ヒーローなら異世界でもなんとかなるッ!?~ヒロイセカイデ~

雅―miyabi―雪

第1話

 「……んん、……いたたた、あれ? ここは?」


 燃え上がる炎のような深紅のスーツを身にまとった、まるで『戦隊モノ』のヒーローのような格好のこの少年……、彼が物語の主人公――、

 緋色烈人ひいろれつとである。


 つい数時間前まで戦闘の最中にいたはずなのだが、なぜかそこには見渡す限り緑が広がる……。


 ……広大な草原の丘に彼らはいたのだった。


 「ん? なんだろ? この柔らかいの!!」


 なにやら柔らかい感触が烈人の手のひらの神経に集中し、そうかと思ったら女性の甲高い声が響き渡る。


 「キャッ!!」

 「ッ――!! ……この、変態!! 切り刻まれたいらしいな!! うえっ!? なに? この納豆のような匂いわ!!」


 澄み渡る空のようなスカイブルーのスーツを纏い、胸に栄養がすべて行き渡ったかのようなこの少女は……、烈人が自分の胸を手のひらで包んでいることに頬を赤らめ、手に持っていた日本刀のような刀で烈人を冗談抜きで今まさに切り刻もうとしていた。


 「んー、納豆はあんまり好きじゃないですぅー……それより~甘いお菓子がいいですよ~!  ムニャムニャ……」


 小柄な身体には妙に不釣り合いで、太陽の光のように輝く黄色のスーツを纏い……まるで幼女がお遊戯会で披露目でもするのか!! という格好のこの少女は……寝ぼけていた……。


 「ヒィィ!!」

 「そんなことより、ここはどこ~!!」


 烈人は、ラッキースケベすら堪能することもないまま、ブルーのスーツの少女の斬撃を交わしつつ、どうしてこんなところにいるのかと戸惑っていた……。


 ――2時間前――


 緋色烈人ひいろれつとは今日も毎日の日課のトレーニングを朝の4時から開始し、ようやく最後のメニューに取り組んでいた。


 時刻は朝の7時……。

 ここは烈人の父、緋色一ひいろはじめが経営する『スーパーヒーロージム』である。


 スーパーヒーロージムは、ヒーローをこよなく愛するもの、ヒーローになりたいもの、すでにヒーローとして活躍するもののためのジムなのである。


 そして今、烈人はこのジム特製の数十トンまで重さを変えられるプレスマシンで最後の追い込みの真っ只中であった。


 (っくぅぅ!!  大胸筋が……、弾け飛びそうだっ!!)


 「んーんん、きゅううぅ……!! ……っくぬぬ、じゅうう~!!」

 「……ふぅぅ……くぅ、なんとか10レップいけたか」

 (よし今日のトレーニング経過をメモ帳に記入っと!!)


 メモ帳

 X月X日

 瞑想

 ストレッチ

 ランニング

 (時速200キロ×1時間)

 ベンチプレス

 (22トン×10、23トン×10、24トン×10)

 ダンベルプレス

 (片方10トン×15 5セット)

 特製プレスマシン

 (25トン×10 5セット)


 普通の人間ではこんな重量を扱うことは到底不可能であるが、烈人は物心つく前より日々トレーニングに明け暮れていた。


 彼の父はヒーローとして活躍し、引退後はこのジムを作り、幼き烈人をヒーローに育て上げるべく鍛えていった……。


 そう……、この少年……烈人は、『ヒーロー』なのであるっ!!


 …………。


 トレーニングを終えた烈人はシャワーを浴び終え、ジムの中にあるウォーターサーバーで水を飲んでいると、……そこに一人の男がやって来た。


 「おいッッ! 烈人ォッ!!」


 このデカい堅物、見た目は『ハ○ク』と『マイティ・○ー』を足して2で割ったような彼が烈人の父だ。


 「今日も一人でトレーニングをやっていたのか!? どれ見せてみろッ!!」

 「あっ!! ……ちょっと待ッ……」


 と、今日のトレーニング内容を記した手帳をひょいと奪い取る。


 「ばかやろーーーー!!」


 父の怒号が響き渡る。


 「ハァ……」


 怒鳴ったかと思いきや、すぐに落胆の溜息を吐く烈人の父。


 「あのなぁ、烈人……」

 「またこんな無茶苦茶なトレーニングをしてたのかっ!! しかも一人でとは!! 怪我でもしたらどうするんだ!!」

 「……それに、急に出撃命令が来たら、動けるものも動けないだろう!? 何度も言ってるのにどうしていつもお前は……ガミガミガミ……」


 …………。


 …………。


 (……あぁ、また長い説教が始まっちゃったよ~!!)


