第38話 公開裁判
あひるランドでのダニの侵略は続いていた。すでにほとんどのアヒルが襲われて瀕死の状態である。次はカモメ、そしてハトが襲われることは誰の眼にも明らかだった。
しかしサマンサたちには戦う
「ピジョーはもう帰ってこないのかな」
はったんが何気なくつぶやく。
「分からないよ。村に
サマンサはそういうと途方に暮れ、畳に横になった。
すでに旧政権の中枢を担ったアヒルたちのほとんどが逃亡してしまっている。公開処刑されたものも多い。サマンサたちが当初、計画したアヒル旧政権との共闘は頓挫していた。
街ではかつて
旧政権時代の
今日も街では旧政権幹部であったアヒルの公開裁判が行なわれるという。サマンサとはったんは、それを止めようとアパートを出て現場に向った。
「裁判が行なわれれば必ず処刑になって殺される。これではあひるランドの国民を分断することにしかならない。敵の意のままじゃないか」とサマンサは怒りに震えていた。
「アヒルなんか俺たちの奴隷にしてやればいいんだ! 地ベタに頭をつけてみろ。お前たちが俺たちにさせたように、同じようにやってみろ!」
「殺せ、アヒルを殺せ!」と多くのカモメらが叫んでいる。
ハトは、両手を縛られ、足に鎖をつけられて広場の真ん中に引きずられてくるアヒルに向って叫び、いままでの恨みを爆発させている。
「暴力には暴力だ!」
踏みつけにされきた、生き物として扱われたことなど一度もなかったのだ。
石を投げるもの、唾を吐きかけるもの、罵声を浴びせるもののなかでアヒルは黙ったまま下を向いている。なにも話さない。
「まともに飛べないものがどうして鳥を名のれるのだ! お前たちは道すらまともに歩けないじゃないか。水に浮くしかない役立たずだ」
「なにが優良市民だ! 誰がおまえらなんか助けるものか。アヒルの味方をする奴は敵だ!」
すでに
アヒルは黙っている。
「こんなの、間違っている」
サマンサはつぶやく。
「そうじゃない、そうじゃないんだ」
アヒル旧政権も当初はあひるランド全国民の幸せのために樹立されたものだった。しかしときが経つにつれ、政権組織が大きくなっていくとともに、腐敗していった。歪んでいった。いつの間にか生き物より政権が上位に置かれるようになった。自由と民主主義を高らかに謳ってはいたが、それは政権組織、政権決定の下にある限りで認められるものとなっていった。自由も民主主義も政権組織の上に置かれ、政権を律するはずのものから、次第に組織の下に置かれるようになっていった。
それをどうすることもできなかった。アヒルたちも自分が生きるためにはそれに流されるしかなかった。その反動であったのか、あひるランド旧政権はより強権的になっていった。
「分かっていたが、どうすることも出来なかった」
足に鎖をつけられ広場の真ん中に
「だから、わたしはこれを甘んじて受けなければならない」
「殺せ死刑だ。いますぐ処刑せよ」群衆が大声で叫ぶ。
「待ってくれ。待ってくれないか」
サマンサは群衆に言った。
「サマンサ首相だ!」と群衆の中から声がする。
「こんなの間違っている。彼が罪か。彼が悪か。あひるランド旧政権のなかで、どうしようもなかったんじゃないか。歪んでいったのは旧政権だ。彼は確かにそれに飲み込まれた。どうしようもなく飲まれていった。流されていかざるを得なかった。それが保身だったとしよう。しかし生きているものの中で保身を考えないものがいるか。いたらここに連れてこい! 誰に保身を責められよう。誰が、ひとり
この国の敵は蚤ヶ島だ。アヒルでもカモメでもハトでもない。力を合わせて戦うときが、いまじゃないのか!」
サマンサは一気にまくし立てた。皆が黙って聞いていた。
群衆の中からひとりのカモメが旧政権幹部のアヒルに近づき、手の縄を解いた。
そのときアヒルは叫んだ。
「わたしは赦されなくていい」
そのやつれた顔は、サマンサたちが政権を奪取したとき、次々に逃げ出す大臣、幹部たちを尻目に最後まで残り、サマンサとピジョーに深々と頭を下げたアヒル防衛大臣であった。
(つづく)
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