　孤児院の中には三部屋あり、一部屋目は子供達が寝る部屋、二部屋目は、食事兼勉強部屋兼遊び場、三部屋目は院長先生の部屋。

　ちなみに、レータと病気の息子は、二部屋目に布団を敷いて寝ている。

　岬は院長先生とレータと一緒に、院長先生の部屋に来ていた。

　レータは今日は昼からのシフトで、岬と話したいことがあったため、ここにいる。

　院長先生の部屋は、三人も人が入れば窮屈な、こじんまりとしている。

　机一つに、ベット一つ。後は小さなテーブル一つでなにもない質素な部屋。

　岬とレータはテーブルの向かい側の床に座り、お年寄りの院長先生は、自分も床に座ると言っていたが岬達のお願いで椅子に座ってもらっている。

　話題は、孤児院の急変化について。

「岬さんも驚いたでしょう。私が知っていることを順を追って説明するわね。申し訳ないのだけど、レータさんの話は後からでよろしいかしら」

　レータさんが頷くのを見て、院長先生が話し始めた。

　～七月末日～

　今月も赤字かしら、弱ったわね。

　部屋で帳簿と睨めっこしながら、院長先生は深い溜息をはく。

　運営金をもらっているがそれだけでは足りず、自分の貯金を切り崩してぎりぎりで運営しているが限界が近い。

　運転資金にここ二月は岬に『星の奇跡』をもらってはいるが、病気の子供にあげたり、スラムのルールもあり、手元に残る金額は微々たるものだ。

　ここの孤児院にいる人間はまだいい方だ。

　スラムを取り巻く環境は年々悪くなっている。

　病気、スリ、強盗、殺人。

　増加の一途を辿っており、ここがなくなってしまったら、あっという間に野生を忘れた子供達は喰い物にされるだろう。

　孤児院は、スラムの元締めに毎月結構な金額を払っている。

　元締めに金額を払っている場所に攻撃してはならないのがスラムの暗黙の了解で、破ればやった人物と家族、その仲間が報復される。

　孤児院の前には常に元締めの部下がおり、目を光らせている。

　ほんとはもっと受け入れ人数を増やしたいのだが、今年、レータ達二人を受け入れ、現状でも赤字続きなのにそれは難しい。

　岬は、どこにも遊びに行かず、服も買わなく食事も必要最低限。そうして節約したお金を孤児院に全部寄付している。

　レータも同じく節約してるが、フェリスに半分ほどとられ、岬よりももらっている金額が低いため、申し訳ない程度だ。

　院長先生が頭を悩ませていたとき、来客の合図があった。

　こんな時間に誰かしらね。

　身嗜みを整え、院長先生が玄関に向かうと、意外な人物がいた。

「お邪魔しますわね」

「貴方が来るとは、明日は槍でも降ってくるのかしらね」

　来客はこのスラムの風俗街のトップ、『夜の女帝』。

　院長先生は、夜の女帝を自分の部屋に通す。

「貴方がいる豪華な部屋とは比べものにならないけど、我慢して頂戴ね」

「お構いなく、私の『我が家』ですから」

　女帝は上品な笑みを浮かべる

　昔、院長先生はここと同じ、スラムで孤児院を運営していた。

　そこにいた一人が女帝だ。

　結局、お金が続かず五年で取り壊しとなった。

　しかしそれももう終わる、ある一人の男によって。

「それで用件はなにかしらね」

「今ドタバタして忙しいから単刀直入に言いますわ。ギーレンは死にました。学園生の暗殺依頼を失敗して、その報復として御影さんに。今暫定的に私がスラムの頭になっています。私は御影さんに対する報復はしません。理由は二つありますが、その一つが、無制限の食糧の配給です」

　予想外の事に院長先生は目を真ん丸とさせ、驚く。

　突然の出来事。ギーレンはスラムの元締めで、依頼や普段のやっている事から恨みを買いやすい。いつかそんな日が来るかもとは思っていたが、早すぎる死だ。

　ギーレンは昔開いていた孤児院の子供でここにも月に数回来ていた。

　元々そういう計画はあった。

　しかしお金と食料が足りない。

　ここを取り潰されないため、役人に多額のお金を払っており、又、全員に行き渡るほど食料はない。

　一、二回実施できたとしても、それ以上は無理でかえって訳は悪くなる。

　夢が夢でおわる計画だ。

　それがいきなり無期限ときたものだ。

　女帝の性格を知っている院長先生でも誇大妄想すぎて俄には心事がたい。

「先ほど、契約したばかりです。私の部下がスラム中に振れ回っています。ギーレンの死と私の暫定就任と食料の配布を。魔力を通すと食料に変えてくれる魔道具です、私も試してみましたがほんとうに食料に変わりました、六つ貸してらいました。院長先生も魔法を使えますよね。やってみてください」

　女帝が財布型のアイテムボックスから取り出したのは、アルカナ文字が書かれた黒いお盆。

「食べたいものを想像してみてください。初回は容器まで想像しないと失敗しますのでご注意してください」

　お盆を持たされ、院長先生は想像する。

　なにがいいかしらね？子供達にクッキーをあげれば喜ぶわね。

　魔力が抜けていく感覚がして、お盆を見ると、お皿とクッキーが出現していた。

　ほんとだわ。

　院長先生は心底驚いた。

　まるでお伽話の魔道具だ。

　国宝級、それ以上かもしれない価値があり、売ればたちまち億万長者だ。

　最も院長先生は売る気など全くないのだが。

「この六つを娼館、私の屋敷、集会場なんかに置いておきます。魔力のある者を片っ端から集めてきまして、一日二回配給を行うことにいたします。これで、いきなりの就任の反対はなくなり、変わったことによる治安も悪化もないと思います。孤児院を含め子供達やスラムの住人が餓死をすることもこれからなくなります。それに御影さんといろいろ計画してるします。院長先生の所にもこれを貸しますので、是非孤児院の子供達にお腹一杯食べさせてください」

　女帝は、そういい、一礼して去っていった。

　ギーレン、志半ばであなたは逝ってしまったのね。貴方は無理をしすぎた。あの世でゆっくりして頂戴ね。

　院長先生はギーレンに冥福をお祈りした。