174 出陣準備 その3


「忠誠とは!」

「忠実に任務を果たすこと!!」

「忠誠とは!」

「一心不乱に身体を張ること!!」

 わっしょいわっしょいとスコップ片手にドッグワンの犬族の部隊が除雪作業を行っていく。

 彼らにとって除雪は日課だ。彼らの行動には迷いがない。一心不乱に高速で雪をかき分けていく。

 そんな犬耳兵士たちの中にひときわ大きい犬族の青年がいる。ドッグワンだった。

「働け働けぃ! 鳥人どもに負けるなよ!」

 わんわんとそんなドッグワンに応じるように兵士たちもスコップを振っていた。

 そして先頭で鉄製スコップを振るうドッグワンに、犬耳の兵士が駆けてくる。先行していた兵士のようだった。

「標識確認! 破損なし!」

「よろしい! さらに先行し、次の標識を確認せよ!!」

 標識・・とはニャンタジーランドに作られた道の脇に等間隔に立ててある、赤く塗られた木の棒だ。

 雪中行軍して部隊全部が迷子になった、などそういうことが起きないように立てられている道標である。

「ユーリ様は神国より到着する戦車で除雪するなどと言っておるが、ここは我らが忠節を示すときよな!」


 ――バーディの活躍は、ドッグワンに微かな変化を与えていた。


 任務を率先して受けるようになったのだ。この犬族の青年は。

「ええ? あの鳥人の小娘め。我らが受けるはずだった任務をユーリ様から勝手に受けて大殊勲を上げたらしい!」

 許せん、ドッグワンは鉄製スコップを片手に、雪を掘り進めていく。そんな彼らの後ろには、ドッグワンに連れてこられた彼の氏族の犬人たちがモンスターが近寄らなくなる神国の固有技術である『聖道』を生産スキルで通していく。

 ちなみに、この道に関してはドッグワンの独断で決めたルートではない。

 もともとニャンタジーランドと旧茨城領域にあった国家『ハバキ連邦』は友好国ではあったので、貿易用の小さな道ぐらいはあった。

 また、以前よりユーリが細々と道の確認は行っていたし、鳥人部隊による地形偵察も以前に行われている。

「ゆえに! 我らはユーリ様のために征伐軍の道を作り、忠誠を示すのである!!」

 ワオーン、と忠犬部隊の面々が大声を上げる。

「とはいえ、休養も命じられておるからな。期日になったら作戦に参加する部隊は帰って休めよ! 残り半分は俺と一緒に道作りだ!」

 楽しげに獣人たちが声を上げていく。彼らにとっては雪の中でも運動は楽しいのだ。


 ――軽快に犬族は除雪を行っていく。


 その理由は、彼ら自身の身体能力が高いこともあるが、ユーリが以前から優先的に犬族に配備していた装備のためだ。

 理由は、除雪をしないと当たり前のように食料不足で滅ぶ村もあるためである。

 彼らが着ているもこもこ・・・・とした冬用装備には、『雪走り』『持久力Ⅲ』『移動力強化Ⅲ』『重武装移動Ⅲ』などの、重い装備を担いでいても、雪の上で当たり前のように走って動けるようになるスキルが付与されている。

 また彼らのスマホにはパッシブスキルである『腕力強化Ⅲ』『SP自動回復Ⅲ』『最大HP強化Ⅲ』『俊敏強化Ⅲ』などの肉体能力を上げるスキルも入っていた。


 ――そして極めつけは。


「よぉし! 全員気張れよ!!」

 ドッグワンが叫べば、全員が呼応し、一つの生き物のように部隊全員が動いていく。

 これが戦闘系十二剣獣たる『ドッグワン』の権能だ。

 配下獣人の身体能力を向上させる『群れの長』、統率力を向上させる『統一されし群れ』、犬族の統率人数に応じて軍全体の身体能力を向上させる『群犬』の効果。

 また十二剣獣が自動的に就くジョブ『大将軍』のパッシブスキルも発動している。

 配下のステータスを向上させる『リーダーⅢ』や『統率Ⅲ』など。

(ふん、小娘め。ユーリ様に褒めてもらおうなどと生意気な奴だ)

 俺の方がうまくやれる、という自負がドッグワンにはある。

 見よ、軍団が通るのに適したこの道を。

 この二ヶ月ほどずっとこの任務をしてきたせいか、ドッグワンの部隊は人が走るのと同じ速度での除雪を可能にしていた。

 魔法や生産スキルで除雪することも可能だが、それではSPがいくらあっても足りないのでドッグワンほど部隊の平均レベルが高いのならば、体力自慢の除雪の方が効率がよいのだ。

 そして、ドッグワンは鼻をすんすんと鳴らし、彼方を見る・・・・・

「一番隊! 二番隊! 三番隊! 殺人雪うさぎが群れで出たぞ! 今日の昼飯にする! 殺してこい!!」

 おう、と鉄製のスコップを片手に、犬族の三部隊三十名が雪原を駆け出していく。向かう先は獣人の気配に誘われ、近くの森から出てきた数十体のモンスターの群れだ。

 雪原では見にくい白色の毛皮のモンスター。レベルも20が平均と、フィールドモンスターでも強力な部類の、巨大な殺人雪うさぎたちだが、犬族の兵士たちは嬉々として常人離れした速度で向かっていった。