 以前は父と共にこのジムでトレーニングをやっていた烈人だったのだが、ここ数年で力を付け、著しく成長した烈人は……父の作るトレーニングメニューでは力を持て余していた。


 その為、一人で独自にトレーニングを行っていたのだった……。


 そして――、途中で説教を遮るように烈人は言った。


 「……でもさ、親父たちヒーローのお陰で、ヴィランたちの事件もここしばらくないわけだし……」


 ――『ヴィラン』とは、人々に危害を加え、世界を我が物とするために破壊の限りを尽くす悪の総称であり、ヒーローとは真逆の存在。いわばヒーローの敵である。


 「……それでもなんかあった時の為にトレーニングだけでもしておかないと!! ねッ!」

 「それにほら!!  まだまだ、全然動けるよ!」


 ……と言って、烈人は片手で特殊な金属でできたダンベル(重量不明)をひょいと持ち上げ、父にアピールする。


 「……はぁ……まぁいい」

 「とにかく!! 無茶だけはするなよッ!! ……あぁそれと、母さんが朝飯ができてると言ってたから早く食べに来い!!」


 父はそう言うと、ジムを後にした……。


 (確かに親父の言うことも分かるし、心配してくれてるのだと言うことも分かっている)


 (親父のようなヒーローのお陰で、今の平和があるのだけれど……いつまたヴィランが襲ってきたり、その他の脅威があるかもしれないし……)


 (……今自分に出来る最大限のことをしておかないと!!)


 烈人は更に強くなろうと心に決めたのだった。


 しかしながらここ数年、ヴィランたちはひっそりと影を潜め、町を襲うことはすっかりなくなっていたのである。


 たまにこの町で起こる事件と言えば、ひったくりやヤンキーたち同士のケンカなどである。


 それを解決するには、烈人にとっては造作のないことであったがヒーローの活動というよりはまるで慈善事業のようであったのだ。


 ……他のヒーローたちも然り、事件という事件にほとんど関わることもなかった……。


 ヒーローが出る幕もなく、警察もしくは自衛隊や消防などの公務員が対処していたからである。


 (……ただ、活躍の場がないのはちょっと残念だな……でも、平和が一番だよねっ!!)


 と、烈人はそう思いつつ、家に帰って朝ごはんを食べようとジムを出た。


 ところが! ジムを出た瞬間、町全体にサイレンが鳴り警報が響き渡る。


 『避難警報発令!  避難警報発令!!』

 『近隣の皆様は、直ちに身近なシェルターに避難して下さい!! ヴィランが出現しました!! ヒーローたちの出撃を命じます!!』


 警報の後すぐ、町中に轟音と火の手が上がる。


 「なんだって!!」


 数年ぶりにヒーローの出撃命令が出されたことへ烈人は驚きを隠せないでいた。


 そして、どうして今になってヴィランたちは動き出したのかとも思った……。


 「おい!! 烈人!!」


 先に家に帰っていたはずの父が、すぐ目の前に来て烈人に声をかける。


 「なぜヤツらが動き出したのか……まだお前には早いかと思ったがこれを渡しておく!!」

 「……これは!?」


 父、一から渡された烈人の手の中には深紅のヒーロースーツが……。


 一が実際にヒーローとして活躍していた時のヒーロースーツだった。


 「このスーツはどんな体格の人でも着れるようにできている……私の使ってたものだが、きっと役立つだろう!!」

 「あと烈人!! 朝飯もまだだったな……、プロテインバーやるから食っとけ!!」

 「あ……ありがとう親父!!」


 (そうそう!! 筋トレ後にはタンパク質が大事だからね!! さすが親父! わかってらっしゃる!!)


 「母さんと町の人たちは、私が無事にシェルターまで避難させる! お前の事が心配だが、お前はもう一人でも充分強い!! ……しかし、決して油断はするなよ!!」

 「見せてみろ、お前の力を、そして皆の町を救ってこい!」


 (烈人……お前は私よりも遥かに強くなってるはずだ……頑張れよ!!)


 そう言って父は母と町の皆をシェルターへ避難させるべく駆け出す。


 「わかったよ親父!!」

 「皆を救って、俺も本当のヒーローになるよ!!」


 父から渡されたヒーロースーツとプロテインバーを握りしめ、烈人も町を駆け出した。


 これは烈人がヒーローとして……本当の意味で初の出撃となるのであった。

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