121 八歳 その14


「おい新人、お前そっち持て」

「新人じゃないっすよ。ツクシっす」

「うるせぇなー。尻の毛も生え揃ってねぇ新人だろうが。ほら、早くしろ」

 む、とした顔でレアスキル『錬金術』を持った宝瓶宮アクエリウス配下の兵士であるツクシは上官である兵長の言葉に従って瓦礫を持ち上げた。

 このクソ重い瓦礫をワニ車に載せて別の場所に運ぶのだ。

 どうしてこんな無駄なことをするのかツクシにはよくわからない。

 瓦礫などを片付けるにしてもスキルを使って塵に返せばいいし(失敗を利用する新しい・・・錬金術である。学舎で習った)、やたらと路地を塞いで何になるのだろうか?

(ちぇ、『錬金術』持ちは宝瓶宮様の部隊でも重用されるって聞いたんだけどな)

 宝瓶宮配下といってもツクシは今年学舎を出たばかりの新兵だ。

 総勢三千名いる宝瓶宮の部隊の下っ端も下っ端で、宝瓶宮自身から声を掛けられたのは入隊のときの一度きり。

 宝瓶宮様の研究室に行けたならこんな意味のわからない力仕事ではなく、国のためになる大きな仕事ができただろうにと、瓦礫を移動させながらツクシは憂鬱に顔を染める。

 心中は不満で一杯である。宝瓶宮様の部下になって自分の実力で出世ができると思ったら、こんな帝国と一番近い瓦礫の街の改造工事だ。

 ここを防衛拠点にすると聞いたが、こんなことでできるのだろうかとツクシは疑っている。

「ユーリ様が来たらしいが……本当にすごいなあの方は」

「ああ、あの方が来てから一週間もしねぇうちにベッドは新品、食事は改善。加えて休みまで貰っちまったぜ?」

 兵長たちが新しい上司の話をしながら瓦礫を移動させているのを見つつ、ツクシは新しい上司の姿を思い出す。

 何をしているのかわからないが、時折現場を歩いて回っている子供の上司だ。


 ――神国の巫女姫である処女宮様の使徒だ。


 神童ユーリという噂は聞いているが、学舎から出たばかりの子供に何ができるというのだろう。

 自分がこうして瓦礫仕事をしているのにいい気なもんだぜ、とツクシはワニ車に瓦礫を運び――声を掛けられた。

「どうですか? 調子は?」

「うわぁッ!? ゆ、ユーリ様!?」

 ツクシの足元に、先程まで考えていた少年がいる。

 純白の使徒服に身を包んだ少年、ユーリだ。彼はひょいっとワニ車の中を覗きつつ、周囲の様子を確かめている。

(お、俺たちがサボってないか見張りに来たのか?)

 なんて生意気なガキだとツクシが思っていれば、ツクシの叫びに反応した兵長たちがぞろぞろと集まってくる。

「ユーリ様! どうなさったんですか?」

「作業の進捗を確認に来ました。先週よりもペースが上がってますね。無理はしてませんか?」

 してるよ! 兵長にどやされていやいややってるよ! とツクシが内心で思っていれば兵長たちは全然平気です、と朗らかな顔で答えていく。

 そこは無理してると答えてほしい、とツクシは懇願するように祈った。口では言わないけれど。

「全然です! ユーリ様が兵舎の布団を新しくしてくれたり、風呂を増やしてくださったんで、もう全然元気ですぜ!!」

 筋肉ムキムキで自分をどやしてばかりの兵長が子供に向かってペコペコする姿がツクシにはなんとも信じられない。

 しかしユーリは周囲を見渡しながら「不便などはありませんか? 少し作業を見ていっても大丈夫ですか?」としきりに聞いてくる。

(そんなに俺たちが信用ならないのかよ)

 何が神童だ。何が天才だよ、とツクシが思っていれば兵長の一人が「椅子を用意させますが」と進言するも「いえ、あちこち見せていただくので」とユーリは断って立ったままだ。

(何を考えてるんだあいつ……)

 同じ錬金術使いなら錬金術でも使ってみろよ、使徒なんだろ、とツクシは思いつつも兵長に指示され瓦礫を持ち上げていく。

「ぐ……重い……」

 鉄筋混じりのコンクリートを全身の力で持ち上げる。

 一メートル近い鉄の棒が混じったそれは、あらかじめコンクリート片をある程度砕いているが、やはり持ち上げるのは辛い。

 ツクシはここに来る前に資源ダンジョンでレベルアップを行ってきたが、戦闘職でもないツクシにとっては重労働だ。

「レベルが上がっても重いですか?」

「は……はい!」

 ユーリが傍で聞いてくる。危ないだろうと思うも、全身の力でワニ車の荷台に瓦礫を載せる。ずしんとワニ車の荷台が沈むも「二トンまで大丈夫」という謎のお墨付きを貰っている。

 二トンとは一体……とツクシは思うも兵長たちは理解しているらしく、ある程度瓦礫を載せるとワニ車を移動させ、荷台が空のワニ車と交換する。

「作業道具は問題なさそうですね」

「はぁ、はい……」

 スコップだの台車だのツルハシだのロープだのと様々な道具がここにはある。細かい瓦礫を運ぶときはそれも活用している。

 使徒ユーリは一つひとつ道具を丁寧に確認すると「もう少しでスキルを使う段階に入ります」とツクシに向けて言ってくる。

「それまで力仕事で辛いと思いますが、よろしくおねがいします」

 子供とはいえ、雲の上のような使徒様に言われてしまい、ツクシは困惑しながら「はい」と頷くのだった。


                ◇◆◇◆◇


「ばっか、お前。減衰を知らねぇのかよ」

 食事時にスキルをどうして使わないのかを聞くと兵長に呆れたように叱られてしまった。

 ユーリが来てから夕食に一杯だけ冷えたビールがつくようになったために夕食時の兵長は機嫌がいい。

「……減衰、すか?」

「そうだよ。スキル使って瓦礫一つ消すのは簡単だ。そのまま塵にしちまってもいいし、素材に変えちまってもいい。だが俺らの使う錬金術で素材にしちまうとそこで多少消える・・・だろ?」

