196 旧茨城領域征伐 その19


 鳥人部隊が氷壁に帰ってきたのは翌朝のことだった。

 一晩中オーガを追撃して回っていたらしい。報告は何度か貰っていたが、きちんと無事な姿を見ると私も安心する。

「はい! 貰ってない人は! まだまだあるから遠慮なく言ってくれ!!」

 熊族の兵たちが鍋を片手に、鳥人たちの間を歩き回っている。

 長期の飛行で疲労困憊の彼らに温めたはちみつ酒が振る舞われているのだ。

 ありがたいと、回復力を高めるバフのかかったはちみつ酒を飲む兵を見ながら、私はぶすっとした表情の炎魔様を出迎えた。

「おかえりなさい。お疲れさまです。炎魔様」

「ただいまユーリくん。ごめん、敵のユニークを取り逃がした。これは負けだよ……オーガってのも侮れないね」

「炎魔様は負けてませんよ。勝てなかっただけです」

 というよりかなりすごい。ユニークを相手にしながらも一番オーガを殺していたのは炎魔様だ。

 今日だけで約五百体。相手が魔法防御の呪いで魔法への耐性を高めていたことを考えれば、破格の戦果である。

 よく言うね、と炎魔様は鼻を鳴らしてから、傍にいた熊族の兵に「私にもあれを」とはちみつ酒を要求すれば、すでに用意していたのか、熊族の兵より温められたはちみつ酒が鉄製のカップに入れられて差し出される。

 ありがとう、と炎魔様は受け取り、立ったままそれに口をつけた。

(もう少し詳しく報告を聞きたいが、本陣に戻ってからでいいか……)

 私たちがここにいては兵もゆっくり休めないだろう。私は炎魔様を促した。

「移動しましょうか。報告は本陣でゆっくり聞きます。今後のことも相談したいですし」

「相談、ね……ユーリくんの頭の中では全部決まってるんじゃないの?」

「全然ですよ。むしろ今後のことを考えると頭が痛くなってきます。だいぶマジックターミナルも失われましたしね」

「ざまぁみろ。くすくす」

 にやにやと笑う炎魔様と会話をしながら本陣に移動しようとすれば、部隊を兵に任せてきたバーディがやってくる。報告だろう。

「ユーリ様……ご報告が」

「移動しながら聞きましょう。はちみつ酒は飲みましたか? 耐寒スキルで寒さは防げますが、あれは暖かいわけではないですからね。空は冷えたでしょう?」

 はい、いただきました、とバーディが本陣へ移動しようとする私たちについてくる。

 私はふと空を見上げる。今日は雪は降っていない。

 朝陽が眩しい。暖かい光に心が落ち着く。

 テントが乱雑に立ち並ぶ間を私たちは歩いていく。まだ休んでいる兵も多いのか、テントの前に空間を作って休んでいる獣人たちの姿が見える。

 私に気づいた彼らが手を振ってくるのに手を振り返しながら私はバーディの報告に耳を傾けた。

「ユーリ様、ご命令通りにオーガの民間人……と言っていいのかわかりませんが職人や呪術師、女子供は焼き払いました」

「お見事ですね、バーディ。それで兵の方は?」

「流石に我々も疲労が濃く、殿しんがりとして残ったオーガ千体ほどを焼いたぐらいです。申し訳ありません」

「いえ、十分です……貴女たちが死なずに帰ってきてくれたことが一番ですので」

 ありがとうございます、と嬉しそうにバーディが言う。

 鳥人部隊の活躍は今後の戦争を大きく変えるだろう。

 上空から一方的に敵を叩ける彼女たちの重要度は今後一層増していく。

(だからバーディはもちろん、論功行賞はきちんとドッグワンやベーアンを評しておかないとな……)

 バーディや炎魔様の活躍が大きいことは確かだ。彼女たちはこの戦いの戦功第一でもある。

 ただここで彼女たちの戦果のみを喧伝すると、あとの政治力の変化もだが、猪武者が増えてしまう。

 敵を倒せばそれでいい、と考えるものが増えれば面倒だからだ。

(常に補給を万全にしてくれたベーアンと、壁の内部でしっかりと守備を固めてくれていたドッグワンにも勲章を与えなくてはな……)

 それにウルファンもよく守ってくれた。シザース様の指揮も見事だった。

 戻ったら『旧茨城領域征伐勲章』を作って参加した兵全員に授与すべきだろう。

(兵への戦勝ボーナスも弾まなければ……あとは死者の遺族への手当に、今回使ったアイテムの補充に、次の大規模襲撃までに教区軍の残りの兵の武装も用意して――ううむ。戦争はするものじゃないな)