                ◇◆◇◆◇


「なに? どうしたのさ?」

 暖炉で薪が燃える、暖かい執務室での会議だ。

 地図を見下ろし今回の作戦を説明していれば、本日ニャンタジーランド教区入りした炎魔様が私に問いかけてきた。

 今日は他にも人がいる。炎魔様と一緒にやってきた、巨蟹宮キャンサー様だ(双児宮ジェミニ様は当たり前のようにいる)。

 ちなみに普段、巨蟹宮様はニャンタジーランド教区内の対くじら王国砦に籠もっているが、今日は旧茨城領域征伐に使う部隊を連れてきてくれたのだ。

 また、今日はかつて私の護衛を地下下水道ダンジョンでしてくれた巨蟹宮様の使徒のシザース様もいた。

 巨蟹宮様の部隊に対する指揮権を私は持っていないので、現地ではシザース様が神国兵千名の指揮をとるのだ。

 彼らはソファーに座り、テーブルの上に広げた地図を見ていた。

「どうしたのさ、とは?」

「なんかユーリくん機嫌いいじゃんって」

 炎魔様に問い返せば彼女はそのように返してくる。

 ふむ、私は地図の上に、報告のあったドッグワンの軍用道路や、バーディが行ったゴブリン生産拠点の破壊などの報告を書き記しながら思ったことを言う。

「ほんの少し、日程に余裕ができました」

 本来ならば軍が通る道は、炎魔様と共に本日到着した戦車にブルドーザーのような巨大ブレードをつけて、除雪をする予定だった。

 そして敵の食料兼雑兵であるゴブリンの退治などもここまで大規模なものは考えていなかった。可能だと思わなかったからだ。


 ――そして、ここまで大規模に敵の食料拠点を潰せたなら……。


「これなら兵糧攻めができますね」

「ユーリ様、兵糧攻めとは?」

 シザース様に問われ、私は敵軍について偵察した情報を語っていく。

「秋頃から敵の補給能力について偵察していましたが、彼らのところにはあまり食料の余裕がありません」

 偵察していたのは補給能力がわかれば敵軍の正確な人数がわかるからだ。

 いくら食べてどれだけ糞をするのかがわかれば城塞内の敵兵の数はわかる。

 オーガやゴブリンなどの食事量や糞の量の平均も双児宮様のルートから忙しい天蝎宮様に頼み込んで調べていただいた。

 感謝してもしきれないことだ。

 結果としてわかったことは、敵軍の人数と、敵の事情だ。

 シモウサ城塞のモンスターたちは強いし、気軽にポコポコ増えるが、あまり食料供給能力は高くない。


 ――増えすぎると食料供給の能力に合わせて、奴らは同族食いを行う。


 それは敵の弱点と言えよう。

 もっともそこはきちんと敵も考えているのか、旧茨城領域に存在する奴らの本領からときおり、シモウサ城塞の兵糧となるゴブリンやコボルドなどが運ばれてきていた。

 ただ、雪が深くなってからは輸送能力が不足しているのか、送られていない。

 それでも奴らが大丈夫だったのは冬に備えた備蓄の食料に加え、城塞の周囲にゴブリン女王を中心とした餌場を作っていたからだ。

 また細々と動物モンスターなどを狙って狩りもしているようだが、貴族層らしきオーガ種の趣味の範囲からは抜けていない。

 ちなみに、旧東京領域に出現する自衛隊ゾンビや殺人ドローンに関しては恐ろしいことに食料を必要としない。当たり前だがゾンビは死体だし、捕獲したドローンなどを調べたら電力で動いていたので奴らにも我々と同じように発電機のような設備があるんだろうな。

 もっとも代わりというわけではないが、殺人機械たちにはオーガやゴブリンのような生殖能力がないため、数を増やすのに専用の施設を建設する必要があるのだろう――いや、話を戻そう。

「数学スキル持ちに敵城塞の食料消費を計算させましたが、三月の頭にでもオーガどもは備蓄の食料を食い尽くします」

 こちらが確認していない食料もあるのだろうが、それを考えても奴らは近いうちに食料を食い尽くす。

 もっともそのためのゴブリン牧場だったんだろうが、それはうちのバーディが期待以上の働きをして、たくさん焼いてくれた。

 私の説明に一同がなるほど、と頷いた。

「オーガは窮すれば同族食いをするんだったね」

 巨蟹宮様の質問に私は頷く。

「はい、オーガ同士の勝負に負けた弱いオーガや若い個体が餌となる傾向にあるようです」

 だからレベルの高い個体は死なないし、繁殖用のメスなどは生き残る。

 また、こちらが敵の城塞を囲める期間も短い。奴らを全て餓死させるのは不可能だ。

「じゃあ攻めるのはあとの方がいいんじゃないの? 私、手加減できないからだいぶ焼いちゃうし」

 炎魔様の言葉に私は「いえ、焼けるだけ焼いてください」と返す。

 敵が減ればそれだけ食料はいらなくなるので同士討ちは期待できなくなるが、それはそれとして、だ。

「敵が苛立ったり怪我をすればそれだけ食料の消費も早くなるでしょう。あとはそういう状態の城塞の前に人の群れが現れたら、敵はこちらを餌と見なして、作戦に引っかかりやすくなるので」

 作戦? と首を傾げる彼らに対して、私は笑顔で言ってみせる。

「ああ、そこまで大したものではありません。せいぜい落とし穴程度のものです」

 そう言えば、炎魔様が嫌そうな顔で私を見て、嫌味かい、と言った。

 すみません。嫌味ではないです。


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