第34話 おばあさんの独自調査

 おばあさんは村で独自調査を進めていた。

 多摩の浦の浜辺で臼につまずいたときに蟹から島の話しを聞いた。そのとき浜に流れ着いたパンフレットを見せられ、そこに枝子の写真を発見して以来、ひとりで調査を行なっていたのだ。

 あのときの蟹の話しによると、蚤ヶ島はベニヤ板で仕切られ、二つに分かれており、その一方にドバトのサマンサと昔この村にいたピジョーがいること。さらに島では娘の枝子が貧しい蚤たちにお金の給付や食料の無料配布などの慈善事業を行なっていることは分かった。

 蚤ヶ島での慈善事業については、枝子が幼い頃によく話して聞かせたことの影響だろうと、おばあさんは少し誇らしげに感じた。

「枝子はきっと弱い者のために働いているのだ」


 しかし、仕事で失敗をしてすぐに五十万円が必要だというあの電話はなんだったのか。たしか脅されているとも言っていた。その仕事に深く関わるサマンサが島にいるのはなぜだ。その点がさっぱり分からなかった。

 もはや、おばあさんの心は枝子の安否だけに取り憑かれていた。


 おばあさんは調査を始めたはいいが、何ひとつ枝子の安否に関する情報は得られなかった。そこで直接、蚤ヶ島への潜入を計画したのだった。

 おばあさんはそっと、井の頭の弁天様のところへ行き相談をした。


「いよいよですか、おばあさん」

 弁天様はそう答えると空を見上げ、ゆっくりと井の頭池を指差した。その指の先には足で漕ぐ白鳥のボートが浮いていた。

「あれに乗って行きなさい」

 おばあさんは井の頭池の白鳥のボートを譲り受けた。

 それに加え、井の頭の至宝ともいわれる「命の羅針盤」をおばあさんに手渡し弁天様は言った。

「これを頼りに多摩の浦を渡れ」と。

「光をこの羅針盤に反射させて進め」と。

 おばあさんは「命の羅針盤」を受け取り白鳥のボートへと向った。


 月のない夜、おばあさんは誰にも告げることなく、多摩の浦の浜に白鳥のボートを浮かべ静かに漕ぎ出した。

 弁天様はその姿を楼閣ろうかくの上から眺め、ひとり涙を流した。


 まさにこの月のない夜こそピジョーが『征服計画書』を口にくわえ、ひとりあひるランドを飛び立った、あの夜であった。




(つづく)


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