122 八歳 その15
「ちぇ、今日も瓦礫運びかよ」
「新人、今日のノルマはこの区画とあの区画だぞ。サボらずやれよ」
「サボりませんって! もう!!」
叫びながら新人であるツクシは鉄骨の端を掴んで引きずり出そうとする。
最近の食事改善によって、体力だけは有り余るようになっていた。
(まぁ、食事はいいか……)
日々改善する食事は、とうとう毎食ワニ肉のステーキがついてくるようになっていた。
新しく来た神童ユーリが前任の責任者だった『要塞建築家』のベトンより本国から予算をとってくるのが上手いことはわかる。
とはいえ子供の言うことに従ってこんなことをやらされて、わけがわからない気分だ。
(こんなクソ重い金属の塊を運ばなければならないっつーのがよ)
掴んだ鉄骨の重さでツクシの腕に、はちきれそうなほどの太さの血管が浮く。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!!!」
「うるっせぇぞーーーー!!!」
気合を入れて鉄筋を持ち上げようとするツクシに周囲から笑い混じりの怒声が飛ぶ。
「やってやるぁああああああああああああああ!!」
「だからうるせぇって、ってうぉ!? おい! 逃げろ! 馬鹿!!」
「うぉおおおおおお――って、へ?」
ツクシが持ち上げた鉄骨の隙間から四足の、尻尾の生えた機械が這い出してくるのが見える。
どこかで見たようなそれは――
「馬鹿!
「へ? へ? へ???」
「馬鹿! 寄越せ!!」
ツクシは横合いから兵長に鉄骨を奪われる。
ツクシたちを見て、赤い
当然、そんなことをすれば他の兵も集まってくる。
「やっべぇな。どうだ?」
「殺人機械の群集地からは距離がありますから……たぶん大丈夫だと思いますが」
廃ビル街の外を向きながら兵長たちが話している。
兵長に突き飛ばされた形になり、尻もちをついているツクシには何がなんだかわからない。
「おら、立て。仕事しねぇと」
ゴツン、とヘルメット越しに頭を殴られ、ツクシは立ち上がる。
「え? あの、モンスターなんか出るんすか……」
「そりゃ街の外なんだから出るだろ。なんだよお前、レベル上げしてきたんじゃねーのか? ぼーっと突っ立ってやがってよ」
「いや、レベル上げんときはスライムが全部片付けてくれたんで」
ツクシがやったレベリングはスライムを六匹ほど隷属させてダンジョン内を歩き回りつつ、ドロップアイテムや生成アイテムを回収する仕事だ。
それはダンジョン内を順路通りに歩くだけの作業であり、また、その間に近づくモンスターは全てスライムが倒すために安全にレベルアップできる楽なものだった。
これで40レベルまでレベルを上げたツクシにモンスターを実際に討伐した経験はない。
「ったく、情けねぇな。まぁいいか。さっきのが偵察鼠だ。たまに瓦礫の下とかにいるから見つけたらすぐ潰せよ」
「……はぁ、やばいんすか
ガラクタを軽く蹴飛ばしてみれば壊れた形の偵察鼠の身体から火花のようなものが飛び散る。
「そいつ自体はやばくねぇっつーか、まぁやべぇんだが、たまーに殺人機械を呼ぶからなるべく手早く壊すのが一番なんだよ。歩き回ってんのは毎日戦闘専門の部隊が巡回して潰してるが、瓦礫の下にいる奴とかはわからねぇらしいからよ。っと、そうだ」
おい新人、と兵長は壊れた偵察鼠の残骸を拾い上げるとツクシに渡してくる。
「お前ちょっとこれ倉庫に持っていけ。瓦礫のとこじゃねーぞ。物資保管庫の機械モンスターのドロップ品のとこだ」
「え? 俺っすか? 今?」
「そうだよ、行って来い。ほら、駆け足! 行け行け!」
兵長に尻を叩かれたツクシは駆け足で神国が利用する廃ビルの一つに向かうのだった。
◇◆◇◆◇
「あのー、すみませーん?」
「機械鼠ってドロップ品がガラクタっすよね? ネジ作るなら俺が今ぱぱっとやりますけど……」
巨大な木箱が置かれ、そこに機械鼠の残骸が積み重なっているのを見て、ツクシの腕がうずうずとうずく。
ツクシは学舎での授業を思い出していた。
なぜ機械鼠を残骸のままにしているかわからないが、これを『解体』して『ガラクタ』にすればそのまま『ネジ』が作れる。
学舎での最後あたりで習った集中する方法で『ネジ+1』を一番に安定して作れたのはツクシの密かな自慢だ。
「馬鹿! 勝手なことすんな!!」
そんなツクシが機械鼠の木箱に手を伸ばせば機械鼠を置くように指示を出した兵長が怒鳴り声を上げた。
