第22話:転売ヤー

 エリルに買ってもらったベルトと短剣を手にした。それから、ベルトを巻いて短剣を腰に帯びる。


「もう少し待ってください。エリルさんが来るはずですから」


「あの女王様は、今日は別の重要な依頼のため来られないそうだ。ユウトによろしく、だとさ」


「エリルさんとはお知り合いなんですか?」


「ああ、親友さ! 上級冒険者同士は、顔を合わせることが多いからね」

 クラルクの親友の定義は広くあてにはならないが、顔見知りなのは間違いなさそうだ。


「エリルさん、ランクのことも、なんの女王なのかってことも、教えてくれなくて。クラルクなら知ってるんじゃないですか」


「知ってるさ。でも本人が言っていないことを、私から教えるわけにはいかないな」

 意外にも、クラルクはしっかりとしたことを言う。


 僕は黙って頷いた。クラルクの言う通りで、こればかりはエリル本人が教えてくれるのを待つしかない。


「今日は来られないとしても、エリルさんに出発の連絡だけでもいれておきましょうか」


「やめておきたまえ。言っただろう。彼女は上級冒険者で、重要な依頼をこなしているんだ。今日は彼女の気が散るようなことはしないほうがいい」

 クラルクに押しとどめられる。


 何か事情を知っているのだろうか。これまでの言動から想像できないほど、クラルクは真剣な表情をしている。しかし上級冒険者だというエリルの心配を、ランクゼロの僕がしても仕方がないだろう。


 クラルクのことはまだよく知らないが、ギルド教会に属するアイシャが、彼のことを良く言っていたのだ。この街一番の実力者で有名人であるクラルクのことは、信頼しても問題ないだろう。


 僕はクラルクの後に続いて、ダンジョンへと向かった。


 ダンジョンはリルの街から、そう遠くないところにあった。街自体が、ダンジョンのために作られたようなものだから、当然だ。


 ダンジョンの入り口は、巨大な石造りのお堂の中にあった。入り口は階段になっていて、横に百人が並んでも進めそうなほど、広く大きい。


「あれはなんですか?」

 階段のそばに、片側が釣り上げられた、巨大な鋼鉄の板がある。


「ダンジョンを閉じる扉さ。万一、魔物がここからあふれそうになったら閉じられるようにね。上層の魔物は小物ばかりだし、あまり地上には出て来ないから、基本は開きっぱなしだがね」

 クラルクが丁寧に説明してくれる。


 ダンジョンとはもっと小規模なものだと想像していたが、想像を絶するほど広く深いもののようだ。人が作れるものではないし、自然の造形でもないだろう。もしかしたら、シャインの言っていたルート神が創り上げたものかもしれない。


 先ほどから、入り口の前に立つクラルクを見て、ダンジョンから出てきた冒険者たちが色めき立っていた。やはりかなりの有名人のようだ。


「君も勇敢なれ!」

 クラルクはいちいち、冒険者たちに声をかける。勇者の言葉を受けた冒険者たちは、嬉しそうに口々に礼を言いながら去っていった。


「なんですか、その謎の声かけは」


「知らないかい? 有名な小説の名台詞だよ。リルの勇者、つまり私を主人公とした小説さ」


「有名人にもなると小説にされちゃうんですねー。でも嫌じゃですか、他の人が書いた小説で、勝手なイメージが広がっていくのは」


「なーに、書いているのは私だからね。問題ないさ」


「著者、お前かよ!」

 思わずツッコミを入れる。自分を主人公とした小説を書くなんて、どういう神経をしているのか。


「今度ユウトにも全巻プレゼントしよう。サイン入りでね。転売するんじゃないぞ」


「いや、遠慮しておきます……」

 勇者が自分自身を書いた小説など、ナルシズムの塊だ。それに、読まずとも熱血の熱苦しい物語だとわかる。


「では一巻だけでも」


「けっこうです!」

 僕が断ると、クラルクはさびしそうに肩を落とした。


「気が変わったらいつでも言ってくれたまえ。どこにいようと届けにいくからね」

 冗談とも思えない様子でクラルクが言う。勝手に宿を特定してきた男だ。本当にやりかねない。


 僕は愛想笑いをしてごまかす。その表情をどう取ったのかは分からないが、クラルクは満足そうに白い歯を見せ、ダンジョンへ続く階段を降りはじめた。


 何十段も続く階段を降りると、だんだんと暗くなってきた。しかしもう少し進むにつれて、むしろ周囲が明るくなってくる。


「地下なのに明るいですね」


「ダンジョンの壁に埋まる魔石が光っているのさ。人が仕込んだものではないよ。不思議なものでね、階段も灯りも、もとからあったものだ。まるでダンジョンが、人に攻略されるために作られたかのようだ」

 ルート神のことなど知らないはずだが、クラルクは真理に近いことを言う。勇者というだけあって、感覚が鋭いのだろうか。


「クラルクでも最下層にたどり着いたことはないんですか?」


「ああ。最も深く潜ったのは私だけどね。流石の私でも、単身で進むには厳しいほど魔物が強くなってきてね。犠牲もいとわず、大勢で最下層を目指せば、もっと進めそうだけど、それは私の望むところではないからね」


「勇者も大変なんですね……」

 この勇者を見直す。協会であった時には変人にしかみえなかったが、自分が思っている以上にすごい人物なのかもしれない。


「私の実力に追いつく者がいるのを待っているんだ。私の理想の勇者パーティーを組めた時、このダンジョンを攻略できるだろう。もしかしたらその一員はユウトかもしれないね」

 クラルクがウインクをする。


 そんな話をしているうちに、周囲は明るさを増し、階段の終わりに着いた。どうやらここがダンジョンの一層目のようだ。


 勇者と一緒とはいえ、ランクゼロにとっては危険な場所だ。緊張で身がこわばるのを感じた。

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