136 二ヶ国防衛戦 その7
「さて、こんなものか……」
普段使わない規模の魔法を使ったので少しだけ疲労したのだ。
マジックターミナルと違って、スキルと技術ツリーのボーナスを受けられる戦略魔法は効果は高いが、数値に表れない疲労もその分発生する。
詠唱も長く、規模が大きいのでSPを多く使うからだ。
ユーリによる『集中法』の普及によって、SPを使う魔法の成功率も上がったが、やはり対象の抵抗力を
(今回は問題なくかかったがのう……)
――磨羯宮が放った魔法名は『
破壊効果は一切ない、移動力が低下するだけの
本来ならば魔法使いに接近してくる敵の足を低下させる程度のもので、単体の効果はそうたいしたことはない魔法でもある。
――相手が
その移動力減少魔法を、神国の射程内にいて、炎の玉の雨の渦中にいる歩兵部隊と騎兵部隊に磨羯宮率いる魔法部隊は掛けたのだ。
彼ら魔法部隊の前にある馬防柵を越えた、緩やかな丘の下の平野で、くじら王国騎兵部隊二千と歩兵部隊四千。それが炎の玉の雨の中で見る見るうちに姿を失っていく。
一部は火炎無効を持つことで炎の玉の中でも問題なく活動している擬態スライムの餌となっている。
そして敵兵の多くは、炎の雨と、スライムたちに襲われる中で、自分たちの足が遅くなっていることにも気づけていない。
いや、足が遅いことはわかっているだろう。だが、それが魔法のせいだと理解していない。
それも当然だ。磨羯宮たちは軍用装備である『大魔法の杖』の内部に仕込んだマジックターミナルを構えて炎の玉も同時に発射していた。
だからくじら王国軍は神国が攻撃魔法しか使っていないと思い込んでしまう。
――まさか別の魔法を使っていたなどとは夢にも思わないだろう。
ちなみに、マジックターミナルは携行装備にして隷属させた
なので磨羯宮たちがわざわざ撃たなくても、馬防柵にくくりつけておけば、勝手に魔法を放つこともできる。
それでもわざわざ神国軍が手で構えて撃っているのは、スマホ魔法やスキル魔法と敵に
「少しもったいないのぅ。王国製の魔法耐性装備には興味があったが、あれでは無事に残るかどうか」
丘の下では悲鳴と爆音、断末魔の叫びと凄惨な光景が広がっているが、磨羯宮に動揺はない。
下手をすれば神国の仲間があの神敵の馬蹄で轢き殺されていたかもしれないのだ。
だから磨羯宮の心の内には、征服欲の高い王国を殴れて、いい気味だという気分すらある。
「しかし
見下ろす磨羯宮の視線の先では、さすが王国精兵と言わんばかりに、この炎の嵐の中でも、物理耐性を失ったスライムに鋼鉄の剣で切りかかってなんとか倒している少数の王国兵の姿が見える。
だがそんな勇士たちも、移動力減少による回避力の低下と空から連続して降り注ぐ炎の玉によって見る見るうちに数を減らしていく。
そんな王国の兵の姿を見て、磨羯宮はスライムもマジックターミナルもない場合を考え、背筋が寒くなる思いがした。
相手の人数がもう少し多ければ、こんな奇策、軽々と奴らは踏み潰してきただろう。
(王国軍が二万来ていれば、一万はスライムとマジックターミナルで潰せても、残り一万で我らも相応に消耗しただろう)
人数が多ければ多少の時間を掛けてでも、丘の背後から騎兵を回してきたはずだ。
その対応で、炎の玉の密度は減少し、神国はおそらく騎兵の突破を許しただろう。
とはいえ、それをさせなかったのがここまでの政治行動だ。
兵を活動させるのにも相応の食料や装備が必要になる。
北方諸国連合との戦いを控えていただろう敵国の
ゆえに、神国がニャンタジーランドを完全に落として置かなかったことがここで効いている。
ニャンタジーランドとそれを
(政治工作も重要だのう)
「磨羯宮様! 敵本陣の武烈クロマグロ、動きません!!」
「ふむ、
魔法兵がスピーカーにしたスマホを掲げ、磨羯宮と巨蟹宮を繋ぐのだった。
