吾輩は草である
岩﨑 史
吾輩は草である
吾輩は草である。
名前はまだ無い。というか、今後名前がつくことは無いだろう。
どこで生まれたかって? とんと見当がつかないねぇ。
気付いたら、ふぅわ、ふぅわと風にのって空を舞っていたのさ。種のころの吾輩は、そりゃ、可愛らしい綿毛だったものだ。
そして吾輩を運んでくれていた風が止んだとき、ひらりと華麗に地面に着地した。
ちょっとばかし乾燥しているが、光のよく当たるとても心地の良い場所だ。
吾輩は暫くそこで、暖かな日差しを受けてうつらうつらとうたた寝をしていたのさ。
そしてある日のこと、しとしと雨が降ってきた。
周りの温度も、暑すぎず寒すぎず、快適だ。
こうなりゃ、しめたもの。
吾輩は早速、芽を出す準備を始めた。
人間は、吾輩のような草について根性があるなどと評するが、舐めてもらっちゃあ困る。
根性なんて、そんなものは、この生き馬の目を抜く厳しい自然界じゃ、愚作中の愚作だ。
じゃあ、どうするかって?
そりゃあ、頭を使うのさ (もちろん、吾輩に人間様みたいな立派な脳味噌はない、話をわかりやすくするための比喩ってやつだ)。
だいたい、「道路」なんて場所は確かに乾燥してはいるが、ひび割れがあちこちにある。
その下にはちゃあんと土があるし、根を張ることが出来させすれば水だって十分に得られる。
そして何より、背の高い奴らがいないから、光を独り占めできてしまうのだ。
こんなに良い場所があるだろうか。
もちろん、芽を出すときだって、闇雲にやりゃいいってもんじゃ無い。
本当に賢い草ってのは、時期を見計らうのさ。
真夏の暑い時は駄目だ。雨が暫く降らないと、とたんに暑さと水不足で自慢の葉っぱは使い物にならなくなっちまう。
十分に湿っていて、光もあって、涼しくなってきた頃。これが最も良い。
それまでは、体力温存。眠るのだ。
昔から寝る子は育つというだろう?草にも当てはまるのかは吾輩には分からないが、まぁ、それは置いておこう。
そして芽を出した吾輩は、まず葉を放射状に並べて地面にぺったりとくっつく。
茎を伸ばすのはまだ早い。
何故かって? まだ根がちゃんと張れていないからさ。根も張れてやしないのに、茎だけ伸ばしたって、いつか支えられなくなって倒れちまうだろう?
とりあえずは光合成ができるように葉を並べて、その葉で作った栄養を根の成長や、将来大きくなる時の蓄えに回すというわけさ。
何事も急がば回れだ。
さらに放射状にぺったりと地面にくっつくのにだって理由がある。この状態なら多少、人間に踏まれたって痛くも痒くもない。
それに涼しくなってから芽を出したのだから、もう少しすればさむぅい冬がやって来る。
雪なんか積もってしまっても、これなら少しくらい平気なのさ。
そして、暖かい春が来る。
草の成長にちょうど良い季節だ。
吾輩たち草にとっては、大きくなるためにはある程度暖かい方が助かる。
この時期に冬の間、しっかり張った根と蓄えておいた栄養が大いに役に立つ。
他の植物たちが春を待って芽を出す頃には、吾輩はぐんぐん大きくなる。そりゃあもう、目を見張る勢いなのさ。
これだけで、周りにいる奴らより背が高くなって、光を得られる可能性はぐんと高くなる。
どんどん成長した吾輩はやがて、可憐な花を咲かせる。
この可憐な花で、昆虫をおびき寄せて花粉を運んでもらうのさ。
やがて吾輩も種をつけて、また可愛らしい綿毛たちが新たな土地へとふぅわ、ふぅわと旅に出る。
吾輩は死んでしまうが、子どもたちが新たな居心地の良い土地を見つけて定住するはずだ。
動物みたいに動けない吾輩たち草は、頭を使って定住した場所で生き抜く必要があるのさ。
勘違いしてもらっちゃあ困るが、動けないことは不幸なことではない。
吾輩たちは光合成という力で自給自足が可能だから、獲物を探してえっちらおっちら動き回る必要がない。つまり、無駄に体力を使う必要がないという訳だ。
どうだ?草の生き様というのも悪くないだろう?
これが吾輩の賢い生存戦略ってやつなのさ。
吾輩は草である 岩﨑 史 @fumi4922
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