第21話 はったんを探して
取り敢えず早急に「ガマの油売り伊藤」の店主モグラのはったんを探さなければことが始まらない。サマンサとピジョーは社長捜しを一旦棚上げにしてはったん探しを始めた。
はったんがいつガマの油を売りに来るかは定かでない。気が向いたときに売り歩いているようだった。
はったんはモグラであり普段は土の中で暮らしている。商売もガマの売り子だけではなく闇の仕事ならお構いなしで何でもしているようだった。サマンサ首相たちは地面をくちばしや枝切れで突き回してはったんを探した。
「まずいなぁ。ピジョーたちが俺を捜してるぞ。ばれたのかな?」
モグラのはったんは地中の住処に身を隠しながら独りごちた。はったんの住処、自宅の出入り口からは八方に穴の通路が延びている。その天井から、枝の先やハトのくちばしが現われては消える。「はったん、はったん。どこにいる!」と呼ぶ声も響いてくる。地上では懸命にサマンサたちがはったんを探しているのだ。
「ばれちゃったかなぁ・・・」
気の弱いはったんは、自分の闇仕事に常々後ろめたさを抱いていたことは事実だ。しかしこのあひるランドでは謂わば彼らは「不可触民」だ。存在しない「存在」であり、法の外にいる。そうであるからこそ政府からも不法な商売に関して黙認されている面があった。どんなに美しい社会であっても闇はある。そこかしこ、闇夜の路地裏、雑居ビルに草むら、軒下と屋根裏などにはどうしても光が射さない影の部分ができる。ましてそれが人工の光なら照らす場所に選ばれなければ輝きもしなければ乾きもしない。地面の下ならなおのことそうだ。影が世の美しさを担保している面もあるのだ。美しい光源の先を彩るものは光彩ではなく力強い陰影だ。はったんはそこの生活者だった。
ごく稀に表向きに行なわれていた摘発にも何度かあった。今回はガマの油についてだろう。サマンサが首相になりピジョーが副首相に就任したことは、さすが闇に生きる男、モグラのはったんである。誰よりも早く情報を得ていた。自分のことを一国のリーダーがわざわざ必死になって探しまくっている。くちばしを地面に突き立てている。叫び、騒ぎ立てている。政権が変わり闇仕事の取り締まりも厳しくなっているという噂もある。
はったんが売り歩いていたガマの油は、ラー油を川の水で薄めただけの物で実際、水虫にも心の病にも絶対に効かない。塗れば皮膚がただれ、飲めば腹を壊す。そういうものだった。それを通常価格の五割増しで売り歩いたのだ。はったんは失神せんばかりに恐怖に震え穴蔵の中で泣いていた。
どんどんと近づいてくる枝の先とくちばし、はったんを呼ぶ声も次第に大きく響く。はったんは観念した。恐る恐る地面に繋がる玄関のドアを開けようとしたが、手が震えてうまく開かない。
「あっ、あのマンホールのふたが揺れているよ」
ガタガタと小刻みに上下するマンホールを指差してピジョーがサマンサに伝えた。
「開けちゃえ。下水の逆流か」
サマンサはマンホールの蓋を持ち上げた。そこには恐怖におののくモグラのはったんがいた。
「すみません、すみませんでした。ガマの・・・」
「はったんだ。いたぞ!」
二人は大声を上げて喜んだ。
「実ははったんに相談というか、お願いがあるんだ。それで必死に探していたんだ。人捜しのビラ、モグラだけど、そういうビラも撒いてたんだよ」
最早失神せんばかりのはったんの耳には誰の声も入ってこなかった。「ウォンテッド」と朱書きされ自分の似顔絵が描かれたビラを目にして、はったんは叫んだ。
「許してください。俺たちモグラだから、まともな仕事にも就けないから。誰も相手にしてくれない。アヒルの子どもらに石を投げられても棒で叩かれても、笑って逃げるしかない。殺されても何も言えない。そんな暮らしをしてきたんだ。許してください」
サマンサたちも急いでいる。慌てている。はったんが狂ったように何か叫んでいるが、こちらはこちらで自分たちの目的、はったんに諜報部員なってもらうことで頭が一杯だ。
「はったんが少しおかしいようだが、やっと見つけたから引っこ抜いて連れていこう。話しは落着いてからだね」
サマンサとピジョーは手を合わせて懇願するはったんをマンホールから摘みだし、口で咥えてアパートへと急いで飛んだ。
アパートに着くと取り敢えず完膚無きまでに意識を失っているはったんに水とガマの油をかけた。油が利いたようではったんはゆっくりと目を開けた。
「はったん、大丈夫か? 手荒なことをしてごめんね。少し急なお願いがあるんだ」
ピジョーは言った。
「えっ」となにが何だか分かるはずもないはったんはただ「えっ」と言った。
「これなんだ」
サマンサは新品の丸いサングラスと黄色いヘルメットを差し出して落着いて告げた。
「諜報活動をお願いしたいのです。スパイです。あひるランドを遮るベニヤ板の向こうに潜入し状況を調査して頂きたい。ご無理をいって申し訳ありません」
「えっ」とはったんは言った。
「表向きは総務大臣とさせて頂きます。宜しいでしょうか、はったん?」
「えっ」とはったんは言った。
サマンサ首相は、ベニヤ板の向こう側に関して現在得ている情報を伝え、さらに具体的な状況把握の必要性と想定される戦いの意義について伝えた。
もちろんはったんは言った。
「えっ」と。
(続く)
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