132 二ヶ国防衛戦 その3
ニャンタジーランドの主要な街を外れた地。そこに作られた細い道を走る兵の集団がある。
ニャンタジーランドの君主であるクロによって救援要請を受けた、という名分で旧千葉の地を進軍する神国の軍だ。
一万の兵が(巨蟹宮とその使徒の兵二千はニャンタジーランド首都より決戦の地に向かう)予定している戦場へと
兵の輸送にワニ車などは使われていない(物資はワニ車で運ばれる)。
極端に重い荷物を持ったりしない場合は、神国の兵は自力で走ったほうが
それは神国の人間が軍事技術ツリーで獲得している特性である『健脚』の効果だ。
数ヶ月前まで人力車などが普及していたのも、この特性を利用したものであった。
「なぁ、
兵に囲まれたワニ車の客車に座った
兵に走らせて、休んでいるわけではなく、彼らはこのあとの補給や部隊の配置について話していた。
その
「どこまで、とは?」
「
「ここまで、とはどういう意味かの?」
「だから、ワニ車だの、それとこの道もだ」
磨羯宮はワニ車の窓から外を見た。磨羯宮の権能には獅子宮の持つ権能『戦場俯瞰』のような探索済みマップをインターフェースに表示する機能はない。地図と自分の目で確認するしかない。
彼らはニャンタジーランド首都や村、街などに立ち寄らず、そのまま戦場予定地へと向かっている。
――獣人が信用できないからだ。
そんな彼らに神国の兵の移動を王国に伝えられて警戒されたくなかったからだ。
ゆえに、ニャンタジーランドの国民が使っている通常の国道は使っていない。彼らが使っているのは獅子宮がニャンタジーランド内で山賊討伐の際に開拓したルートであり、また港の改修や船の建造のために切り出した
ゆえに時折、木こりの獣人の姿も見えるが、兵が大規模な山賊討伐だと言えば気にせずに、むしろ頭を下げて彼らは神国の軍を見送っていく。
「この先によ、木材の備蓄所があんだよ。途中でそれを兵に担がせて持っていく。巨蟹宮が言うにはそれを王国の騎兵を防ぐ馬防柵に使うんだそうだ」
「これはユーリが
「どうだかな。だが、どう思う? 磨羯宮はあのガキと親しいんだろう?」
筋肉の鎧を纏った青年といった姿の獅子宮の態度はまさしく攻撃的だが、そこに敵意と殺意というものが見当たらないことを確認した磨羯宮はゆっくりと自身の考えを述べる。
「ユーリは興味深い子供だが……拙僧には彼は疲れているように見えたよ」
「疲れている?」
「神国の未来を憂いておる。休みを与えるだの生活の向上だのと国民のこともな。拙僧は心優しい少年だと思ったが、君にはそうは見えないのかね?」
「そういうときもないとは言わねぇが……じゃあ
「どちらでも良いと思うがね。拙僧はあまり興味はない。というかだな獅子宮」
「ああ? なんだよ」
「あまりユーリを
「いじめてって、てめぇ、あれがそんなタマに見えてんのか」
うつむく磨羯宮。その口から絞り出すように声が漏れてくる。
「今度のこともやりすぎじゃ。今までの功績を無視して、帝国との最前線に送るなどと……」
「それはあのガキがやるって、てめぇもユーリから直接聞かされて納得しただろうが……って、なんだよ、磨羯宮。怒ってんのか?」
僧侶らしい僧侶の姿をした禿頭の男、磨羯宮が暗い目をしていたからだ。
十二天座で唯一戦闘系のSSRスキル『賢者』を持つ者が磨羯宮だ。
獅子宮のように頻繁に死んでいるわけではないこの男は経験値減少のペナルティをほとんど受けていない。
ゆえに磨羯宮は十二天座で最もレベルの高いレベル60へと到達し、またスキル熟練度も高く80を超えていた。
獅子宮よりもよっぽど戦争向きの人材。たった一人で戦局を変えかねない男だ。
――その磨羯宮が怒っていた。
「既に連絡が来ておるからお主も知っておろう。七龍帝国とエチゼン魔法王国の連合軍三万がユーリが守将を務める防衛拠点に向かっておる」
「……そら、知ってるが……」
「神国アマチカが滅ぶかもしれん一大事ぞ。それを千にも満たぬ兵で撃退すると言っておる勇士を獅子宮、お主は疑うのか?」
磨羯宮の怒りでピリピリと空気が震えている。獅子宮はバツの悪そうな顔をした。
怒られたからではない。獅子宮は、その点は
「わかってる。俺らが王国と戦うのに全軍を動かせるのはあのガキがいるからだってのはな。それに、俺だって使徒どものように政治遊びがしてぇわけじゃねぇさ。だが……だが……」
