175 出陣準備 その4



 統治に際して下半身の問題を切り離すことはできない。

 女性君主である処女宮様と言えどそこは早々に諦めて受け入れた部分だった。

 だから私が使徒に任じられたときにはすでに神国内には公営の娼館があったし、クロ様統治下のニャンタジーランドにしても娼館は街にあったし、夫が戦死した未亡人などは生きていくために娼婦を生業にしていた。

 私とて私自身は利用したことがないが(九歳児だ)、軍のために娼婦を用意したことは何度もある。

 連合軍を撃退したあのときだって、連合軍の襲撃が確定するまでは防衛施設の作業現場に軍が契約している公娼たちが派遣されていた。

(他人の性の手配をする、というのは前世では経験があまりなかったが、これを疎かにするとまずいことになるんだよな……)

 処女宮様から公娼制度を設定しなかったときのデータを貰ったが、信仰ゲージや忠誠度に関しての上下幅の波が大きかったり、集中力の低下や軍内で男色が横行したそうだ。

 そもそもあまりやりたくない仕事だとあまり触れずに他人任せにした結果が、前回の情報流出だ。

 あれは地図の流出で、神国の地形を理解した帝国がさほど警戒せずに罠に掛かってくれたという効果を生んだが、それはそれとして情報が漏れたのは娼婦に関して門外漢の私があれこれと口を出すのはよくないな、と思ってしまったからだ。

 ただこうしてニャンタジーランド教区の全てを収める教導司祭となった今、これを人任せにするわけにはいかなかった。

 今回も長ければ一ヶ月ぐらいは旧茨城領域での滞在になるわけだから、公娼の手配は当然だが必要になる。

 何も対策せず、公務なのだから我慢しろ、などと言う奴は仕事だから残業を我慢しろという上司と大して変わりがない。

 私は上に立つものとして部下の下半身事情に関して努力しなければならない。

「……信頼のおける獣人で構成してくれ、と頼んだはずですが」

「信頼、というのがわからないにゃね」

 十二剣獣の猫族のシロ――猫耳の生えた子供のような姿の商人出身の十二剣獣だ(猫族の外見年齢は子供に近い)――は髭を撫でながら私にそんなことを言ってくる。

「娼婦の神官位の取得に関しては早くするようにお頼みしたはずです」

 命令書もある。取り出した紙を彼に見せれば、彼はにゃんにゃんと鳴いて私に怒ってくる。

「馬鹿を言わにゃいで欲しいにゃ! 頭の悪い獣人娼婦に文字を学ばせて、神官の位まで取らせるなんて無理な話にゃ!!」

「無理ではないでしょう。現に犬族の方たちは部族の大半が神官位を取得しました」

「シロたちは商売で忙しいにゃ! 犬族みたいに暇じゃないにゃ!」

「怒らないでください。今日までになんとかするとシロが言ったから私は待ったんですよ?」

「催促したにゃ! 待ってないにゃ!! あと怒ってないにゃ!!」

 にゃんにゃんと叫ぶシロだが、そこに怒りはない。怒っているふりをして、私を怒らせて口論に持ち込み、うやむやにしたいのだろう。

 猫族が使う小賢しい手だ。

 さて、どうしようかと私は悩む。無理を言っている自覚はある。

 わかるのだ。

 半年で神官位までは望みすぎだということぐらいは。犬族が忠実なだけでほとんどの獣人はそこまでやる気はない。

 ただ神官位の取得は最低条件だ。神官位をとれるぐらいにアマチカ教についての知識と、信仰ゲージがあれば、スパイだった場合でも逆にこちらから思想を操作して神国側に取り込むことができる。

 そうでないならスマホを取り上げた娼婦を……いや、娼婦にスパイが潜り込んでいた場合、兵士のスマホを利用してくじら王国や北方諸国連合と連絡をとられかねない。

 茨城領域征伐に関してはまだ情報を教区内には流していない。

 旧茨城領域の侵攻中に他国の横槍を入れられるのはまずいからだ。こちらは三千名しかいないのだ。くじら王国の精鋭騎兵部隊を百名ほど攻城中に入れられるだけで下手をすれば壊滅しかねない。

 猫族のシロはくじら王国側、というわけではないが、脇の甘いところがある。

 彼の部下は信用できるかもしれないが、その部下の部下、下手をすればただの商売相手である娼婦は信頼できるものではない。


 ――かといって、首をすげ替えるほど人材がいるわけでもない。


 インターフェースからシロの働きを確認する。優秀だ。脱税もしていない。金稼ぎの部分に置いては多少の粗があるものの、他の十二剣獣よりずっとずっと功績を上げている。

 額を揉む。やりたくないことをやらなければならないかもしれない。

「シロ。猫族の保護、という約束を忘れていますか?」

「忘れてにゃいにゃ。だからシロはいろいろやってやったにゃ」

 わかっている。シロは前シロのように首を吊るされたくないのか、きちんとやっている。

 多少の扱いにくさはあるが、その分の利益は出している。

 ほとんど成果の出ていなかったラビィと比べれば雲泥の差と言って良いぐらい。

(シロからは諦めるか……)