◇◆◇◆◇
くじら王国のニャンタジーランド遠征軍総大将たる武烈クロマグロは拳を強く握っていた。
「……せめて、儂が出ていれば……」
緒戦である神国軍を撃破し、士気を上げるために部下に花を持たせるなどと考えず……本陣など置かずに全戦力であの丘を落としていれば……歯ぎしりをする。
悔しさが心の底から湧いてくる。
鯨波王から預かった一万の兵のうち、七千を何もせずに失った。
あのスライムがいる場の兵は全滅した。生き残りなどいない。地霊十二球が与える権能『戦場俯瞰』に生き残りは表示されていない。ペガサスナイト部隊千も、
「ぐ……ぐぐぐ……ぐぐぐぐぐ……」
傍らでは忠実な侍従が気遣わしげな表情でクロマグロを見ている。
「我らは野戦ではなく、砦を攻めるつもりで挑むべきであった」
「……はい」
クロマグロのただ吐き出すような後悔に、侍従が頷きを返した。
「本国より応援を呼び、塹壕を掘り、奴らの策を一つひとつ丹念に潰すべきであった」
「……はい」
「スライムを、ぐぐぐ……スライムを、殺せ」
「それは……不可能です」
クロマグロの振り上げた拳が地図を広げていた分厚い木製テーブルを叩き割った。
「があああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
巨大戦車の上でクロマグロが暴れる。机を壊し、椅子を壊し、戦車の床や壁に穴を開ける。
まるで嵐のような怒りの発露に、忠実な侍従はそれでもその場に立っていた。時折飛んでくる木の破片で顔や腕を怪我しながらもその場に立ち続ける。それが使命だと言わんばかりに。
「はぁ……はぁ……はぁ……す、スライムに、我が忠実な兵が、鯨波王の、王国の兵が食われておるのだぞ。もはや命がないとはいえ、その遺骸を、辱めることなど許されん」
「ですが遺骸の回収には兵が足りません。それにあの場は神国が設定した
「全軍が、ペガサスナイトであれば……!!」
意味のない呟きをクロマグロが吐くに至って、クロマグロの初陣から付き従ってきた壮年の侍従は、厳しい顔をしながら懇願するように願う。
「クロマグロ様……そろそろ決断を」
「……このまま俺が帰ったらどうなる……鯨波王になんと言えばいい? 神国人の一人も殺せず、おめおめと逃げ帰ってきたなど……」
「
侍従が強く指差す丘陵地帯をクロマグロは熱くなった頭で注視した。
――
「敵陣より敵兵が三千ほど消えています! あのスライムどもも我が本陣に向けて移動を始めました!!
クロマグロはインターフェースに目を走らせる。周囲に配置した、少数の偵察部隊がいつのまにか潰されていた。
炎の玉が放たれて、クロマグロの目が神国に注目していた瞬間か?
だが神国の兵が平地でここまで素早く、音も立てずに騎兵部隊を始末できるわけがない。
できるとするなら、ニャンタジーランドの精兵獣人部隊だろう。あれらは獣人のくせに『肉食獣』や『獣特攻』などの特攻パッシブスキルを持つ、馬を殺すのに最適だ。
――ここで獣人を使うのか……。
だが周囲は索敵した。十分に偵察した。神国の射程内で索敵不能だったスライムとはわけが違う。どうやった?
巨蟹宮の、軍師スキルか? だが、神国の幹部は度重なる死亡で経験値減少のデメリットによるレベルダウンの影響が……せいぜい20か30程度の、そんなものでレベル40の我が軍の偵察スキルを防げるわけが……ぐ、ぐぅぅ、先年の、軍師アンコウの報告では、そもそも奴らのレベルは20前後と……神国も襲えず、大規模襲撃に参加できず、レベルが低いままのアヤツの顔は見もの……そう、ではない。そうではない。そうではない!!
育てていない、使えない無能な兵を
大規模襲撃で神国が滅んでいたなら占領しておけと送り出したあれが無事に帰ってきたときからおかしかったのか?