 戦争のために準備をすればするほど金が飛んでいく気がする。

 処女宮ヴァルゴ様が交渉だけでニャンタジーランドを落としたことを私は思い出した。

 あれは楽だった・・・・。くじら王国が散々にニャンタジーランドを弱らせたあとだったから、鯨波王の成果を横から奪っただけで神国からの出費はほとんどなかった。

「やっぱり戦争はするものではないですね……」

「突然どうしたのさ? っていうかユーリくんがそれを言うわけ?」

 炎魔様が私の呟きに呆れたような顔をするのだった。


                ◇◆◇◆◇


 結局、シモウサ城塞への入城には数日掛かった。

 地下のゴブリンの処理に加え、シモウサ城塞の要衝に残った五百名ほどのオーガの兵の処理に手間取ったからだ。

 シモウサ城塞の要衝にそれぞれ立てこもった五百名のオーガの戦士は、グレーターサイクロプスよりもずっと面倒だった。

「我々は防衛は得意でも城攻めはやはり得意ではありませんね。かなり手間取りましたし」

「敵の主力が撤退してくれて助かりましたな。五百名しか詰めていない城を落とすのがここまで面倒だったとは……」

 広い城塞の各所に散ったわけではなく、いくつかの重要拠点を決死の覚悟で守り続けるオーガたちを倒すのはとても時間がかかった。

 もちろんオーガどもを雷神スライムで一体一体暗殺して回ってもよかったが、これも良い機会だと雷神スライムや氷結蟹は地下のゴブリン退治に回し、私は立てこもったオーガたちの討伐を教区軍の人間だけに任せてみた。

 攻城戦を経験するにはこういったシチュエーションは貴重だったからだ。

 私は彼らに城攻めの経験を積ませ、そうしてこうして落城したシモウサ城塞に入城していた。

「それでここが玉座の間です。百名ほどのオーガが最後まで抵抗していた場所ですな」

 ドッグワンがシモウサ城塞の玉座に入った私の傍で解説をしている。

 もちろん解説だけではない。ドッグワンは護衛という名目で傍にいるのだ。

 オーガの残党がもう残っていないことは確かだが、罠などの危険はあるし、万が一があるからだ。

 レベルだけは高い私だが、近接戦闘力はオーガと比べればカスだ。

 巨大な暴力の塊であるモンスターに迫られれば一撃で殺される子供の身体だった。

「諦めて吹き飛ばしてもよかったんですが……私も人間ですね。時間の余裕があったので無理をさせてしまいました」

「いえ、この征伐にて、我らの武勇を振るう機会がまたあって嬉しく思います」

 先頭に立って剣を振るったドッグワンがにやりと笑ってみせる。私も勲章をきちんと与える機会をあげられてそこは嬉しかった。

 そして、もう座るもののいない玉座を私は見上げた。

 グレーターサイクロプスが座っていたのだろう。

 樹齢千年とかそういった巨木か何かから削り出したのか、巨大な木製の玉座が玉座の間にどすんと置かれている。

 このままこれは矢の材料なりなんなりにしてしまってもいいが……残しておけば旧茨城領域を完全に占領が終わって、平和になったときに観光名所化できるかもしれないな。

 現代日本の記憶がある私としては、こういったものを残しておけば世界が平和になったあと、地方自治体が奇抜なゆるきゃらなどを生み出さなくとも観光資源が作れるのでは、という考えがあったが……。

(保全が面倒だな)

 流石にシモウサ城塞はオーガの城だったためか、全てのスケールが大きすぎる。人間が住むのに向いていない。

 神国の人口が増えて、余裕ができたら解体して人間用の城に立て直すのが良いだろうか?

