169 神国首都アマチカにて その3


「おい、新人」

「だから新人じゃないっすよ! ツクシっす!!」

「神官位もとれてねぇケツの青いひよっこが何言ってんだ」

「そ、それは! 錬金術の勉強してたら……!!」

「錬金術も神官の資格もどっちもやんだよ。だからお前は新人だってな、がっはっは」

 兵長タラノメに連れられ、新人錬金術師であるツクシは『東京都地下下水ダンジョン』の内部通路・・・・を通っていた。

 二階層と三階層の間にある通路で、彼らの歩く通路の下が三階層のボス部屋になっている。

「……あの、大丈夫なんすかここって……」

 ツクシも二階層を十匹ほどのスライムを連れて歩き回ったことがある。

 隷属主の権限を軍から借り受け、スライムの取得経験値を流してもらうことでレベリングする神国式の高速レベリングだ。

 湧いたモンスターはスライムに殺させ、そのドロップアイテムやダンジョンに落ちているアイテムなどを拾うのがツクシの仕事でもあった。

 ツクシの質問に兵長タラノメがなんだ、という顔をする。

「大丈夫って何がだよ」

「いや、だって、この下ってボスモンスターがいるんすよね?」

 戦っているという感覚がなかったとはいえ、探索をしている二階層と違い、三階層はツクシにとって未知の場所だ。

 正直、怖いとは思わないが、何かあったらどうしよう、という気分だった。

 今日だってツクシは施設のメンテナンスをしろ、ぐらいしか説明を受けていない。

「大丈夫だって、下にモンスターはいねぇよ。この下の部屋はな、一日に一匹だけボスが湧くんだが早朝にとっくに討伐されてる。ドロップアイテムも回収済み。あとそもそも今回は下に降りねぇ」

「そうなんすか」

「そうなんすか、じゃねぇよ。気ぃ抜けた顔しやがって、連合軍を撃退しただろうが、もっと気合入れろやお前は」

「いや、あれだって俺、戦ったっていう感覚なくて」

 がっはっはと笑う兵長のあとについていくツクシ。

 今日、ここに来た宝瓶宮アクエリウスの部下の工作兵はタラノメとツクシの二人で、他は案内役兼、このダンジョンでの作業に従事している巨蟹宮キャンサーの部下の兵士たちだ。

 木箱に入れられたマジックターミナルを抱えてついてくる十人近い兵士たち。

 全員、ツクシよりずっと位の高い兵士たちだった。

(なんで、こんな荷物運びなんかやってんだこの人たち……)

 それは軍で時折見る光景の一つだ。

 軍では司祭位を持っている立派な人間が、ドブさらいのような仕事をしなければならないときがある。

 例えば、兵長タラノメも、兵をまとめる者として、司祭位を当たり前のように持っていた。

 神殿に所属すれば、こんな危険な場所で泥に塗れる必要もないのに、市井であれば、きっと多くの人に向かって説法するような立場だったはずだというのに。 

(まぁ、兵長は志願じゃなくて徴兵されたらしいけど……)

 歩いている兵から説明を受けている兵長の背後から周囲を見る。皆々が仕事のできる雰囲気を発している。

(いや、雰囲気だけじゃなくて実際にできるんだろうけどさ……)

 自分もこんなふうになれるのかな、なんて思いながらまだ少年を抜けきれていない十三歳のツクシは、彼らについていく。

 そして、通路から、広い空間へと出る。

 天井はそれほど低くないが、何かが床に大量に敷き詰められていた。

「到着だ! 全員、マジックターミナルの回収に掛かれ! 今日はCの6列からだ! 千本交換だぞ、急げ!!」

 ツクシを案内していた巨蟹宮の部隊の隊長が叫べば、箱を抱えたまま兵士が走っていく。

 彼らの走った先を見れば、よくよく見れば、敷き詰められているそれは、マジックターミナルのようだった。

 何かの器具に設置されたもののようで、はめ込み式になっているように見える。

 また、その発射口は、三階層のボス部屋に向けられていた。

 疑問に思っていれば部下に指示を出していた隊長が説明をしてくれる。

「この下のボスはドラゴンだが、そのドラゴンが出現した瞬間に、三千本のマジックターミナルがドラゴンを即座に殺す。何もさせないようにな。実際にガチでやるとなると兵士が何人いても勝てねぇのがボス部屋だ。三階層のボス部屋は、壁の裏側からボス部屋を調査し、ここ以外に三部屋見つけたが……制圧するのにそれこそ千体以上のスライムが死んだ。おい、タラノメ、こっちだ」

 巨蟹宮の部隊の隊長がツクシに説明しつつ、兵長タラノメと一緒に歩いていく。

 電灯の張り巡らされたボス部屋の天井裏を歩き回りながらツクシは、あれは? と奇妙なものを見つけて、隊長に問いかけた。

 天井裏にいくつか、場違いな巨大な箱があるのが見えたからだ。

 厳重に封のされているそれを見て、危険なものではないかとツクシは少し緊張する。

「あの箱か? ボスの経験値で最強の雷系統のスライムを育ててるんだ。ただ、経験値はマジックターミナルとも等分してるからな。出荷にはボスの経験値でも一年近くかかる。新兵、お前がここの作業に関わるなら、いずれあれの調整に関わるだろうが、あれを絶対に開けるんじゃねぇぞ」

