117 八歳 その11 七龍帝国にて


「で、ですが! その条件では実質、神国が貴国の属国となるのでは!!」

「だからそう言っておる。神国アマチカは即刻我が国の属国となり、旧神奈川領域攻略の先鋒となるべし」

 七龍帝国首都の外交へと赴いた神国の外交担当である十二天座双魚宮ピスケスは目の前の帝国外国外交官の貴族相手に、できるわけがない・・・・・・・・と怒りの表情で机を叩いた。

「おやおや、怖いですな。せっかくの美人が台無しですぞ」

 処女宮ヴァルゴとその使徒であるユーリが神界と呼ばれる領域より帰還してからの帝国の態度はこんなものだった。

 取り付く島がないというのはまさにこのことで、何をどうやっても不戦条約がそのまま属国への道となっている。

 双魚宮は唇を強く噛んだ。

 今まではあれこれと理由をつけてはぐらかされていた条件がこうも様変わりするとは……。

 双魚宮は帝国側から渡された条文・・を睨みつけた。


 ・神国アマチカの首都である『アマチカ』の領有権を七龍帝国へ移譲。

 ・首都アマチカの『大聖堂』の所有権を七龍帝国へ移譲。

 ・処女宮の七龍帝国首都『ナーガ』への移住。

 ・神国アマチカが所有する全軍の指揮権を七龍帝国へ移譲。


 他にも徴税権の移譲や基本通貨を帝国通貨へ変更することや裁判権の移譲など、属国という言い方がマシなぐらいのものになっている。

 獅子宮レオが見れば、いや、双魚宮ですら神国アマチカの方針を知らなければ即開戦を主張しかねないぐらいの過激な内容だ。

(本当に、ユーリがいてよかった)

 双魚宮は心から思っている。

 神界に赴いたのが処女宮一人であれば、このような変化はわからなかった。

 穏健派だが、女神アマチカへの信仰が篤い双魚宮はこの外交結果をそのまま持ち帰って本国で帝国との開戦を主張していただろう。

 自身の冷静な思考に双魚宮は胸を撫で下ろして、開戦を主張したくなる激情を抑え込んだ。

 七龍帝国の強気はその背後にくじら王国、エチゼン魔法王国がいるがゆえの強気だ。

 周囲とすでに協調し終わっているからこうして神国へ強気でいられている。

 そして、この外交交渉ですらニャンタジーランド側の王国への援護であることを忘れてはならない。

 これは神国の目を帝国側に惹きつける工作・・なのだ。

 巻きひげのように髭をぐるぐるとカールにしている帝国貴族を睨みつけないように注意しながら、双魚宮は深く息を吐き出した。

(国家規模の交渉に『十二龍師』すら出さないなんて、舐められたものね)

 今までは双魚宮が赴けば外交担当の幹部が出てきたのに、今ではこの対応である。

 この貴族は、上位の官職だが一国の外交を担当できるほどの外交官ではなかったはずだ。

 それをこうして神国にあてがい、無茶な条件を突きつけさせる。


 ――帝国は神国を怒らせようとしている。


 それに、と帝国貴族のゲスな視線に身体を震わせる双魚宮。

 怯えているわけではない。ゲスな視線に怒りが抑えきれていないだけだ。

(時間の無駄……徹底的に神国を侮辱し、こちらから条約を切らせるはらであることは確か)

 双魚宮はこの交渉を切り上げたい気持ちでいっぱいだったが、もう少し実情を探る必要を感じた。

 ここまで強気ということは帝国は神国へと続く廃ビル地帯の詳細な地図に加えて、進軍経路を徘徊する殺人機械対策があるはずなのだ。

(情報の出どころを探る必要があるわ……帝国の自信の理由も)

 まさか鋼鉄武器で武装したぐらいで優位を主張しているわけではあるまい、と唇を湿らせる。

 固有技術の中に殺人機械に対抗するものが見つかったのか? それとも、というところで帝国貴族の視線がちらちらと双魚宮の枢機卿服に隠された肉体の上を這っているのがわかり、双魚宮は軽蔑するような感情を帝国貴族に向けた。

(抱かれてやるつもりはないけれど……)

 女か、と双魚宮はゲスな欲望を見せる帝国貴族に、どう誘う・・べきか、と考えるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 神国本庁の地下に表に出せない罪人を閉じ込めておく牢屋がある。そこに私は呼ばれていた。

「それで、双魚宮様の報告から調査した結果、出てきたのがこの方ですか?」

「うん、天蝎宮の部下の調査の結果だよ。こいつが帝国へと内通していたようだね」

 私は、へぇ、と巨蟹宮キャンサー様が蔑んだ目で見る、縛られた人を見た。

 神官服を剥ぎ取られた裸の男だ。額には罪人の印である焼印が入れられている。

「ゆ、ユーリ様! わ、私はけ、けして神国の情報を帝国に売ってなど――あぁッ!?」

 彼がなにか喋るたびに両脇に立っている覆面の神官が罪人を鉄の棒で小突いている。

 この人、インターフェースの表示では信仰ゲージも高く、裏切るようには見えないが?

