第24話 君を呼ぶ
それから後の事は、良く覚えていない。
レイの事は、ツカサが運んでくれた。
ヒジリさんがしっかりと弔ってくれた。
リンさんだって、泣きながらもレイを見送った。
私はただ、それを見ていた……
まるで現実とは思えなかったからだ。
だってここ、異世界でしょ?
夢なら覚めるべきじゃない??
そんな言い訳がもう通用しない事は分かっていた。
戦う準備は刻々と進んでいる……
ラストシーンが近い。
「明日の朝、ここを発つよ。
今度こそエビルを倒して、女たちを全員解放しよう!」
リンさんは解放軍の主要人物を連れて戻ってくると、
迅速に予言者の谷付近へと陣を張った。
それぞれの関所で各地の軍勢と合流予定らしく、
今の陣営は、まだ千人に満たないだろう。
それでも明日から進軍とあって、
今夜は酒の席が用意され、大いに盛り上がっていた。
集まった人々は、明日に向けてリンさんの激励を待っている。
決して立ち止まらない為の言葉を、誰もが欲しがっていた。
戦の前夜というのは、そういうものだ。
「明日からの進軍について、皆に伝えておきたい事がある」
リンさんは強い人だ。
レイとは付き合いも長かった筈で、
あんなにも辛そうだったのに……
もう前を向いて、戦う事だけを考えている。
ユメコはリンさんの声に応える人々の歓声を、
どこか他人事の様に聞いていた。
リンさんたち解放軍の為にも、頑張らないといけないのに。
ヒミコとの約束も。エビルと交わした確信も。
とても大切な事だというのに……
失ってしまった温もりが、ユメコの呼吸を何度でも止めた。
こんな気持ちでこの場にいるのは、とても申し訳がない。
「ツカサ! あんたがこの軍のリーダーだ」
「……は?
俺?!?!」
これにはユメコも驚いた。
このままリンさんが指揮を執るのかと思っていたのに……
ツカサ本人もそんな事になるとは予想もしていなかったのか、
慌ててリンさんに詰め寄っている。
「ここまで皆を引っ張ってきたのは、リンさんだろ?!
あんたがリーダーをやるべきだ!」
ツカサは慌てふためいているものの、
解放軍の主要人物には予め了承を得ていたようである。
若干のざわめきを残しつつも、
そんな2人の様子を解放軍の人たちは見守っていた。
「もちろん私だって戦うさ。
けどね、これは私のワガママだけど……
あんたには、レイの跡を継いで欲しい」
その名前を聞くだけで、ユメコの涙腺は軋んだ。
ぎゅうぅっと、音を立てて心臓が揺らぐ。
どうしてリンさんは、そんなに強くいられるのだろうか。
「ユメコが、エビルを必ず倒すだろう。
その間に軍を引き受けるのが私たちの仕事だ。
……これは勝手な理想なんだけどね。
女だけじゃなく、男だけでもなく。
どちらの力も使って、この国を解放したい。
私たちはもう、性別で戦いたくないんだよ」
「リンさん……」
散々虐げられて、辛い思いを沢山してきた筈なのに……
それでも決して、男性のせいにはしなかった。
性別で嫌な思いをしてきたからこそ、
性別で区切りをつけたくない。
女性の力が世界を変えたと言われるのが、
リンさんは嫌なのだろう。
ユメコは改めて、リンさんの事を尊敬した。
「というわけで、ユメコが女代表!
ツカサが男代表!
アダムとイブ作戦っていうのでどうだい?」
「あ、アダムとイブって……!!!」
ポカンとしているユメコと、無駄に赤面しているツカサを見て、
リンさんはケラケラと笑う。
「ウブな反応だね。
なに、あんた達まだ何もないわけ?」
「いや、あの……
って、今そんな話をしてる場合っすか?!」
いつもは強気で会話するのに、動揺で弱気な敬語になっている。
そんなツカサの様子を見て、解放軍の人たちからも笑い声が起きた。
「そんな場合だよ。
大切な相手には、いつだって素直であるべきだ。
絶対に後悔しないようにするべきだ」
そこまで言うとリンさんは、
ツカサでなく解放軍の全員に向かって、激を飛ばす。
その毅然とした姿は、とても美しかった。
「皆もちゃんと聞いてくれ!
明日から、最後が始まる!!!
自由を得る為に、何を失うか分からない。
それは取り返しがつかないかもしれない。
だからこそ今日を、後悔のない様に!
全ては明日の為に、明後日の為に。
決して昨日の為にはならない様に!
みんな、今日を生きるんだ!!!!!」
解放軍の人たちは大きな歓声をあげながら、
その激励に応えるかの様に拳を天に掲げた。
そして近くの人々と、笑顔を交わしている。
明日から戦争が始まるというのに、
皆の笑顔は本物で、そして生き生きとしていた。
けれどユメコには、
リンさんの言葉がレイに言っているかの様に思えて、
上手く笑顔を作る事ができなかった。
きっとリンさんは、私にも言ってくれているんだろう……
その優しさが心に染みた。
皆の為にも、ここで立ち止まる訳にはいかないんだ。
「ほら、リーダー。あんたからもなんか一言」
「えぇ?! 俺も?!」
リンさんがそういうと、
いいぞいいぞ!と解放軍の人たちから温かいヤジが飛ぶ。
ツカサもリンさんの想いを聞いて、
リーダーとして戦う決意を固めた様だった。
ツカサは照れ臭そうにしながらも、
大きく息を吸い、もの凄い大声で喋り始めた。
近くで聞いていたら、鼓膜が破れてしまいそうだ……
それはもはや、雄叫びと言っても過言ではない。
「俺は!
ユメコの事が!
好きだーーーーーー!!!!!!!」
「「「おぉぉぉぉぉぉ・・・・・・・おおお?!?!」」」
解放軍の人たちは鼓舞に応えようとしたものの、
その言葉の意味に気付くと、最後が疑問符になってしまっていた。
リンさんも驚いた表情を浮かべている。
なにか一言と言われたって、流石にそれはないだろう……
明日から戦争が始まるんだぞ。
「ちょっと!!!!
何言ってんのよ?!?!」
さすが脳筋司書だ。語彙力がない。
いや、語彙力とかそんな問題ではない……
ここのところ笑顔を作る余裕すらなかったユメコだが、
不意打ちをくらって軽いパニック状態に陥る。
しかし、ツカサの声には一切の迷いがなかった。
いまだ唖然としている解放軍の人たちに向かって、
ツカサはそのままの大声で堂々と喋り続ける。
「だから俺は、こいつが辛い思いをしたり、
悲しんだり、落ち込んだり、そういうのが全部嫌だ。
絶対に何一つ許したくねぇ!
それが国だっていうなら、そんな国は滅べ!
俺は、こいつの為なら失う事を恐れねぇ!!!
お前らも恐れるな!!
守ると誓った名前を呼んでみろ!!!!!」
ツカサがそういうと、解放軍の人々が一斉に鬨の声を上げた。
それは魂から叫ぶ響きのように聴こえる。
一人一人が呼ぶ名を聞き取ることは出来ない。
けれどその集まった声は、愛の形をしていた。
それはこの場にいない人かもしれない。
恋人ではなくて家族かもしれない。
けれどみんなが、誰かの事を呼んでいた……
「よし!
呼ぶ名前がある!!
俺たちは最強だ!!!」
そう言ってニコっと笑うツカサは、
頭は空っぽでも最高に格好良い勇者さまだなと、
ユメコは思った。
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