「……はぁ……」

「危険だからじゃねぇぞ。ダメになっちまうからだ。三次進化から外の光を一切浴びせずに育てると隠密に特化する影系統のスキルに目覚める。それが無駄になっちまうんだ」

「影系統っすか……あれ? 飯とかどうするんすか? 真っ暗にするとか? 箱の隙間から差し入れるとか?」

「馬鹿、それじゃ光が入っちまうだろう。三次進化までに雷吸収系のスキルを目覚めさせて、中に入れたコードから電気を食わせてる・・・・・。お前もメンテナンスするだろうから説明するが、ここは上の都市からわざわざ電線引っ張ってきてんだよ」


 ――電気、つまり発電機だ。


 ツクシは知らないが、発電機がこのアマチカには存在する。いや、全人間国家に存在している。

 それはツリー系の技術の中でも特殊な、最初から解放されている技術レシピで生産できる施設だった。

 水源がなくとも水を生み出す『給水ポンプ』と同じく、設置することで無から電気を生み出す装置でもある。

 ただし都市一つに対しての設置数は限られているので、都市の拡張規模はこの発電機の性能に比例すると言ってもいい(スマホの充電はこれから生み出される特殊な電気のようなもの・・・・・・・・を利用する)。

「それよりこっちだ。タラノメ、慎重に頼むぞ。まずはボス部屋周りの壁のチェックだ。おい、新人! マジックターミナルの魔法で脆くなってる場所もあるからな。壁が崩れても絶対に顔を出すなよ。見られただけで頭をえぐってくる化け物が徘徊してやがるからな。こっちに侵入された場合、てめぇの身体を餌にしてそのまま壁を封じるから、慎重にやれよ!」

「おいおい、そんな脅してやるな。おい、ツクシ。わかってんだろうが、ここは他所様の場所だからな。お行儀よくやろうぜ」

 肩を叩かれ、緊張をほぐされたツクシは、自分が随分と責任のある仕事を任されるようになったものだと思いながら気合を入れた。

(これが終わったら、神官位の取得の勉強をして……)

 今のツクシの職業ジョブは兵士だ。だから神官の資格をとって神官になって、そのまま司祭を目指すのだ。

 司祭になれば自分も新人扱いされなくなるのだろうかと考えながら、兵長たちのあとをついていくのだった。


                ◇◆◇◆◇


 ――旧茨城領域にて。


 雪原に兵士が隠れていた。

 神国が特別に育成したレベル60の偵察兵が二名。

 『耐寒』と『耐雪』の兵士服を来た男二人が、雪に紛れるような白色の布を被っている。

 彼らはモンスターたちが増築を続ける城を、雪原の中から偵察しているのだった。

「新種がいたぞ。なんだありゃ?」

「方向は?」

「十時の方角。オーガどもの間にいる小さい奴」

「よく見えたな」

「毎日毎日似たようなモンスター見てりゃ違うもんぐらいわかるようになるだろ」

 兵士の一人が小声で軽口を叩きながら、特殊なレンズを望遠鏡に追加で嵌めていく。

 そのレンズは『鑑定強化』に加え『看破』などのスキルがついた、神国でも数少ない貴重品だ(貴重なのは、鑑定スキルを付与する宝石素材の入手率が低いためである)。

「……レベル60、鬼眼将軍ヒデヤス、ユニーク個体、所持スキルは――」

「バケモンじゃねぇか。あれと戦うのか、俺らの祖国は」

「ああ、畜生。途中で弾かれた・・・・。鑑定スキル持ち連れてこいよ。こんなもんじゃろくに情報が取れねぇよ」

 望遠鏡を片手に兵士が愚痴を吐く。

「仕方ねぇだろ。隠蔽スキルのねぇ鑑定持ちなんか連れてきてみろ。即発見されてひき肉だぜ」

 二人にしても一年近く地下下水ダンジョンで孤独に訓練を積まされてきたSSRの偵察系スキル持ちだ。

 レベルは60とこの領域では低いが並大抵の看破スキルを弾くほどに熟練度は高い。


 だが――。


「おい、バレたぞ。逃げろ逃げろ」

 遠くから二人を発見した白狼に乗った鬼のモンスターが駆けてくる。

「嘘だろ!? この距離でバレんのか! ホール作れ! ホール!!」

「おら、作ったぞ逃げろ逃げろ」

 耐雪があるのか、白狼の速度は速い。しかし二人はすでに逃走準備に入っている。

 彼らは石のようなアイテムを取り出すとその場で砕いた。


 ――黒色の穴が空中に出現する。


 それは予め設定した異空間につながるホールを作成するアイテムだ。

 アイテムにより逃走路を作成した二人は穴に入り込み、そのまま彼らの隊が待機している地下地点へと瞬間移動・・・・した。


また・・見つかったのか」


 二人が出現したことを知った偵察部隊の拠点では、転移用の穴から出現した二人に対し、隊長らしき男が険しい顔をしていた。

「場所を変えても見つかってるんで、かなり敵の警戒が密になってます。あ、これ、今回発見した敵の新種データです」

 メモを渡され、隊長は苦い顔をした。

「……転移アイテムも数が減ってきたな……」

 もともとこのアイテムは、炎魔の部隊の幹部が持っていたものを回収したもので、神国ではレシピを手に入れても素材が手に入らず、作れないものだった。

 この作戦のためにわざわざ偵察部隊に持たされた、数の少ない貴重なものなのである。

 ちなみに連合軍が殺人機械を包囲したときに使用されなかったのは、炎魔たちが部下を見捨てられなかったのではなく、近場に転移地点を設定していなかったためだ(また、この手の転移アイテムには通常、距離の制限がある)。

 隊長はしばらく黙っていたが、よし、と頷くと土でできた壁に張られた地図を叩く。

「さすがにこれ以上の偵察は難しいだろうから、明日は軍の移動予定地点の再確認を行おう。そろそろ本国でも先遣部隊が送られてくるらしいからな」


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