 交渉スキルなどによる効果だろうか? 信仰ゲージは高いが完全ではないし、私もかつて双児宮ジェミニ様に混乱めいた状態異常を仕掛けられたことがある。

 その結果としてはありえなくもないが……信仰ゲージの完璧さを信じたい・・・・私からすればむしろ情報を流された、より盗まれた説を提唱したかった。

 渡された調査報告書を見る。神官ベベル。人馬宮サジタリウス様の部下に当たる人物で、都市外部の調査を担当していたようだ。

 夜な夜な酒場で安酒を飲みふけり、娼館を利用する過程で娼婦の一人に地図情報を自慢のため・・・・・に頻繁に流していたとのこと。

 彼は娼婦に自分が重要な仕事を任されていると主張したかったようだった。

「その娼婦というのは?」

「調べたが、とっくに逃げられていたよ。しかし地図情報が漏れたのは痛いな。防壁を突破されたら首都まで一直線じゃないか?」

 心配してくる巨蟹宮様に私は肩をすくめるのみだ。

 今回の件で信仰ゲージの弱点がわかって私としてはありがたいぐらいだが。

(明確に裏切ると思わせなければ裏切らせられるのか)

 双魚宮様が帝国から情報を抜き出せたのもそういう手法の結果らしい。あの方もなかなかのやり手だな。

 刑務官らしき人に連れて行かれる人を見送りながら私は情報管理を徹底するように、と言おうとして……まぁ私があれこれ言わなくても大丈夫か、口を閉じた。

「ユーリ、それで帝国方面の防衛計画は大丈夫なのかい? 地図情報が漏れたなら厳しくなるんじゃないのかい?」

「いえ別にそれは全然問題ないんですが……ああ、漏れた地図情報があればありがたいんですが? こちらに回せますか?」

 どの時点・・・・の地図だろうか?

 どうやって釣ろうかと考えていたので、なんの不安もなく廃ビル地帯を帝国側が進軍してくれるならこちらとしてもありがたいぐらいではあるが。

「すぐに回すけれど。君は本当に頼もしいな」

「そうでしょうか? こうして情報が漏れていたことにも気づかなかったわけですが」

「これは人馬宮の責任だろう? そこまでユーリが責任を持つことではないと思うけどね」

「そう言っていただけて嬉しく思います。ただ……」

「ただ? なんだい?」

「私としては帝国が攻めてくることがわかって、憂鬱です」

 ああ、と巨蟹宮様は同情した視線を私に向けてくるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 そして、数日が経ち、その日が来た。

 本庁舎にある高位の神官用の法廷に呼ばれた私は、証人席に立って判決の言葉を待つ。

(根回しをしているから結果が見えているとはいえ、ここでユーリは死刑じゃ! とか言われたら私は死ぬな)

 最近の激務を思うと逆に死んだほうが楽じゃないかとも思えるが、この身体は私だけの人生ではない。ユーリの人生でもあるのだ。

 さぁ、予定にないことを言われたらどう抗おうかと身構えながら私は一段低く作られた証人席からを見上げた。

 私の目の前にはすでに集合していたのだろう、コの字型の二段ほど高い位置に作られたテーブルに、処女宮様を除いた十二天座の方々がついている。

 その下にもコの字型の机があり、それぞれの使徒の方々がいる。


 ――神国幹部の勢揃いだ。


 使徒の方々の表情は様々だ。同情するような視線、何も感情を見せていない顔。怯えた表情、嬉しげな表情……二十二人もいれば本当に様々だ。

 それでは開廷する、と天秤宮様が威厳のある声で告げた。

 まず女神アマチカにこの裁判が真実と公正のもとに行われることが宣誓された。

 そうしてから天秤宮様は私に言う。

「使徒ユーリよ。双魚宮の奮闘もあったが、帝国との不戦条約の更新はならなかった」

 審議場の審判席の中央に座った議長、天秤宮リブラ様の言葉を、私は方々に見下されながら聞く。

 とても仰々しく時間がかかるだけのものではあるが、儀礼というものは仰々しいほうがいいのだ。何事も。

 私は効率主義ではあるが、そのあたりを軽視して、つまりは組織を軽視する者が現れることを良しとしていない。

 こうして裁判を利用するのもそのためだ。

「それは使徒ユーリよ、そなたが神界にて失敗したことを確かである。よろしいか?」

「はい。間違いありません」

「ついては罰じゃ。我らはお主の使徒の位を剥奪することも考えたが、使徒の任命は十二天座それぞれが持つ権利でもあるし、お主の神国への功績は余りある。よってお主が持つ『錬金術』スキルによる七龍帝国側国境の防壁工事の監督を行うことを罰とすることを十二天座会議にて決定した」

 そこまで言って、使徒の方々からどよめきが起こる。

 首都から長期で離れさせられるのと、帝国との不戦条約が切れる以上、もっとも危険な最前線になるからだ。

 大聖堂のあるこの首都から離れることはまさしく神国の人間としては屈辱だろう決定である。別に私はそのあたりはどうでもいいが。

「異論はあるか? 使徒ユーリよ」

「はい。異論はありません」

 私がすんなり承諾したことに、使徒たちの間でざわめきが起こる。なにか抗弁するとでも思われていたのだろうか?

 横目で金牛宮タウロス様の使徒タイフーン様を見れば本当に嬉しそうに私を見ていた。

(特に嫌ってはいなかったが、そこまで喜ばれると複雑だな)

 私としては彼のことは気にしていなかったが、こうも喜ばれるとなんだか悲しく・・・なってくる・・・・・

 私はこの国のために一生懸命だったんだが……彼は私の何が気に食わなかったんだろうか。

「では使徒ユーリよ、即日首都より出立し、工事にかかるように」

「了解しました。工事を成功させ、失敗を挽回できるよう、女神アマチカに誓います」

 よろしいか、と天秤宮様が使徒様方に問えば、皆が拍手の形で天秤宮様の裁きの素晴らしさを称えていく。

 斯くして失敗した・・・・私は地味な土木工事へと赴くわけだ。

(……はぁ、わかっていたが、結構るな……)

 出来レースではあるんだが、こうして私の失敗を喜ぶ人間がいたことを目の当たりにして悲しい気分になった。

 私はうなだれながら両脇を警護の神官に囲まれて審議場を出ていく。

 背後では退廷の声が響き、こうして私は計画通り・・・・に首都アマチカを追放されたのだった。


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