第20話 あひるランド新政府樹立

 サマンサとピジョーは着慣れないスーツに身を包み、緊張しながらバタバタとぎこちない羽ばたきであひるランドの空を飛んでいた。これからアヒル政府に協力の申し出をしに行くというのだ。地上では相変わらず多くのアヒルたちが痒みにのたうち回る地獄絵図が展開されている。サマンサは敢て地上を見ないよう視線をまっすぐ前に向けて羽ばたいた。

 自分たちドバトの申し出が受け入れられる保証はない。門前払いになるかも知れない。いやその場ですぐに処刑になるかも知れない。しかしこのあひるランドを救えるのは、いまやハトとカモメ、そしてアヒルの共闘しかいないとサマンサは確信していた。


 アヒル政府の中枢である「あひるランド最高庁」の建物は静まりかえっていた。サマンサとピジョーは玄関でいまいちどネクタイをしっかりと結び直し、スーツを整えた。自動ドアを通りながらピジョーは一発、糞をひねり落とした。そして二人は真っ直ぐに最上階の首相室へ向った。

 二人は拍子抜けするほどあっけなく首相室に通された。

「いらっしゃい。どうしようもないよ、まったく。痒くて痒くて。何とかしてよ」

 首相のアヒルは体中を掻きまくりながら、入ってきたサマンサとピジョーに訴えるように言った。幅五メートルはある机の上には様々な薬が雑然と置かれている。アンメルツ・ヨコヨコ、ガマの油、セデス、イソジンのうがい薬、タイガーバームに目薬だ。

「どれも効かないんだよ。新しい薬はあったの? ワクチンはまだ?」

 首相はアンメルツを気休めに体に塗りたくりながら二人に聞いた。

 とっさにピジョーは答えた。

「まだ、ありません。すみません」

「ダメじゃない。早くしてくれないと。国民のことはどうでもいいからさ、俺の痒いの何とかしてくれなきゃ。首相を辞めちゃうよ」

「ではお辞めになってお休み下さい。政府幹部の了承もございます」

 サマンサは神妙な顔つきで冷たく言った。

「いいの? 帰っても。帰っていいなら帰るよ。全部任せるから頼んだよ」

 首相はそそくさと部屋を出てエレベーターに飛び込み、手を振った。

「じゃあ頑張ってね」

 エレベーターのドアは閉まった。


 実際、すでにアヒル政府はダニにやられてしまい統治機構として機能しておらず統治力を失った状態であった。サマンサは閣僚たちを集め首相が帰宅したこと、全権を任せられたことを告げた。

 やはり閣僚たちも「分かった、分かった。痒い、痒い」を繰り返し、挙句に「すべてお前たちに任せる」という始末であった。最後にアヒル防衛大臣はサマンサに深々と頭を下げ首相室を急いで出ていった。

「政権奪取だね」

 二人きりになった首相室でピジョーはぼそっとつぶやくとソファーに腰掛け、サマンサは首相の椅子に座り机に置かれた薬を眺めながら言った。

「これからだな。いよいよだ」

 少し拍子抜けしたが、サマンサとピジョーは規制なく自由に飛べるようになった大空を、地上のダニの襲撃を見下ろしながら一旦、アパートへと帰路についた。

 とそのとき地上から声が聞こえる。

「ガーマ、ガーマの油だよ。傷にも痒みにも効く魔法のガマの油だよ」

「あれは、何だろうね」

 サマンサは羽ばたきを緩めピジョーに尋ねる。

「あいつはガマの油売りだ。何にでも効くらしいんだ。実証されていないから承認はまだで闇だけどね。ひとつ買っていこう。どうせ今後の出費は全部、税金だから」

 ピジョーはそう答えサマンサと一緒に、政府が混乱し取り締まりが行なわれていないことをいいことに街中をリヤカーで売り歩くガマの油売りに近づいていった。リヤカーには「ガマの油売り伊藤」と看板が掛けてあるが、店主はどこからどう見てもモグラである。

「あのおじさん、モグラかな?」

 サマンサがそう聞くと、当然のように振り向きもせず「そうだよ」とピジョーが答える。

「すいません。ひとつ下さい」

「あいよ。六百円」

 モグラの店主は普段の五割増しで売っているようだったが、どうせ税金を使えるのでピジョーは油を買った。

「まるで時価だね。はったん」

 ピジョーが慣れた様子で声を掛けた。

「かき入れ時だからね。あっ、見ない顔だね、お客さん」

 店主はサマンサを見て言った。

「私ね、この辺で万能薬を売っている伊藤はったんといいます。ガマの油入り伊藤っていうの。水虫から心の病まで効くから宜しくね。これ連絡先、ここにホームパージも書いてあるから、一度見てね」と言いガマの油売り伊藤のリヤカーは去って行った。

「あれモグラ」

「まるきりモグラだね。モグラ以外の何ものでもないね」


 「ガマの油売り伊藤」の店主はやはりモグラであった。町ではモグラのはったんで通っている。身分がアヒルでないどころか鳥ですらないモグラであるため、法制度的には存在しない「存在」だ。ここでは闇の仕事にしか就けないが、もともと地下で暮らしているから本人たちはたいして気にしていない。適当に闇商売で暮らしている。

 もちろんはったんたちモグラは、鳥とは違う特性を備えている。土の中で生活ができ、地中を自由に動き回れることだ。サマンサはそのモグラの特性を思い出し、記憶に留めた。


 あひるランドでは早速、新政府が樹立された。蔓延するダニの退治のみならずベニヤ板の向こうに一気に攻め込み、あひるランド全体を平定、統一することがアヒル、ハト、カモメの共闘のうえでの新政府の目標だ。

 政府のトップにはサマンサ首相、ピジョー副首相兼国務大臣がついた。しかし首相、大臣の職を引き受けたはいいが、如何せんかつて飛んでいる内に頭が取れたことのある受け子のサマンサと前科者のピジョーだ。本人たちも不安であったが、あひるランドのハトやカモメだけでなくアヒルさえもサマンサ程度の頭かそれ以下の者たちがほとんどであり、その点は何とかなりそうだった。そんな住民たちであるから、想像以上にサマンサとピジョーによる新政府をいともたやすく、そして熱狂的に支持した。


「モグラのはったんを『もっこ諜報部』としてベニヤ板の向こうに潜入させよう」

 サマンサ首相は最初の作戦をピジョーに告げた。「ガマの油売り伊藤」の店主モグラのはったんにスパイの役を割り当てる。そして隠密にベニヤの向こう側の様子を偵察し、より現実的な戦略を立てようという計画だった。



(続く)

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