第四夜 センセイ

 翌朝、台風は日本列島の西から張り出している高気圧に阻まれて少しスピードを落としたようで、ここ武蔵山市にはまだ本格的な影響を及ぼすほどにはなっていなかった。


 それでも雨が断続的に降って、風も時折吹いている。


 晴矢たちは普通に登校し、朝礼で太刀川センセイから磯部柊だけでもこの田舎町ではちょっとした興味の対象になる。


 太刀川センセイが磯部柊に自己紹介をするように促すと、


「磯辺 柊です。木へんに、冬と書きます。中野区立中野坂上中から来ました。宜しくお願いします」

 と、物凄く簡潔に自己紹介した。


「磯辺、君の席は、あそこだ」

 と、俺の真後ろ、奈央の隣の空いている席を指差した。


「それから、磯辺に分からないことがあったら、禎元、お前なんでも教えてやれよ。頼んだぞ」


「わかりました!任せて下さい!」

 クラスのみんなは晴矢の反応に笑った。


 磯部柊は、もう知らないやつじゃない。晴矢は太刀川センセイに指名されて悪い気はしなかった。


 柊は自分の席に着くと、


「晴矢、改めてよろしくな」

 と目配せしながら言った。


「なんだ。お前たち知り合いか?」


「太刀川センセイ、昨日柊に俺たちのチームのこと紹介してくれたんですよね? それで柊は練習を見にきてたんですよ」


「感心だな、磯辺。もう昨日行ったのか?」


「はい、FC富士坂は全国でも有名ですし、居ても立っても居られなかったので」


「そうか。まあ座れ。じゃあ禎元色々と頼んだぞ」

 早速奈央が晴矢に話しかけてきた。


「晴矢、磯辺くんに昨日会ったんだったら会ったでLINEとかしてくれれば良かったのに」


「悪い悪い、マジ疲れててもう家着いて風呂入ったら寝ちまったんだよ」


「そっか。磯辺くん、わたし緒沢 奈央っていいます。宜しくね」


「緒沢さん。こちらこそよろしく。二人は付き合ってるの?」

 唐突に磯部がいうので晴矢はびっくりして大声をあげた。

「ちち違がうって!」

 太刀川センセイ俺が大声を出したので、太刀川センセイに叱られた。



 奈央も赤い顔をして俯いてしまった。


「おい禎元、ホームルーム中だぞ! 磯辺の世話係なのにお前がそんなのでどうするんだ!」

 またみんなに笑われた。


「こいつは小学校の時の同じクラスだったんだよ。他にも四人、このクラスに同じ小学校だった奴がいる。雄二と双葉もそう」

 と、今度は太刀川に、見つからぬように小声で話した。


「あー、本当だ。よく見たら雄二と、双葉もいるね」


(こいつ、奈央を男にしたような感じの奴だな。明るくて、誰とでも仲良くできそうな)

 晴矢はそんな風に柊のことを思った。


 そのうち授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。

「起立! 礼! 着席!」

 日直がそう号令をかけると、太刀川センセイは、


「じゃあ、四時間目にな」

 といって出て行った。


晴矢たちのクラスの担任である太刀川たちかわ すすむは、数学の教師だ。今日の四時間目は数学の授業。


 だから太刀川センセイはそう言ったのだった。


 太刀川センセイはそれほど熱血指導なタイプじゃない。


 しかし意外に生徒一人一人のことをちゃんと観察していて、時折いいアドバイスをくれたり、悩んでいるときにそっと話を聞いてくれたりする。


 学校のサッカー部の顧問をしていて、俺はともかく双葉が部活に入らなかったことは結構残念がっていた。


 柊のこともさすがにアトレチコ東京のジュニアユースから来たことくらいはもう知っているだろうから、きっと残念なんだろうと晴矢は思った。


 もっとも本人は、

「俺はサッカー経験者じゃないからな」

 と謙遜するが、Jリーグはおろか、ヨーロッパ五大リーグの主な試合はビデオを見て戦術を研究している。


 学究肌、とでもいうんだろうか。


 太刀川センセイの戦術のベースはイングランドプレミアシップ(トップリーグ)のリヴァプールのユルゲン・クロップ監督(*ドイツ人の名将。香川真司を見出した)のショート・カウンターゲーゲンプレッシングらしい。


 ただ、同じクラスでサッカー部の多田が言ってた。


 太刀川センセイの戦術はクロップが指揮しているリヴァプールのワールドクラスの選手がやっていることのコピー。


 だから高い身体能力と技術があることが前提なのでちっともうまく機能してないということだった。


(確かにどっちのチームにも10番は二人必要ないよな……)

晴矢はそう思った。


 でも、二人とも絶対FC富士坂でやりたいに違いない。


 

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