暗殺者の正体と独白01


 人混みを避け、走りながら御影は考える。


 あの人は今までどういう思いでこんな事をしたのだろうか、そんなことをしてまで守りたかったものは何なのだろうかと。


 かつて御影も後悔はたくさんしてきた。守りたかったもの、守れなかったもの。一番心残りだったもの、最期に刻んだ約束は、今も御影に一生消えることがないぐらい心に刻まれていた。


 だからだろう、御影と同じ思いなら、あの人がこれまでしたことは理解できるし、できることなら、このまま見て見ぬ振りが一番良かったと思う。何の解決にもならないが、現状の維持、被害者はこれからも出てくるが、少なくともあの人の対峙することなく、あの人の大事なものが守られた。御影は知らない人よりも関わった人の方が大事だ。被害者には気の毒だが、できることなら見逃したかった・・・・・・自身の契約者が殺害対象じゃなかったのなら。


 そしてプレハブ小屋についた。もう0クラス、小屋には一人しかいない。


 小屋の前には、背丈の倍以上の巨大な斧を突き刺し、所々に傷があり、長年使われたであろう、下級ドラゴンだが、レベル六十の魔物フェザードラゴンの鱗の緑鎧、何処か遠い目をし、仁王立ちしている、ボブじいさんの姿があった。


「やはり来てしまったかの。この小屋はな、二十五年前、儂と彼女が建てたものでな、当時は0クラスに泊まる家は無く、ここでテントを張って、暮らしていたんだ。待遇も今より悪く、人権なぞ基本的になく、まさに奴隷と同じような扱いだった。

忘れもしない六月のある日、当時の儂は戦闘科の三年Aクラスに在籍していてな、上位にいたがSクラスとのクラス替え試験で実力の違いをまざまざと見せつけられ、その時は荒れていて、ほんとに気晴らしでここを訪れ、彼女と出会ったのじゃ」




~二十五年前~


「ほんとにチンケな所だな」


 ボブは白けた様子で辺りを見回す。


 簡素なテントが十個設置され、他にはほんと何も無いところだった。


「さてと、どのテントを襲うかな」


 ボブの目的はうさをはらすためで、どれか一つのテントから人を引っ張り出しボコボコにする。


 ボブはやったこと無かったが、他の生徒もやってることなので、さして罪悪感もなく、適当なテントを開いた。


 そこで出会ってしまった。


「乙女のテントに無断ではいるなんて最低だよ。私はサイフォン。罰としてあなたにはやってもらいたいことがあります」


 注意した後、エッヘンとない胸を張って宣言する女。


 ツインテールの小柄な少女で、何でもすぐに顔にでる、感情豊かで、0クラス特有の死んだ目をしていなく輝いていた。


 それが彼女、サイフォンとの最初の出会いだった。



「最初は変な女だと思っていたのじゃ。その日は気が削がれて無視して帰ったのう。だがなどうしてもサイフォンの事が気になってな。それから、何度となく、0クラスに赴き、彼女の0クラスを変えようとする直向きさ、勝てないのに、ボコボコにしようとやってくる生徒に、やめてもらおうと間に入って立ち向かう心の強さ。獣人にも分け隔てない優しさ。いつしか彼女に惹かれていたのじゃ。彼女の目標を後押ししたいとの」


「それがこの小屋ですが」


「そうじゃ、彼女いつも言っていたのじゃ」







「私ね、家を自分で作りたいの、みんなが暮らせる、暖かい家を」


「お金はどうするんだ。第一家なんて作ったことあるのか、お前おっちょこちょいだし、不器用だし」


「何とかなるよ、とういうか不器用言うな。ちょっと人より手際が悪いだけだよ」


 ぷくっとふくれっ面のサイフォンを見て、溜め息を一つこぼし、ボブは決心する。


「しゃあないな、罰だしお前一人で危なっかしいから俺も手伝ってやるよ」


「ほんと、ボブありがとう」


 にぱっとボブの好きな可愛らしい笑顔でサイフォンは言った。





「それから、今まで以上に、真剣にダンジョンに赴き、資金を稼ぎ、空いた時間はサイフォンと一緒に家作りの時間にあてたのじゃ。二人とも初めてでな試行錯誤の連続じゃった。いやがる鍛冶科の人に頭を下げ教えをこうたり、板がずれたり、透き間が開いてたり、やるたびやるたび、そこかしこで問題が起きる。でもサイフォンとの作業は楽しかったのじゃ。それに比例するが如く、調子も良くなってな。三ヶ月で小屋が完成し、Sクラスとのクラス替え試験を明日に控えていた」








「やったな、ようやく完成だ」


「・・・・・・うんそうだね。」


「何だよ嬉しくないのかよ、やっと念願が叶ったんだ」


「うん、ボブにはほんと感謝してるよ。私一人じゃ何もできなかったよ」


「んな恥ずかしい事言うなよな。っと、そろそろ帰るは、明日絶対クラス替え試験見に来てくれよ、高かったんだからなそのチケット」


「うん・・・・・・絶対行くよ」




 そしてボブじいさんは、穏やかに懐かしそうにはなしていた表情が一変し憎悪を込めた顔で拳を握りしめる。


「そして勝ったら言おうと思ったのじゃ。その時儂は気付かなかったのじゃ。彼女が思い悩んでいたことも。儂等がやったことは所詮、権力者の見せ物でしかなく、今回の獲物、物語の主役は儂等じゃった。そして彼らは悲劇を好む」


 そして、次の日、あの厄災の一日は始まった。





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