「どうなってる……あいつらのレベルは、いくつだ?」
「は? あ、いえ、し、失礼しました。か、鑑定スキルによれば平均40と?」
「40!?」
不思議そうな顔をする侍従の顔。まさか敵のレベルを確認していなかった、とでも言わんばかりの顔に、クロマグロは顔を背けた。
よくよく見れば、大量の情報が記されている『戦場俯瞰』には鑑定で判明した神国のレベルが表示されている。
モンスター相手の討伐ならばけして見落とさないその情報をなぜ今回は見落としてしまったのか。
(戦場俯瞰は! 情報が多いのだ……今日の気温から兵一人一人のHPやSP、敵の武具の質まで表示されるのだぞ……)
事前に仕入れていた軍師アンコウの報告から敵のレベルは推定できていた。
だいたいレベルがなんだというのか。そもそもレベルが互角であるなら、軍事技術を進めている我々の方が、強いはずだ。
数だって負けてはいない……いや、スライムが四千もいれば……奴らは二倍の戦力を……違う。そうじゃない。
戦術が、戦術で奴らは上回っていた……だが精鋭であれば奴らの小癪な策など破れたはずだ。
ならば俺が無能だというのか。俺が無能だから負けたのか? まさかまさかまさかそんなはずがないありえない。
大将軍だぞ。くじら王国が有する四人の大将軍の一人だぞ。
あらゆるモンスターどもを鋼鉄の槍で突き貫いてきた武人だぞ。
鯨波がクロマグロを叱責する姿が頭に浮かぶ。これでは、一兵卒からやり直せと言われてしまう。
――そもそもクロマグロの敗因は
目の前の神国に最初から全力ではなかった。容易に勝てる相手だと思っていた。追い詰められているのは奴らだという狩る者の気持ちでいた。
神国側が有する、地形の有利を無視していた。
そして彼は、強い敗北の衝撃で、
――歩兵がいなければ、ニャンタジーランドの占領はできない。
歩兵を四千も失ったのだ。たった千名の歩兵で、この戦いを乗り切って、この
クロマグロがしなければならないのは、負けを認め、撤退することだった。
だがゆっくりとクロマグロは背後を見て、撤退すら難しいことを知る。
「……後ろを塞ぐか……生きて返さぬつもりか……」
背後を見れば人馬宮の部隊三千が、退路に布陣していた。
「ふ、ふふふ」
「クロマグロ様?」
「
だがクロマグロがそんなことを呟くうちに、スライムが波のように迫り、さらには丘から駆け下りてくる獅子宮の部隊も見えてくる。
磨羯宮や巨蟹宮もスマホらしきものを構えて、本陣を狙い打てる位置へと移動しようとしていた。
「くく、くくくくくく……!」
「クロマグロ様、し、指示を……!!」
どの部隊も動けない。囲まれようとしていて、だが王国兵たちは一度に殲滅されないように、集まるしかない。
「槍を、持ってこい」
侍従が恐る恐る、クロマグロ用の巨大な鋼鉄長槍を持ってくる。
その間にも包囲は縮んでいく。三千の兵を六千の神国兵といくらか数を減らしたものの三千以上はいるスライムたちが囲んでいく。
不安げな王国兵たちもクロマグロが槍を掴み、立ち上がったのを見て決死の表情を浮かべていく。
「俺が! この武烈クロマグロが!! 神国兵の一人も殺せず負けるわけにはいかん! 我が愛馬を呼べぃ!!」
戦車の上から叫ぶクロマグロ。おお、と彼の武勇を信奉する周囲の兵たちが大きく叫んだ。
「槍を持たずに、このような戦車の上にいるから頭も鈍るのだ! このクロマグロの武勇は馬上において磨いてきたもの! 王国の勇士たちよ! 気焔をあげよ! 背後の囲みを突破し! 王国に帰還するぞ! おお! おおおおおおお!!」
だが、そんな王国兵に向けて、神国より声が届く。
――武器を捨て降伏せよ、と。命まではとらない。
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