第34話 水色の記憶

教えてください、今日はどんな物語を……?


私はそれに相応しいカップで、

相応しい飲み物を、相応しいお菓子と共に貴方へと運ぶ。

そして貴方が微笑んでくれる事だけを夢見ている毎日です。


貴方が物語を読み終えると、

私はそれに相応しい花を探して貴方に添える。

すると貴方は、私に尋ねるのです。

綺麗な花ね。花言葉はなに? と……



貴方が去るという事は、私にも分かっていました。

そしてそれを止めるつもりだなんて、私にはない。

私にとって貴方は、恋人ではなく。

母であり祖母であり姉妹であり……

つまりは故郷でした。


だから私は、貴方の選択全てを肯定する。

私は貴方の物語が好きだから、貴方がどこに旅立とうとも構わない。

ただ私は、貴方の書いた本が読めさえすればそれで良かった……


私は貴方の描いた物語で笑い、泣き、怒り、悲しみ。

私は感情というものを貴方の物語から知り。

それ以外は知らず。

それだけで充分に満たされていて……


ぬくもりが欲しいと思った事はなかった。

抱きしめて欲しいと考えた事すらない。

私はただ、貴方の夢だけを見続けていたかった……



けれど貴方が孤独ではなくなったと知った時。

貴方が柄にもない恋愛小説を書いた時。

私は貴方を心から祝福すると共に、ポッカリと穴が開いたのです。

それは決して、嫉妬ではなくて……

貴方が私と同じものではなくなってしまったという事実と。

貴方が私を思い出す事はないのだろうという現実に。


私の孤独は、ただ私だけのものになってしまいました。

貴方が孤独である限り、同じものに寄り添えると思っていたのに……



貴方が旅立った日、私が貴方の髪に添えた花を覚えていますか。

貴方はあの時も、私に聞きましたね。


貴方はいつだって、花の名前を聞いたりはしない。

貴方の頭の中は、いつだって物語でいっぱいだ。


花言葉は、なに……?


私はあの日、その問いに。

「忘れました」と答えてしまった……





「ユメコさん、何を読んでいらっしゃるんですか?」


いよいよ最後の戦いに臨むというのに、

この少女は呑気にお茶をすすりながら本を読んでいる。

そんな様子で大丈夫かと心配になるものの、

そういう所が少しあの方に似ているなと笑ってしまった。


私の知らない場所で知らない事情で私が関する事もなくあの方は死に……

私が貴方の思い出と共に生きている間に、

こんな少女に生まれ変わって再び私の前へと現れた。


どうして異世界などに逃げたのでしょう。

この場所へ帰ってくれば良かったのに……

私と共に過ごした時間など、とっくに忘れ去っていたのでしょうか。



私はあれからずっと、貴方が書いた本を何度も読みながら。

ただあの時を懐かしむだけが幸せな毎日だった。


「これ、ヒミコが書いた本の原本なんですけど……

 エビルのところから持って帰ってきちゃったんですよね」


その本なら私も繰り返し読んでいる。

まさか本当に転生を果たして私の前に現れるとは、想像もしていなかったけれど。

この少女に貴方の面影を見るたびに、私は聞いてしまいそうになるのです。

私の事を覚えていますか……? と。


「どうしましょう、大切な本なのに……

 やっぱり、返した方がいいですよね?」


これから倒しに行くという相手に、本を返す心配をするだなんて。

そういう不合理な所は、あの方に全く似ていない。

やはり別人なのだと分かり切っていて、

私はこの少女に何も聞けなくなってしまう。


「どうしようかなぁぁ……

 これ、元々ヒミコのものですよね?

 この本に挟んである栞とか、女性ものだろうし」


そう言って少女が見せてくれたのは、

押し花で出来た栞だった。

それは月日が経とうとも決して色褪せる事のない、

透き通る程に美しい水色の花……


あの方はこの花を見ると、

私の髪と同じ色だと微笑んでくれた。


「綺麗な花ですよね〜、これ!

 ヒジリさん、この花の名前を知ってますか?」


「勿忘草……」


それは私が、あの日あの方の髪に添えた花。

貴方は笑顔で私に尋ねた。


花言葉は、なに……?


「私を、忘れないで……」


「え??」


「……いえ、なんでもありません」


あの方は、覚えていたのでしょうか……

それはもう、私にとってどうでも良い事でした。


あの日の私は、何故そんなものを貴方に押し付けたのでしょう。

私はただ一言、あの方にこう伝えたかったのに。


貴方を決して忘れません、と……

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