第9話 要望は質問で掘り下げるべし

ヒロはレインに会釈し、仕事に戻る。


「お越しいただき、ありがとうございます。どんなご用件でしょうか?」


ヒロはつつがなく対応した。

冒険者の男が答える。


「仕事を探してるんだ」


「なるほど、どのようなお仕事をお探しで?」


「魔物の討伐…東のケーナ平原での魔物討伐依頼はないか?」


「ございますよ」


ヒロは依頼書を何枚か取り出した。


「今はこの4つ、依頼が来ていますね」


男はじっと依頼書を見た。内容を吟味しているのだろう。


「うーん、そうだなぁ…」


男は悩んでいる様子だ。

ヒロはそれを見て質問した。


「お悩みのようですね。差し支えなければ、どんな依頼をお望みか、お聞かせ願えますか?」


「ああ、飛んでいるタイプのモンスター討伐をしたくてな。

 たしか、ケーナ平原には鳥系のモンスターがいるだろ?大型のヘルバードとか。

 そんな依頼はないかと思って」


「ああ、今はケーナ平原には鳥系モンスターの討伐依頼はないですね」


ヒロがそう答えると、冒険者は残念そうにした。


「そうか…」


ヒロはまだこの冒険者の要望を聞ききれていない。

もう少し要望を深く確認すれば、他の依頼でも満足してもらえるかもしれない。

ヒロはそう考え、質問を投げかけた。


「なぜ飛んでいるモンスター討伐をご希望で?」


「恥ずかしい話だが、弓を新しく強い弓にしたんだが、少し扱いが難しくてな。

 弓の腕を上げたくて、練習を兼ねた依頼がないか探しているんだ」


「なるほど。でしたら、アルト川でペリニー討伐の依頼がありますよ」


「ペリニーって、超すばしっこい小型の鳥か?

 それは、ちょっと弓で射るには難易度が高すぎるぞ…」


「魔物の動きを遅くする”スピードダウン”が使える魔導士がギルド登録しておりますので、一緒に行かれると良いかと思います」


「おお、それは良いかもな!」


そうして、男は依頼を引き受けた。


受付を終えたヒロに、レインが待ってましたと声をかける。


「そうそれ!その対応ですよ!それが評判良いんです!」


「この対応って…普通の対応でしょ?」


「いえ、私もそうですけど、ギルドの受付なんて、冒険者の依頼を聞いて、希望のものを単純に提供するだけなのが普通です。

 さっきの冒険者で言えば、ケーナ平原で鳥型モンスターの討伐依頼がない、と言う時点で、ギルドからの依頼紹介は終わりです。

 ヒロさんみたいにわざわざ話を深堀して、要望に合った依頼を提案するなんて人は、いないですから!」


「そういわれてみると、確かに」


レインも、他のギルド受付の人間も、ヒロのような対応はしていない。

この世界には、知識労働の体系的なノウハウはまとまっていないのだろう。


相手の行動の目的を聞く。

相手の口から出た要望は表面的なこともあるので、さらに掘り下げて聞く。



クライアントの要望を実現するには、真意を掘り下げる質問は欠かせない。

要望を確認するという、プロジェクトで要件定義する上での基本を行っているだけだ。

ヒロはそう思った。


「これ、評判広まっちゃうんじゃないですか?冒険者のコミュニティは情報交換が早いですから。

 そうしたら、もっと忙しくなりますよー?」


レインがいたずらそうに笑いながら言った。

ヒロは、この世界で生きていく上で、冒険者へのコンサルティングっていうのも悪くないなぁ、なんて思っていた。


だが、ヒロがプロジェクトマネージャーとして力を発揮するべき案件が、すぐに姿を表すことになる。

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