 ただ部下の立場から交渉を持ちかけてくるような真似はしてほしくなかったし、無理なら無理でもっと早く言ってほしかった。


 ――完璧を部下に強要するのはよくないことだ。


 完璧を強要して新人をやめさせてしまったブラック企業時代を思い出す。そう、優しく。優しくだ。優しくやろう。

 怒りをこらえ、私は代案を考える。

 シロができると言ったから待っていたので用意は何もしていない。

 代わりを神国から派遣してもらおうにも、神国の公娼は獣人の相手を嫌がるし、獣人も人間の娼婦を使いたくないだろう。

 それに今から頼んでも恐らく調達はできない。下手をすれば旧茨城領域が陥落してからの到着になる。

 そもそも代わりだなんだと神国にあれこれ頼んでいては神国の人間は私を無能と思うだろうし、何かあるたびに神国に頼めば、獣人は信頼されていないとへそを曲げるだろう。

 ああ、やりたくないことをやるしかないかもしれない。


 ――そう、解決する手段はわかっているのだ。


「時間がない……材料を持っていって、現地で、作る・・しかないですね」

「へ? 作る?」

「ああ、シロ。もう帰っていいです。ああ、やだな。やりたくないな……」

「にゃ? ユーリ様? あにょー、一応、神官位はなくても用意だけは」

「諜報が混じるから神官位の取得を急かしていたんですよ。何度も説明したと思いますが」

 でもぉ、と泣き顔で私に謝ってくるシロの頭を撫でて私は部屋から追い出した。

 シロは少年のように見えるが猫族の外見年齢は信用できないし、データの上で彼は私よりずっと大人なはずなんだが……ドッグワンもそうだが、獣人にはそういうところがある。

 はぁあああああ、と私は深くため息をついて、スマホでスライムの養殖場にしているダンジョン駐屯部隊に連絡を入れるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 旧茨城領域への出陣に際して、ニャンタジーランド教区の首都たる『ニャンタリゾート』では出陣式典の準備が進められている。

 出陣式典――くじら王国の横槍を気にしてか、国内には大規模な山賊の討伐、とだけ伝えられている旧茨城領域征伐の出陣式だ。


 ――兵の士気を上げるためにも、やらなければならないことである。


 町中は凍死しないように住居の整備を進めたせいか、外観が簡素なものの、きちんとした家が並んでいる。

 二日後の式典準備に向けて、小さな屋台の準備や、街路の頭上には貝や紙で作られた飾りなどが飾られていた。

 小さな子どもたちが雪だるまらしきものを作っている横を私は護衛の兵士数人と共に倉庫に向かっていく。

「スライム素材ぐらい取り寄せればいいのでは?」

「いえ、街の様子も見ておきたかったので……」

 護衛の神国人の兵士に聞かれながらも私は足を早めていく。

 今日だけは双児宮様には頭を下げて、執務室で待機して貰っている。だから授業扱いにはならない。

 だが、今からするものを女性に見られるのは、その、なんというか私のあれこれが困る。

(いや、そういうのを忌避するのは上に立つ者としてたぶん良くないと思うんだが……前世が大人だった人間として、少女の姿の双児宮様に見られるのはな……)

 理解があるかもしれないし、ないかもしれない。だが変に過剰反応されたり、察していただいたりするとそれはそれでなんだか気まずくなるので私としては見ないでほしかった。

 なので連れている護衛の兵士は中年の男性たちだ。

 アマチカ教は性風俗に関する記述がそこまで多くないのは助かっている。せいぜい野外でするなとかその程度だ。

「ユーリ様が、こんなことにまで駆け回らないといけないのはどうなんでしょう?」

「皆、できることをしていますし、こんなことでもないと思いますよ」

 上に立っているだけ、私としては楽をしている自覚がある。

 なので前世の私が下にいたころ上に対して抱いていた不満を、今私の下にいる人間が私に向かって抱いていないことを願うだけだ。

「大事なことです。下半身の事情を疎かにすると、当たり前ですが兵に恨まれますからね。兵士同士での強姦事件など起こされたくありませんし、下手な娼婦に任せれば情報が漏れやすくなります。私は嫌ですよ。モンスターを攻めていたら後ろから王国兵が襲ってくるなど」

 納得したような兵を横目に、私は空を見た。雪がちらほらと降ってくる。きゃっきゃと笑う獣人の子供の声が聞こえる。

(出陣式典まであと二日……になるが、仕方ない)

 まさか異世界に来て初めての大規模ホムンクルス作成作業が、性具作成になるとは思わなかったが……。

(……このときばかりは子供でよかったと思うよ……)

 転生者ゆえか、子供ゆえか、私にこの手の欲望はない。


 とはいえ、作成を見ていた兵に、スライム素材を材料に錬金術で作ったなまこ・・・の出来損ないみたいな、生きた性具ホムンクルスを見せて、商品になると言われても、私には苦笑いしかできなかったが。


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