第10話 ダフりん市内2―刑務所

 刑務所はダフりん市内にあった。

 刑務所とはいっても、実態は思想教育施設であった。ピジョーはそこで再教育を受けることになった。無期懲役なので一生である。


 毎日のようにアヒルの偉大さや水の大切さから始まり、空を飛ぶことの不甲斐なさ、アヒル以外の生き物が守るべき「規則」が教え込まれる。


 例えば税制に関して、納税はすべての生き物に平等に課せられた義務ではあるが、税率はまったく平等ではない。アヒルは所得の二パーセント、カモメは十パーセント、ハトは八〇パーセントが課される。

 また基本的にアヒル自身は、空を飛ぶことを好んでもいないし、奨励もしていなかったが、一方でカモメやハトに得手勝手に空を飛ばれたら具合が悪い。アヒルにできないことをハトなどにやられては困るのである。

 そこで空を飛べる日が決められていた。アヒルは毎日自由に飛べるが、カモメは土日以外、ハトにいたっては水曜の午後のみ、それも決められた「ハト飛行スペース」に制限されていた。


 実際、アヒルという生き物は空を飛ぶより、水に浮きたがる。

 しかし元来、鳥たるものは大空を飛行する自由を神から与えられているはずだ。そのために羽根がある。それが鳥の最大の権利である。いわゆる「飛行権神授説」である。

 しかしアヒルはそれが苦手であった。空への憧れは十分すぎるほどある。羽根もある。


 遠く祖先の時代から、アヒルにとって「飛ぶこと」と「自由」は同じものであった。

 その力と権利を奪われている自らへの劣等と、それを思うままに操るカモメやハトの優等への憧れが強い妬みとなって、いまや支配の力に転嫁し、実際の制度へと展開しているのだ。アヒルたちは、大空を支配するものこそ鳥を支配するものであることは、十分すぎるほど知っていたし恐れてもいた。

 空だけではない。大地に対しても同様だった。アヒルが歩く姿を思い浮かべれば分かるであろう。これ以上は言わない。


 アヒルの強力な支配欲の根元は、まさにここにあったのだ。

 「大空の自由」と「大地の自由」の欠落、「大空の支配」と「大地の支配」への無力さが、不合理で狡猾な方法による強権支配を生んでいた。

 カモメやハトの本当の力を熟知し、かつ恐れているのがアヒルでもあったのだ。



(続く)

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