「あー、消えますね。確かに」

 ツクシは瓦礫から鉄材を作ると混じっていたコンクリートが消失することを思い出す。

 逆に瓦礫からコンクリートを作れば混じっていた鉄骨が消える。

 それに熟練度の低いツクシだと正確にアイテムを指定できず、ランダムで様々なものができてしまう。巨大な瓦礫から鉄のインゴットができたりもする。

 だが、それがなんだと言うのだろう? 運ぶのが楽になるだけではないのだろうか?

 そう言えば兵長は馬鹿にしたようにツクシの頭をぐりぐりと力強く撫でる。

「ちょ、やめてくださいよ!!」

「その消えた分は他から輸送しなきゃいけねぇだろうがよ。そういう手間かけずにこの廃ビル街の資源を使って、防衛強化しましょうって話だよ」

「でもその瓦礫を路地に捨てるぐらいなら消しちまってもいいんじゃないすか?」

 ツクシの言葉に背後のテーブルで食べていた別の作業班の兵士が会話に入ってくる。

「ありゃ捨ててるんじゃなくて塞いで・・・んだろ」

「塞ぐ、すか?」

 別のテーブルの兵士もビールを片手にツクシに向かって、というより自分の中の不可解を吐き出すような口調で言う。

「ユーリ様の指示で帝国側の手前のほうはそのままで、廃ビル街の神国側から路地を片っ端から塞いでんだよ。何のためかわからねぇが」

「今までみてぇな帝国側に向けて街を覆う壁作れって指示はどうなんだ? あれはもういいのか?」

「不戦条約が切れることと関係があるのかね?」

 話の内容が気になったからだろう。様々な兵士が口を出してくる。

「帝国が攻めてくるってか? うちは大規模襲撃でガタガタだぞ。取るもんなんかねぇだろうがよ」

 そうだそうだと他のテーブルからも声が上がった。

「食料輸送してやって、高ぇ金で武器買ってやってたんじゃねーか。神国と帝国は持ちつ持たれつだろうがよ」

「ってもな。この前、商人たちが帝国に帰ってくの見たぜ俺たち」

「外交使節もだろ? ユーリ様もなんか帝国人を見たら逃げろって言ってたし」

天蝎宮スコルピオ様のところの兵が関所作ってるの見たぜ?」

 物騒だねぇ、という言葉にツクシはなんだかよくわからないことが起こっているな、と夕食のシチューを食べながら呑気に考えるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 廃ビル街に作られた臨時学舎。そこで私は執務を行っていた。

 日中の小時間を私はここで授業を行い、学習によるステータス上昇の恩恵を受けている。

 そんな臨時学舎に作られた執務室の隅に双児宮ジェミニ様の分身・・が無言で座っていた。

 先程まではあれこれと私に向かって母親のように世話を焼こうとしていたが、人がやってきたので黙っているのだ。

「設計は終わりましたか?」

 入室したのは実務の責任者である『要塞建築家』のベトンさんだ。

 ちらちらと双児宮様を気にしながらも彼は私が出した指示を完遂したことを伝えてくれる。

「はい。ユーリ様のご命令通り、地下・・の指揮所の建設地点、スライムを設置するのにちょうどよい廃ビルの選定などが終わりました」

「ありがとうございます。それと実際の建設作業はローテーションで回しましょうか」

「進行を考えると専任のチームのほうがよいと思いますが」

「全員が仕事をできたほうがいいので」

 属人化という現象がある。その仕事をその担当した人間しかできないという現象だ。

 専任のチームを作って彼らがなんらかの事情で使えなくなったことを考えるとローテーションで仕事を回したほうがいい。

 それにスキル熟練度による運用を考えると兵たちの熟練度は平均的にしたほうがいいだろう。

「それに瓦礫運びで作業員のストレスが溜まっています。スキル作業は花形・・ですから、不満が溜まらないように全員に機会を与えてください」

「はッ、了解しました」

 それでは失礼しますと頭を下げて出ていくベトンさんを見送りながら私は作業部隊から出されている報告書などを確認していく。

 作業の進捗に関する報告にはときおり彼らの作業を楽にするアイデアなどがあるからだ。

 そんな私に白髪の美少女たる双児宮様がどうでもよさそうな口調で言ってくる。

「ユーリ。本庁舎が悲鳴を上げていますよ」

「悲鳴、ですか?」

「今までユーリがやっていた作業に穴が空いたから、それによる遅れがでているみたいですね」

「属人化はやはり防ぐべきですね」

「ぞくじん、か?」

 疑問符を頭に浮かべながら首を傾げてみせる双児宮様に私はなんでもないです、と手を振ってみせた。

 まぁ私にできていたことだ。後任が慣れるまで首都の皆には我慢してほしい。

 そう、ほんの少しだ。後任が慣れるまでの。

 結果的にこちらに来てから仕事が減っているので、私はウキウキとした気分で報告書をじっくりと読み込むのだった。


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