221 前夜 その4


(あれは……どこの国の人間だろうか?)

 バルコニーにいる処女宮の使徒キリルの部下であるラムゼイは、バルコニーから見える、街中を歩く人間を見て、呟いた。

 神国では見ない衣装に身を包んだ男性と女性、それと獣人の子供を神国人の司祭が案内している姿が見えたからだ。

 好奇心のままに手すりから半身を乗り出し、確認しようとしたところで突然、ラムゼイは腕を掴まれた。

 驚いて隣を見れば、少年が立っている。

「何やってんだ? 落ちるぜお前」

 少年はここ最近ずっと一緒に仕事をしていたツクシだ。

 彼は片手に料理の乗った皿を、片手にラムゼイの腕を掴んでいる。

 この日のために誂えた新品の神官服に身を包んだツクシは「ほら、お前も食えよ」とラムゼイに皿の上に乗った肉を勧めてくる。

「こんないい肉が食える機会、あとの人生でいくつあるかわかんねぇぞ」

 ラムゼイの腕から手を離したツクシは骨付きの肉に齧り付く。うめぇ、とツクシは呟いた。彼が食べているのは神国特産の最高級バロメッツの肉で作られたラムチョップだ。


 ――二人は、教皇就任祭の前夜祭に呼ばれていた。


 落ち着いた音曲が奏でられている。立食式のパーティー会場だ。

 神国アマチカの首都に作られた外交用のホテルの一室で行われているそのパーティーには神国の有力者が多く来ていた。

 十二天座やその使徒も数人見られ、先程まで挨拶を様々な有力者が行っていたところである。

 ツクシとラムゼイも壇上に登り、準備に関わった人間として挨拶をしていた。

 今はこうして堂々としているツクシだが、壇上ではおたおたと・・・・・まるで新兵のような有様だったのだ。

 そのときの様子を思い出し、ラムゼイは口角をほんの少し釣り上げ微笑する。

「なんだよ、にやにやして気持ち悪ぃな」

 そんなラムゼイを見てツクシは不気味そうにラムゼイを睨む。

「いや、悪い悪い。最初はどうにもならないと思ったけど、なんとかなったんだなってさ」

 ラムゼイはバルコニーから街に視線を向けた。

 明日の教皇就任祭を迎えるために整備された都市の風景だ。

 無理と思われた様々なことをなんとか形にできた巨大事業に自分たちも関わっていたのだと思うとラムゼイは胸を張りたくなる。

 それはツクシも同じらしく、ラムゼイの様子を見てからふっと、ツクシも口角を釣り上げた。

「なんだかんだと忙しかったけどな。それになんとかしたのは表向きだけだ。できなかった部分もあるから終わったらきちんとやんねぇとな……ったく、考えると今から頭が痛ぇよ」

 都市の喧騒はホテルのバルコニーにも届いてくる。

 昔の神国を二人は知らない。だから先程の挨拶で感慨深げに今日のことを語っていた大人たちの話は二人には理解できない。

 だが今日までの苦労がそれで色褪せるわけではない。

 途中から人員が増員され、キリルや他の使徒たちがラムゼイたちの代わりにきちんとした事業の責任者になったとはいえ、最初に自分たちが始めたのだ。

 きちんとできたなら、感慨も深くなるというものだった。

「……明日が本番か……」

「教皇就任祭だな。うまくやれりゃいいが……」

 不穏な噂――いや、動き・・がある。

 だがラムゼイたちにとってはそれら全てが杞憂であれば良いと願うだけのことだ。

 やれることをやったなら、神国アマチカの未来が明るくなることを、少年たちは女神アマチカに祈るしかない。

「お、キリル様の隣のいるのはユーリ様じゃないのか? む、おおぉ、おい、ラムゼイ。これ、この高級塩をかけるとすげぇうめーぞこれ」

 ラムゼイがバルコニーの手すりに背を預けながらラムチョップに齧りつく、ホロホロと口の中で溶けるような肉はさすが神国最高の高レベルかつ高熟練度の料理人スキルによって作られた料理だ。

 とてつもなく美味く、料理効果も高い。食べれば食べるだけ肉体が一時的にだが強化される。楽しくなる。

 うまいうまいとユーリたちのことすら忘れて高級肉に舌鼓を打つツクシ。先に声を出したツクシだが、もはや彼の頭からキリルたちのことは忘れられているだろう。

 だがキリルにユーリ、その二つの人名を聞き、ラムゼイは少しだけ憂鬱な気分でツクシが先程まで見ていた場所へと視線を移した。

 キリルとユーリがホールの中心に立っている。周囲に多くの人々がいる彼らを見ると自分が別世界にいるような気分になる。気分が落ち込む。

(キリル様……)

 あの年下の少女を守ってやりたい、力になってあげたいと思っているラムゼイとしては、どうにもユーリが隣にいるのは気分が悪い。

 分不相応の想いだとは思っているが――口にラムチョップをねじ込まれた。

 何をすると、ラムゼイは隣を睨みつけた。

「なんて顔してんだよ。ほら、食え食え」

 ツクシがラムゼイを心配するように見ていた。もちろんツクシはラムゼイがキリルに向ける慕情に気づいた様子はない。だが、ラムゼイの気分が落ち込んでるのを見て何かを察したのか。ツクシは彼なりの意見を言う。

「見てもらえねぇなら、上を目指せばいいじゃねぇか。俺は、俺を新兵だなんだって呼ぶ奴がいるたびにそう思ってるぜ」

 その実感の籠もった言葉を聞き、ラムゼイは呟く。

「……美味いね。これ」

 ラムチョップの肉をかじりながら、ラムゼイは人に囲まれるキリルとユーリを見た。

 あの場所は遠い。だが、あの二人はまだまだ子供だ。使徒の成長速度は十二天座と違い、不老で固定されない。


 ――いや、いっそのことユーリが不老になれば……。


 ラムゼイはくだらない、と自分の考えを放り捨てた。もっと前向きに考えよう。教区に行っているユーリと違い、自分はキリルの傍にいるのだ。

(まぁ、あまり接する機会はないけどさ……)

 下っ端のラムゼイは、あまりキリルと話したことはない。

 だがもっと強くなれば、偉くなれば、キリルと接する機会も増えるだろうか。

 騒がしいホールの喧騒から離れたバルコニーで、そんなことをラムゼイは考えるのだった。


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