第24話 秘密会議・団結ガンバロー

 枝子大統領が率いる蚤ヶ島新政府は、まだ成立してさほど時間が経っていないが、枝子のカリスマ性は広く国民の間に浸透していた。新政府のメンバーも枝子こそ救世主だと思った。それは熱狂的であるばかりでなく狂信的でさえあった。


 毎週金曜日の夕方に蚤ヶ島新政府による極秘会議が開かれていた。出席者以外、他の政権幹部や報道機関にも知らされていない。大統領秘書見習いのはったんの終業時間は五時であり会議のことは知らなかった。しかしそこはモグラのはったんである。あひるランドで、怪しいガマの油を売り歩き、心に優しい薬を闇でさばいていた男だ。気づかぬはずはない。


 その日もはったんは五時のチャイムと同時に仕事の書類をサッサとリュックサックに詰め込んでイスから立ち上がった。

「お先に失礼します、閣下」

「お疲れ~」

 満面の笑顔で手を振る枝子に一礼して大統領室を出た。いつもどおりエレベーターで一階に下り、官邸の出入り口にあるセキュリティーを通過して外に出る。はったんは帰路につく多くの職員たちの目を気にしながら、マンホールを一つ過ぎ、二つ過ぎ、そして三つ目のマンホールの蓋を一瞬ずらし、あっという間に穴に潜り込んだ。

「さすがはモグラのはったんだな」

と、自分で言ってみた。


 今日は金曜日である。夕方には極秘会議が開かれる。場所は大統領官邸の地下三階にある秘密会議室であろうとはったんは想定していた。見習いになった直後にもらった「各省庁のご案内」というパンフレットに載る会議室は沢山あったが、「秘密」と名の付く会議室はここしかなかった。だからはったん程度の情報処理能力でも分かったのだ。はったんは、書いてあることは分かるのだ!

 はったんは暗い地下の下水路を大統領官邸の方へと向って歩いた。


 いくつかのマンホールの出口を通過し、地下から官邸に入るはったん。もちろんセキュリティーなどない。

 官邸内の下水をリュックサックを背負い歩くはったん。


 しばらく進むと一つのマンホールから明りが漏れていることに気づいた。

「やはりここか」

 はったんはマンホールの蓋を下から見上げて呟つぶやいた。


 何人かの蚤やダニ、シラミの声が聞こえる。

「それでは、各部署の報告と今後の計画を説明して下さい」

 枝子大統領の声だ。普段とは違い、強い調子で命じている。

「はい。『あひるランド植民地化計画』についてです。万事上手く進んでおります。多くのアヒルたちは、我がダニ侵攻軍にやられ壊滅状態です。新しく出来たあひるランド新政府は、その中枢がドバトやカモメ、はてはミミズを食すモグラで構成されており、史上、稀にみるヘナチョコであります。問題ありません」

 ダニの大佐が大声で報告している。

「今後の進展は?」

 枝子が聞く。

「はい。このまま侵入を継続していけば、すぐにあひるランドは、我が蚤ヶ島の植民地にできます。そこで計画どおり住民たちを奴隷化し強制労働を課すことで、我が国の生産力は急速に向上し、蚤ヶ島の福祉財源にすることが出来ます。最早、時間の問題でしょう」

 力強くダニの大佐が答えた。

 続いて枝子が幹部たちに報告を求めている。

「次は?」

「はい。多摩の浦対岸の村に関してですが、第一次侵攻は成功とみて良いでしょう。シラミによる村人たちの混乱、そして村の南部にある北野の谷に拠点を築きました。北野はたまに馬車が通るに過ぎない辺境なので、村人たちはまだ気づいていません。今後は多摩の浦の制海権の奪取、続いて村の蚤ヶ島化ですが、あひるランドほど簡単にはいかないとみています。つまり時間がかかる。しかし村には資源が豊富にあります。我が蚤ヶ島国民の人権と平等、福祉と経済の発展には絶対に必要な地です。必ずやり遂げます」

「分かったわ。村は私の故郷だけれど、この国のためには仕方がない。この蚤ヶ島の国民生活の向上、強い蚤ヶ島の建設こそ結果的には、世界を救うことになるのよ。決してそれを忘れないように。世界を正義で支配するために、頑張りましょう」

 枝子大統領は力強くイスから立ち上がり、片手を腰に当てもう一方の腕を顔の横辺りに構えて言った。

「それでは、恒例の『団結ガンバロー』三唱!」

 バタバタと皆が立ち上がる音がして一斉に叫ぶ声が暗い下水の中にも響いた。

「団結ガンバロー、ガンバロー、ガンバロー」



(つづく)


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