こうして動く段になって、ユーリがしてきたことを見せられる。
簡単なことをしていたはずが、もっと大きなものの一つをやっていたことに気付かされる。
「なぁおい、磨羯宮。あのガキには何が見えてる?」
「拙僧には全てはわからぬ。だが
「だったら、なぜ俺たちにそれを相談しねぇんだ。そんなに俺らは頼りねぇってのか?」
磨羯宮は沈黙した。ユーリという少年に関しては磨羯宮もまた思うところはあった。
「わからぬがユーリにも目的はある。切望しているものはある」
ほう、と獅子宮が興味深そうな顔をした。
「なんだよ、あのガキにも人並みの欲があるのか。なんだ? 教えろよ」
不機嫌そうな顔から一転して興味津々に磨羯宮に問いかけてくる獅子宮の姿に、磨羯宮は先程までの怒りを鎮め、難しそうな顔をした。
「あ? なんだよその顔は」
「ユーリの望むものは、技術ツリーの深奥にある。拙僧にも未知の領域の技術だがの」
「ツリーか。ふん、あのガキは錬金術ができるからな。噂のホムンクルスってやつか?」
ホムンクルスは宝瓶宮が一時期錬金術の奥義だと自慢していた時期があるので獅子宮も知っている。
聞きかじった知識を披露する獅子宮に向かってゆっくりと磨羯宮は首を横に振った。
「
エナジードリンク、と獅子宮は繰り返した。
「そいつを飲めば不老不死でも手に入るってのか? ああ、いや、それなら宝瓶宮になればいい話か」
「エナドリは眠気を取り払い、疲労を消し去り、気力を充実させ、仕事の能率を十倍以上にするらしい……」
「なんだ、そりゃ? そんなもんが欲しいのか?」
馬鹿らしい、という顔をする獅子宮に磨羯宮は「わからぬが、焦がれておるようじゃった」と言う。
「いや……つーか、あいつの資産なら、同じことはできるんじゃないのか?」
人を雇うなりでなんとかできそうなものなのにそんなものがどうして欲しいのか獅子宮にはわからなかった。
◇◆◇◆◇
「罠はなし、か」
「はい。周辺偵察完了しましたが、王国軍が隠れている様子もありません」
神国軍より、自身の部隊を率い、先行していた
王国軍に先んじてここを確保できた利は大きい。これで地の利はとれただろう。
人馬宮にとって、人間相手の戦争は初めてだった。
位置エネルギーを利用できる高所を取ることが強いのは殺人機械との戦いで嫌というほど知っているが、その常識がどこまで通じるのかはわからない。
「しかしオイラァ、なんで他国に来てまでこんなことしてるんだろうなぁ」
戦争。戦争か、と人馬宮は周囲の偵察や
ここは何か巨大なものが這いずったかのように何もない巨大な平野だ。
かつては人家もあったのだろうか? しかし山賊が瓦礫を持ち去ったのか、そういった痕跡は見えない。
微かに背の低い草が生い茂る平野。
ここにはニャンタジーランドからくじら王国へ続く道があるのみだ。
「ここを力いっぱいなんにも考えずに駆け回ったら楽しいだろうなぁ」
周囲の兵は人馬宮がする難しい表情に何も言えない。
彼ら人馬宮の兵も同じ気持ちだ。
女神アマチカの敵たるくじら王国と戦うのはいいが、どうしてニャンタジーランドのために、という気持ちは当然あった。
「わかってるさ。これが巡り巡って神国のためになるってのはよ……だがどうしてもっと穏やかな……」
人間の生存を許さない殺人機械と戦うのはわかる。だがどうして……なぜ人間同士で殺し合う必要があるのか。
なぜ自分の部下がそれを行わなければならないのか。
――くじら王国が向かってくる限り、戦闘は避けられない。
一万を越える神国の軍をくじら王国は無視できないからだ。
無視してニャンタジーランドを攻め、背後から襲われれば壊滅を免れないからだ。
――決戦は必ず行われる。
女神アマチカへ祈るための聖印を人馬宮を強く握った。幸運を、と祈る。
「くよくよしてる場合じゃねぇか……周囲の探索、綿密にな。王国人や獣人が潜んでないか、
予め巨蟹宮が用意している溝は大人がひそめるようなものではないが、子供や小型の獣人ならば不可能ではない。
兵が了解と返すのを横目に、人馬宮は、どうして平和にならないのかねぇ、と億劫そうに呟いていた。
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