月は君を見ていた

Tohna

プロローグ

プロローグ (登場人物紹介)

晴矢はるや! 何やってんのよ! 遅いよー!」


「おい、遅いぞ晴矢」

(ちぇっ、やっぱり怒られたか)


 小学校五、六年生の同じクラスだった、晴矢は、双葉ふたば雄二ゆうじ麻里奈まりな奈央なお香織かおりたちが待つ旧校舎の二階にある放課後の自習室にいつもより少しだけ遅れて行った。


 ちょっとした事情があったからだ。


 待つ、と言っても誰かに約束していたわけじゃない。


 なんとなくいつもそこがその六人が自然に集まる場所だったからだ。


 さっき遅くなった晴矢のことを咎めたのは、緒沢 奈央おざわ なお但馬 双葉たじま ふたばだ。


「悪い、ちょっと色々あってね」

 晴矢は、座ろう、と木製の椅子を引きながら、悪びれた顔をしながら応えた。


「あれー? そちらは、D組の小山さんだよね?」

 目敏めざとく関 麻里奈せき まりなが晴矢が連れてきた小山 雛子こやま ひなこを見つけて言った。


 小山 雛子は小柄で色白のちょっとした美人だ。


「晴矢、小山さん連れてきてどうしたんだ?」

 チビのくせに惚れっぽい雄二が興味津々な顔をしながら晴矢に聞いた。


 さっき初めて声をかけられたばかりなんだけど、なんとなく昔どこかで会ったような気がするが思い出せずにいる。


「小山さん、クラス違うけど俺たちと仲間になりたいって。で、連れてきたんだ。ほら、ここ座りなよ」


「こ、小山 雛子です! みんな幼馴染の仲良い所に私みたいな他所者が入ったら、迷惑だよね?」

 小山 雛子は、晴矢に着席を促されたが、直立不動でそう訊いた。


「そんな事ないよー! 大歓迎だよね? 香織?」

 と、奈央。


 大きなとボブにした栗毛が特徴だ。いつもコロコロと笑い男女の分け隔てなく屈託無く話すところが男共に人気らしい。


「だめだという理由はないわ」

 と、大人びた感じの三谷 香織みや かおりは、少し冷たい感じで答えた。


 こんな事をサラッと言ったのけ、一見冷たいように見えるがこれは生来の性格で悪気はないのでちょっと損をしている。


 案の定、小山 雛子は香織の一言に少し身構えた。


「ほら、香織。小山さん困った顔してるじゃん。それで小山さん。なんで俺たちなんかに興味あるの?」

 すっかり好奇心に満たされた雄二が雛子に聞く。


 雄二は酒屋「荒巻酒店」の次男坊で無類の「いい奴」だ。どうやら小山 雛子にかなり興味が湧いたようだが、雛子が興味があるのは晴矢や雄二じゃなく、間違いなく双葉だ。


(今回も絶対にフラれるから小山 雛子にアタックするのは止めておいた方がいいぞ)

 晴矢はそう思っていた。

 何故なら、晴矢が小山雛子から声をかけられた時の第一声が、


「あの、禎元さだもと君だよね? 但馬君といつも一緒にいるよね?」

 だったからだ。


 双葉は市会議員の但馬 一穂たじま かずほの息子だ。更には中学では部活には入っていないが、地元のサッカーのクラブチームのエースだ。


 晴矢も雄二も同じ富士坂FCの選手だが、二人とも控えで、特に晴矢は「一生出てこない秘密兵器」とか言われている。


「小山さんさあ、誰かこの中に好きな人でもいるんじゃないの?」

 突然、麻里奈が鋭いことをいう。


 麻里奈はシュッとした顔立ちで、前髪をぱつんと切り揃えていて、見た目通りチャキチャキした性格だ。


 表裏がなく、言いたいことを空気を読まずにズカズカという。味方も多いが、敵も多いらしい。


 小山 雛子は、顔を紅くして、


「ちちち、違うよぉ、そんなんじゃないってば!」

 と、両手を前に伸ばして思い切り手首を軸にひらひらと回転させて否定したが、麻里奈は、


「小山さん顔真っ赤だよ? 本当のこと言っちゃいなって!」と追い込む。

 麻里奈が更に疑うような眼差しを向けると、


「ほ、本当に違うよ! 私、D組ではあまり友達もいないから、この自習室でみんなが楽しそうにしてるのを見て羨ましかったんだ」


「あそこにD組の人たちいるけど、そんな事言ってると余計に孤立するんじゃない?」

 香織が直球を投げる。


 素直な感想だろうが、香織の空気の読まなさに何人かは頭を抱えた。案の定、雛子は下を向いて黙ってしまった。


 すかさず雄二が、


「ほらー、香織ぃ、そんなのどうでもいいよ。小山さんが仲間になってくれてオレ嬉しいよ」

 と、フォローを入れる。


 晴矢も、

「そ、そうだよ。せっかく勇気出して俺たちんところに来てくれたんだし」

 と変な雰囲気を振り払おうとした。

 

