鳴ると、アイシャが怯えて体を震わせた。その様子を見て、我に帰る。周りを見渡すと、大声に驚いた冒険者たちが、こちらに注目していた。


「ユウト! ああ、生きていてくれたのか」

 冒険者たちをかき分けて、クラルクが姿を現した。


「お前っ! どのツラ下げて──」


「ちょうどいま、君のために捜索隊を編成していたところさ。この私にとっても未知の転移トラップがあったんだ。慎重にことを進める必要があって、遅くなって悪かった」

 クラルクが申し訳なさそうな、切実な声で言う。


 僕は混乱した。この勇者は、本当にユウトをダンジョンに置き去りにした人物で間違い無いのだろうか。こんなにも自然に嘘を重ねる人間がいるものだろうか。


 しかし、転移トラップというものを僕が経験していない以上、目の前の人物が真実を述べていないのは間違いなかった。


「よくもそんな、平気な顔で、ありもしないことを次々と……」


「気が動転しているのかい? 無理もない、はじめてのダンジョンで、危険な目にあったんだ。すまない、全て私の責任だ」


「三十層付近で、私がユウトを助けた。こいつの言っていることに嘘はない」

 エリルが話に割って入る。


「三十層……。一層にある転移トラップがそんなところに繋がっていたのか。不思議なものだ。調査しなければ」


「トラップなんかじゃない。お前の魔法だろう。それにお前自身も三十層にいただろうが」


「ああ、ユウトには、トラップと魔法の区別がつかないのも仕方のないことだね。それに私は三十層になど行っていないよ。もしかして、トラップに幻覚作用まであるのか……」

 何を言っても、平然と嘘を塗り重ねてくる目の前の人物を見て、僕は次第に怒りよりも恐怖を感じていた。


「勇者様は、このリルの街に長年尽くされて来た、誰よりも信用できる方です。ユウトさん、いまは休みましょう。きっと疲れているんです」

 アイシャが悲しそうな顔をする。勇者のことを微塵も疑っていない様子だった。


「ランクゼロの分際で勇者様にいちゃもんつけてんじゃねえよ!」

 声を荒らげたのは、周囲に集まった冒険者たちの内の一人だった。大勢が、同調して口々に僕を責める。


 赤髪の冒険者タノスに、ランクゼロをバカにされた時でも、周囲の人たちの一部は僕に同情的な目を向けていた。しかし今は、すべての冒険者の視線が、僕を疑っているのがわかった。


「お前たちは少しもおかしいと思わないのか」

 エリルが冒険者たちに問いかける。


「なにを疑えっていうんだよ」


「そんな未知のトラップが、本当に都合よく存在すると思っているのか? 少しは自分の頭で考えたらどうだ」


「黙れ! お前も、所属するギルドを追放された身だろうが! そんなやつがランクゼロに肩入れしたところで、誰も信用しないさ。無駄なことはやめろ」

 冒険者の一人がエリルに怒鳴りつける。エリルは、不快そうに眉をピクリと動かした。


「追放されたのではない。脱退したのだ。それに、今は私自身の信用については関係ない。冷静に、事実を見つめろと言っているのだ」

 エリルは臆せずに言い返す。


「まあまあ、みんな落ち着いて」

 そう全員をなだめようとしたのは、クラルクだった。


「わかった。ユウトが納得するまで、私が話を聞こう」


「勇者様がこんなやつのためにそこまでする必要は──」


「言っただろう。彼を見失ったのは、私の責任だと。彼をダンジョンに誘ったのもこの私だ。話くらい、いくらでもするさ」


「お前なんかと安心して話をできるわけないだろう」

 ユウトはクラルクを睨みつける。


「そう怖い顔をしないでくれ。私はユウトに危害は加えない。ここにいる全員が証人だ。もしその身になにかが起こったら、皆は私を疑ってくれて構わない」

 クラルクが冒険者たちを見渡す。彼の真意をはかりかねて、僕は黙った。


「決まりだね。アイシャ、すまないが、二階の空いている部屋を借りるよ」

 返事も待たずに、クラルクが話を進め、歩き出す。


 僕とエリルの二人は、警戒しながらも、クラルクの後を追って、二階へと続く階段をのぼった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る