第63話 佐藤夏樹の過去(その4)

体育館へと集まり校長や文部科学省の人達の長話が延々と続き佐藤夏樹は鼻で風船を作り目を開けながらうとうとと眠っていた。勿論他の生徒や教師はそれに気づくことはなく(早く終わってくれないかな)と内心思いながら欠伸を堪えていたのだ。


国歌や校歌を周囲が歌っている時にハッと目を覚まし取り敢えず歌わなきゃと思いながらも歌のメロディも歌詞も全く分からなかったため口パクでその場の雰囲気を誤魔化す。だがどのみち佐藤夏樹が歌わなかろうがそれに気づく人間などいるわけもなくみんな歌うことはめんどくさそうだったので真面目にしている人間など三年生と教師を除けばいなかった。


入学式から数日が経ち、佐藤夏樹はどうやら教師に説教をされているみたいだ。


「おい佐藤、お前宿題を忘れたってどういうことだ?あぁん?」


教師はたかだか宿題を忘れた程度で佐藤夏樹のことをネチネチと陰険にいびり始めそれを見た他の生徒達は「あいついきなり忘れてんのかよ」とひそひそと嘲笑うかのように小声で喋る。


「すみません…宿題があることをすっかり忘れていましたので次の日の授業までには終わらせます」


「次の日の授業まではじゃないんだよ、宿題を忘れるってことはお前の今後の人生で相手に差をつけられるんだぞ!その遅れは何やっても取り戻せないんだよ」


「ちゃんとやってても差をつけられる人間なら見たことありますよ」


佐藤夏樹は教師に反論を始める。勿論教師の言っていることは正確な評論ではあるが全てではない。佐藤夏樹は実際小学生の頃は何をやらせてもそつなくこなせる子供であったが高学年に入ってから努力を怠ったわけでもないのに周囲に差をつけられ自信喪失をしてしまったからだ。


「お前教師を舐めてるだろ?」


教師は教壇をバンと大きく叩き髪の毛は怒涛の勢いで逆立ちその姿はまさに異世界ファンタジーに出てくるオークやオーガであった。


「いいえ、舐めてませんけど」


佐藤夏樹が発した一言にぷっつんきたのか教師は胸ぐらを掴み怒号をあげ罵声を浴びせ続ける。佐藤夏樹は何故自分がそこまでして怒られなければならないのか、何故自分ばかりが周囲のターゲットにされるのか理解できなかった。


冷静に考えようとしても答えは解決することはなくただ、自分は虐められているとしか思っていなかった。


「俺はなぁ、今までにダメな人間を見てきたがお前のような奴には初めて出会った!」


その台詞、必ずと言っていいほど大人って言いたがるのだが佐藤夏樹は(それはあんた達大人の視野が狭いだけだろ)と内心思いながら教師の話など耳に入ることはない。教師は胸ぐらを掴み顔の近くで怒鳴り散らしているからなのか臭い息と唾が飛び散っており、とても汚かった。


「いいか、お前達も佐藤のように宿題を初っ端から忘れるようでは社会では通用せんぞ!それを肝に銘じておけ!」


教師の説教は終わり顔に付着した唾液をハンカチで拭い佐藤夏樹は自分の席へと戻る。それでもと言わんばかりに教師は当て付けかのように他の生徒に忠告をする。


 「それと佐藤、お前放課後職員室に来い」


 「えっ、何でですか?」


 「何でってそんなことも分からないのかお前?とにかく放課後に来い」


 教師は公開処刑の如く佐藤夏樹を目の敵にしておりやはり他の生徒達はくすくすと笑い始める。いつものことだからなのか佐藤夏樹の心が傷つくことはなくあ~またこいつら自分らより立場の低い人間探しているのかと呆れていた。こんな社会の為に自己犠牲をしなければいけないのかと考えるとバカバカしく感じてしまい何もかもに関心が無くなってしまう。


 放課後、佐藤夏樹は教師に言われた通りに職員室へと向かい教師はまた教室同様延々と説教を始める。


 「おい佐藤、お前何で今ここに呼び出されているのか分かっているのか?」


 「何でって先生が来いっていうから来ただけです」


 佐藤夏樹は思っていることをそのまま口に出し教師はそんな佐藤夏樹を見て眉を引き攣らせており、教室の時みたいに怒鳴り散らすことはなかった。


 「お前本当に口が減らないガキだな。ここは小学校じゃねえんだぞ、お前のそういうダメ人間なのか享受するために呼んだんだ。これで分かったか?」


 「ハア」


 教師はそんなことを言っているがおそらく嘘である。それだけの為に何故わざわざ放課後職員室に呼び出すか、日頃の鬱憤を晴らすために出来の悪い生徒に強く当たって発散する為だろう。佐藤夏樹もそれが分かっていたからこそ適当な返事をしながら反省したフリをしていたのだろう。


 小学校教師と違って中学校教師は言葉遣いは命令形で話したり上から目線で仕切る人達も多く、小学校教師と違い教え方も全部を教えるというより一部だけ教えて後は生徒に考えさせる方式が多いみたいだ。


 頭の悪い生徒にとっては中学の授業というのは苦痛に感じ、塾にでも行かないと高得点が取れない子もいるくらいだ。小学校の頃は神童だと言われチヤホヤされていた子供も中学に入ってから急に成績が落ち精神状態が悪化したなんて事例もよくあることで中学というものは思春期真っ只中であるため、虐めやモラルに疎い人間が多いのもまた事実。


 佐藤夏樹は中学生活に上手く馴染めず周囲からは疎外され不登校気味になってしまい、家にいるときは取りためていた深夜アニメを自室で鑑賞していたりと現実逃避を開始していた。このままではいかんと思ってオタク活動をしながら軽く筋トレをしたり父親から譲ってもらったエアガンで射撃、竹刀で素振りをしたりと自主的に努力をしていたみたいだ。

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