(いや、城はいらないか……防衛用に城壁だけ残して、中の石材を組み替えて、人間用の街を作ったほうがいいな)

 私がこの戦いのあとを考えている間にも犬族の兵がどやどやとやってくる。

「ユーリ様! 宝物庫がありました!!」

 野外の探索が得意な狼族と違い、犬族は種族特性で屋内の探索にも優れている。

 彼らにはオーガの生き残りの捜索の他に、城内の探索を任せていた。

「よくやりました。よかった。ありましたか」

 オーガの宝物庫――私が立てこもったオーガたちを丁寧に処理をしたのは、これも目的だった。

 円環法で城を消し飛ばすこともできたが、それでは位置がわからない宝物を消し飛ばすことになる(また円環法のSP浸透で見つけることもできるが城塞内部全域を精査すると兵が疲れ切ってしまう)。

「宝物庫……珍しいアイテムがあると良いですな」

 ドッグワンが楽しげに言う。

 彼も武人だ。オーガの武具などに興味があるのかもしれないが、私としては本国向けに売却できるものならばなんでもよかった。

 とにもかくにもニャンタジーランド教区は金がない。本国とて余裕はないが、我々はもっと金がないのだ。

「地下にゴブリンがいましたから……宝物庫には宝石なんかがあると思うんですよね」

 私がそう言えば、ドッグワンはなるほど、と楽しげに言葉を返す。

「さすがユーリ様だ。それは確かに!」

 ドッグワンの賞賛は、おべっかなのか本当に言っているのかわからないから微妙なんだよな……などと思いながらオーガ用の巨大な通路を我々は歩いていく。

 オーガの城塞は九歳児の歩幅には辛い距離だ。

 気分が急いているせいか、こうも長い通路を歩いていると絶対に人間向けの構造に改築しようという気分になってくる。

「宝石以外には骨か何かでしょうか? 金や水晶なんかもあるといいですね。あれらは高度な施設に製造に必要ですので」

「楽しげですな、ユーリ様」

「それはもう……シモウサ城塞を無傷で手に入れた理由の二割ぐらいがこういった物資を損なわずに入手することでしたからね」

 すでに武器庫は押収し、人間向きではないサイズの金属武器などは素材取り用として鋳潰すことも決まっている。

 鉄素材を神国からの輸入に頼っていた教区としては嬉しい臨時収入だった。

 またオーガたちが使っていた呪術の本なども手に入っている。こういった珍品は磨羯宮様や炎魔様が良い値段で買い取ってくれるだろう。

 夢のある話をドッグワンと話しながら我々は宝物庫前にたどり着く。

 宝物庫の前には逃げずに踏みとどまっていたらしい宝物庫番らしきオーガの死体が転がっていた。ドッグワンの部隊が殺したのだろう。

 扉の前には犬族の兵が並んで周囲を警戒している。

「ユーリ様! ドッグワン様! こちらです。扉を開けるのに難儀しましたが……何しろ我ら人のサイズではありませんからな」

 犬族の兵が私とドッグワンに向かって敬礼をしてみせた。

 彼らは開いたのか、巨大な門のような扉を備えた宝物庫の扉は大きく開かれていた。

 中を見れば巨大な棚が並んでいる。グレーターサイクロプス用の鎧や槍なども転がっている。金属素材の山だな。

「罠などは?」

「兵が入って確認しました。警報のようなものがありましたが、解除してあります」

 ご苦労さまです、と頷き我々も宝物庫に入る。

「ほう……金銀財宝、といった感じですな」

 金のインゴットや、宝石などが所狭しと並べてある。管理していたオーガが几帳面だったのだろうか? きちんとアイテムの種別ごとに分けられている。

 一通り見て回ってから私はほっと息を吐いた。

 人間の骨で棚がびっしりと埋まっていたらどうしよう、という不安が払拭されたからだ。

「財宝は助かりますね。教区軍も財政がピンチなので」

「最近それしか言いませんな、ユーリ様は」

「頭が痛いんですよ、春からはドッグワン、貴方もですが軍の人員を強化して、他の十二剣獣にも活躍の機会を与えるために装備を作らないといけませんからね」

 今回連れてきた四人以外の十二剣獣にも実戦の機会を与え、大規模襲撃に備えなければならない。

 実戦経験のない軍隊なぞ張子の虎だ。全十二剣獣を戦えるようにしなくてはならない。

 それに神国からの輸入でしか入手手段のないマジックターミナルに頼り切るのも問題だった。

 あれは便利だが、あまり頼りすぎるとなんらかの手段で封じられたときが痛い。

(まぁ私が神国に対し弱みを見せられる、という意味ではマジックターミナルの輸入は政治的に正しいんだけどな……)

 とはいえマジックターミナルは高価すぎた。

 だからマジックターミナル以外の武装も考えなければならないし、考えたら考えたでそれを全軍に配備できるようにラインを作らなくてはならない。

(……なんとか、無事に終わってよかった……)

 ちゃんとした宝物があって、本当によかった。




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