倉庫での戦い03


 きこっきこっきこっきこっ・・・・・・。


 それは今日子にとって悪夢の音。


 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。


 あの頃の事は記憶の片隅に封印したはず。


 なのに・・・・・・辞めて辞めて辞めて辞めて。


 そんな今日子の思考とは裏腹に、記憶の光景が映し出される。



 そこは、ここではない、ある都市のスラム街。殺し合いは日常茶飯事、パン一枚で殴り合い、100円で刺される・・・・・・そんな世界に私はいた。


 物心ついた頃から親はいない。


 逃げ出したか、亡くなったか分からない。生きるためにグループに入り、何だってした。でも、分け前は微々たるもので、スラムの中でも弱者の私達は従うしかなかった。


 生きるために、鼠を食い残飯は最高の食料だった。


 同じような年齢で、適応できないものは死んでいった。


 心を閉ざしてただただ生きるために。


 そんなスラムの中でも、一番の恐怖はスラム狩りだ。


 年に何回か奴らは来る。


 木が軋むような音、ゲラゲラと笑い声、つんだくような悲鳴。奴らに見つかったら最後、生きて帰ってきたものはいない。


 暗闇の家の瓦礫に隠れ、声を押し殺しびくびくと震えていた。


 私にできることは、ただただ悪夢が過ぎ去るのを願うのみだった。


 これはリーダーに助け出される前の話。


 ここで隠れていれば過ぎ去るはずだ。


 これは過去の出来事だ・・・・・・大丈夫、一度も見つかった事はない。


 そう思っていても体の震えは止まらない。


 やけにリアルで、まるで現実世界にいるようだった。


 そんな時、家の瓦礫がどかされる。


 そんなはずは。





「みぃーつけた」











 メモリーブレイクは、幻惑魔法の三級に位置する魔法で対象が思っている最悪な出来事の中の最悪の結末を見せる魔法で、悪夢とは少し違う。


 悪夢は実際に起こったことで、メモリーブレイクは実際に行ったことより質が悪い。


「あっあっあっああああああああああ!!!!!」


 今日子は喉がちぎれるほどの叫び声をあげる。涎を垂れ探し、涙腺は崩壊し、下腹部はしみが広がっていた。その光景は先ほどまで敵対していた雫が同情するほどだ。


「可哀想とか思うなよ。誰かに言われたかもしれないが、敵対したものに容赦はするな。それが仲間の危機へと直結する。こういう場面になって出てくる言葉は大抵同じだ。だからそれを待っている」


 そう、極限まで追い込まれると大抵の人間は自分が縋っている人物や飼っている動物や大切にしている物を呼ぶ。


 だからじき言うだろうと思っている・・・・・・黒幕の名前を。


 雫は図星を突かれ少し動揺する。


 妹の、風花の事になるとメーターは振り切れるが、他のことになると、姉にも言われたが、ここまで非常にはなれない。


 理屈では分かっている。御影がしていることは情報を聞き出す上で重要なことだ。


 だけど雫にはできそうもない。


 そういう場面は、今まで専門の人に任せてやってこなかった。姉は自分でやっているし、いつかはやらなければならないと思っているが、どうしても二の足を踏んでしまう。


「助けて助けて助けて!!!!」


 今日子の懇願に雫はたまらず耳を塞ぐ。聞くにたえなかった。


 それでも御影は解除しない。今日子の精神は二の次だ。例え命令されているだけだとしても、敵対したことに代わりはない。


 今日子はなかなか口を割らず、廃人寸前まで追い込む。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ・・・・・・助けて・・・・・・」


 人物の名前を口走り、今日子の姿は消えた。


 御影は感心するように斜め上の窓を見つめる。


 そこには、今日子を横抱きにし、開いた窓を足をかけこちらを見るジョーカーの仮面を被った男が居た。


 少しの間見つめ合い、ジョーカーの男は去っていった。


 また会おう。


 御影はそう言っているように聞こえた。


「終わったんでしょうか」


 雫もジョーカーの男が出て行った方向を見上げそんなことを口走る。


 それほど、雫にとって激動だった。


「なにを言っている。まだまだこれからだ」


 そう言って御影は扉を見つめる。


「夜はまだ長い」

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