 香織は、

「小山さん、ごめんなさいね。クラスでは、私コミュ障って言われてるの。でも分かって。私もあなたと友達になれて嬉しいのよ」

 と言うと、緊張した雛子の顔が少し綻んだように見えた。


 香織を理解するのは、他のメンバーたちにも難しい。無理もないのだ。


「ところでなんで小山さんは、あ、ヒナって呼んでも良いかな?」

 と、雛子の緊張がほぐれた良いタイミングで奈央が切り出した。


「う、うん、」

 と雛子。


「ヒナはなんで晴矢に声かけたの?」


「うーんと、禎元君は覚えてないみたいだけど」


「あー、俺も晴矢でいいぜ?」


「うん。分かった。晴矢君とは実はお隣さんだったんだ。もしかしたら覚えてくれていると思ったんだけど」

 晴矢は、

「だから会ったことがあると思ったんだ」と言いながら目を丸くしていた。


「マジかよ。小山、いや俺もヒナって呼ぶよ。ヒナ、俺に声かけた時そんなこと言わなかったじゃん?」

 とドギマギしながら言った。


「晴矢、随分と酷い男だな」

 とニヤニヤしながら麻里奈。


「せっかく勇気出したのに晴矢が覚えてなかったんじゃヒナが気の毒だな」

 クールにダメ出しをする双葉。


「ヒナ」と呼ばれて雛子は顔を紅くしている。こいつはきっと悪いことできないに違いない。


「と、とにかくすまん。小学生より前の事、あまり覚えてなくてさ」

 必死に弁解する晴矢。


「でも確かに隣の家に女の子と男の子がいてよく遊んだような気が…でも、その子たちの苗字、首藤しゅどうって名前だったんじゃないかな?」


「あ、私の両親、私が小学生になる前に離婚したんだ。小山はお母さんの旧姓だよ」

 努めて明るく言った雛子だが、全員驚いて黙ってしまった。


「ご、ごめんヒナ。俺無神経な事言ったよな」


「ううん、大丈夫だよ。また富士坂に戻ってこれて禎元君にまた会えたし、みんなとも友達になれたから」

 良かった。ヒナは気にしていないようだ、と思った刹那、爆弾発言。


「そう言えば、アタシ、禎元君とはいーっばい遊んだよ。お医者さんごっことかして」

 全員が凍りついた。


 晴矢はめでたく死亡した。


 雄二が涙目になりながら

「晴矢ぁ! お前って奴は! ゆ、許せねえ!」


 と完全にテンパりながら晴矢の制服の襟元を掴んで激しく揺さぶる。


「死ねば?」

 と麻里奈。


「やだー、晴矢、変態っ!」

 と奈央。

 

 晴矢は奈央に言われるとちょっとキツい。


「お、俺そんなこと? え、本当かよ。ヒナ、いや小山さん?」

 上ずった声でどうにかそう声を絞り出す。


 すると雛子はクスクスと笑いながら上げてイタズラっぽい顔をした。


 前言を撤回する。コイツは悪い事もできる奴だ。


「お前! そりゃあないぞ!」

 晴矢も涙目になってヒナの肩でも掴んで振ってやろうかと思ったが思い止まった。二次被害の防止だ。


「お、もうこんな時間か。晴矢が犯罪者だってことがわかったところでそろそろ帰るか」

 改まってもの凄い酷いことを投げ放つ双葉。


「ヒナのウチはどこら辺なの?」


「奈央ちゃんのお家は?」


「私、塔ノ沢。上倉神社の近くだよ」


「えー本当? ウチから近いよ」


「じゃあ一緒に帰ろうよ!」

 奈央とヒナはすっかり仲の良い友達みたいになっていた。


 駐輪場で、めいめいが自分の自転車に乗った所で、


「じゃあな、また明日!」

「それじゃあね!!」

「バイバイ!」

 と言って二つの方向に別れていった。


 日は山の稜線に没して、少し、冷たい風が吹き始めていた。



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