「え、えぇ、駄目なんすか?」
「なんだよお前、ったく、瓦礫班の新人かぁ」
うっす新人ではないっす、とツクシが頷けば倉庫管理の兵長らしき男は呆れたようにツクシに説明する。
「これは全部
「えぇ、敵をすか?」
「そうだよ。ユーリ様のご指示だ。機械鼠を何に使うかはわからねぇが、そりゃすげぇことをなさるに違いない」
モンスターを? あのガキ何考えてるんだ? と不気味そうにツクシは機械鼠が溜まっている木箱を見た。
「これ、全部すか?」
「そうだよ。だから勝手にネジ作るなよ、ってかネジで何作るんだよ」
「え、えー。いろいろ作れると思うんすけど」
ネジは機械系技術の基礎の基礎であるアイテムだ。使いみちはそれなりに多い。
「ったく、考えなしかよ。多けりゃいいってもんじゃねぇんだ。つかなぁ、そういうのは全部管理してっから。ネジ一つ、鉄板一枚漏れなく俺がな。だから勝手に数増やされると困んだよ。勝手にネジが増えた分ガラクタが減ったんじゃねぇかって調べなきゃいけねぇんだぞ」
「うっす。すみません」
頭を下げればわかったならいい、と兵長は書類片手にまた整理に戻ってしまう。
自分だってやるんだってところを見せたかっただけなのに怒られてしまったツクシは、しょんぼりと倉庫を後にするのだった。
◇◆◇◆◇
今日も一日瓦礫を移動させ、疲れた身体で風呂に向かう。
同僚のほとんどが自分より年齢が上のむくつけき男たちだ。
筋肉たちに囲まれて入る風呂はツクシにとってはなんともわびしい感じになる。
この防衛拠点設営地には女の兵もいるが、彼女たちの浴場は離れた位置にあるために、ツクシは湯上がりの乙女たちを見ることはできない。
せめて作業で一緒ならなぁ、とツクシが残念に思っていれば騒がしい声が聞こえてくる。
「うぉおおおおおおおおおおおって感じだったよな」
「おお、ありゃやべぇな。『錬金術』じゃなくてもいけるんだろ?」
「生産スキルならなんでもいいらしいぞ。ただやっぱ『錬金術』や『建築』のほうが
浴槽に浸かりながら騒いでいる男たちを横目に身体を洗いながらツクシは「なんなんすかあれ?」と隣で髭を剃っている兵長に問いかけた。
「ああ? ああ、スキル使ったんだろ。羨ましい奴らだよな」
「ユーリ様がなんか新しいことを考えたんだろ。生産スキルを確実に成功させる『集中法』を考えたのもあの人だしな」
同じ班の、階級が上の同僚が話に入ってくる。自分の親と同じ歳の(親とは学舎に入って以来顔をあわせていないが)同僚の存在はツクシにとってはどう接していいか未だにわからない存在だ。
とはいえ慌てて会話を合わせる。
「そ、そうなんすか? 宝瓶宮様じゃなくて?」
「おうよ、宝瓶宮様も偉大だが、その偉大な宝瓶宮様もユーリ様には心服してる。そのユーリ様がきっと新しいスキル運用方法を考えたんだろうさ」
「気になるよなぁ。生産スキルの重要度が神国じゃバンバン上がって、おかげで俺らがこうして最前線になるだろう場所に出張るようになっちまったし」
「まぁ農具作ってるよかマシだがな」
年上の男たちの会話にツクシはすねたように言って見せる。
「そうすか? 瓦礫運びより農具作りのほうが楽しそうっすけど……」
「お前はなぁ、ほんとなぁ」
「わかってねぇよなぁ。毎日鍬ばっか作る辛さがわかってねぇよ」
「宝瓶宮様もカリカリしてたしなぁ」
「でもたまに優しいのがいいんだよなぁ。おっぱいでかいし」
「だよなぁ! うちのカミさんよかずっと美人だしなぁ!」
腰が良い、脚が良いと他の兵も声を上げ出し、会話に混ざれなくなったツクシはお湯で汚れを落としながら浴場に向かった。
湯に肩まで浸かると一日の疲れが流れ出すようで心地が良い。
「このあと一杯飲んでよぉ、で――」
「いいねぇ! そういや首都から手紙が来てよぉ――」
他の兵の騒ぎ声が耳に入ってくるも、ツクシは目を閉じて、はぁ、と吐息を漏らした。
ツクシには神童ユーリを神格化する上司たちの気持ちがよくわからない。
神童ユーリは自分よりもずっと仕事のできる彼らが崇めたくなるほどの存在らしい。
だが、ツクシにとっては、自分と同じスキルを持つ、自分よりも年下の子供にしか見えない。
(あんなのタダの子供じゃねぇのか……?)
自分とどう違うんだろう、と考えながら、ツクシはお湯の中に身を沈めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます