100 転生者会議 その3
『近畿連合』の話し合いから抜け出る。
貿易の密約を取りつけられたからだ。ただ実際にこのあと現実でいくつかの話し合いをして輸出品目や価格を定める必要はあるが、それでも0か1かで言ったら1をとれた。
神国にとっても嬉しいことだが、これでスライムと鉄鋼武器を輸出し、近畿連合の援助ができる。多少の延命ができるだろう。
(あまり彼らに強くなられても困るが)
彼らが神門幕府を滅ぼせばそのまま内紛を起こすか、それとも協力して他の国への攻撃を始めるかのどちらかになる。
彼らに自制心は期待できない。勝利の味を知り、領土を広くする快感を知った国家が止まらないのは歴史の常だ。
神門幕府が倒れれば近畿連合が七龍帝国への圧力となる。それは本当に困るので神国アマチカが安定するまでは、永遠に近畿で戦争をやっていてもらいたいが……。
(私がミカドだったらブショー様に調略をかけて、ビスマルク様を二人で叩くかな……)
現状、近畿連合ではブショー様の被害が大きすぎるので、命を助けてやる代わりに降伏しろと通告すればブショー様は頷く可能性が高かった。
そのあとはビスマルク様の福井をミカドとブショー様で分割で統治するという形で共同で侵略し、他の二ヶ国はミカド単体で潰したあとでブショー様を暗殺するなり、そのまま難癖をつけて潰せばいい。
実際にやるとしたら精神的な負担が大きすぎて私ではできないが、ミカドだったらできるだろう。
(さて、
走りながら
いちいち聞いて回る必要はない。使徒のインターフェースからは主である枢機卿の位置がわかる(もちろん相手に位置を表示する意思が必要だが)。
これから行うことの前準備として、ブラック企業時代で一番屈辱的だった記憶を思い出すことで私は涙をひねり出すと処女宮様のところに向かって走っていく。
周りの人が心配そうな顔をしてくるが、ちょっかいを掛けられる前に走って撒く。
善意の第三者に絡まれれば面倒だからだ。
走りながら今から会いに行く人物のことを考えていく。
(さて、ニャンタジーランドの君主は、情け深くて、何かを頼まれると快諾する性格……と聞いている)
要は涙の効く、押しに弱い弱腰君主ということだ。
王国からすればカモだと思ってしまうのもしょうがないぐらいなんだろう。
これで戦争が上手なら仁君が治める強国だったんだろうが、伝え聞く風聞はそういうものでもない。
(政治にも疎い少女だとも聞いているが……)
人見知りの処女宮様が仲良く話せるのはそういう理由らしい。
また、隣国同士とあって神国とは仲も
ただこうなると、頼もしい同盟国というよりも、いじめられっ子同士でつるんでいる程度の仲だとしか思えないのはどうかと思う。
(処女宮様はここか)
私はなるべく焦っている風を装い、処女宮様たち弱い国家が集まって雑談をしているらしい場所にたどり着いた。
この『終焉地』というチャットルームの隅だ。
崩れたテント跡に、持ち寄った食事などを摘みながら、陰鬱そうにぼそぼそと思い思いに十人前後の君主たちが会話しているのがわかる。
私は彼らが見えた時点でなるべく焦っているように見えるよう、ひぃひぃと言いながら、よろよろと歩き、この集いを守っている、心配そうに話しかけてきた護衛らしき弱そうな男性の将に処女宮様の連れであることを告げた。
「ええと君は、ヴァ、
「そ、そうです。神国アマチカの……あ、ああ! い、いました! 処女宮様!! 処女宮様!!」
ユーリくん!? と驚いた様子の処女宮様の隣には猫耳らしきものを生やした少女がいる。
よし、と内心だけで喜ぶ。処女宮様を差し向けておいてよかった。いなかったら無駄になるところだった。
そんなことを考えている私に慌てて処女宮様が駆け寄ってくる。
「ど、どうしたの!? え、誰かにいじめられたの!?」
「すみません。すみません!!」
頭を地面にこすりつけて謝罪しまくる。
この騒ぎに、ざわざわと周囲の転生者たちが私たちに注意を向けてくる。
「え、あ、あの、ユーリくん? なにしたの? え?」
処女宮様は本当に混乱している。私が演技しているとは考えていないらしい。
いや、
しかし、こうして地面に頭を擦りつけているとブラック企業時代のことを思い出して無駄に
この方法、ストレスで脳によくないかも……次からは目薬用意しときたい。
「ちょ、ちょっと! お、落ち着いて、落ち着いて、ね?」
私がそんなくだらないことを考えていれば処女宮様に肩を捕まれ、土下座していた身体を引き起こされた。
涙でぐずぐずの私の顔を見た処女宮様は、あー、という顔をして、懐から取り出したハンカチで私の顔を拭った。
「ねぇ、どうしたの? 何したの? おもらし? 怒らないから、言って、ね?」
「いえ、そうではなくて、あの……」
私が処女宮様が先程までいた場所の傍にいる猫耳の少女を見れば、私の視線を追った処女宮様が教えてくれる。
「え? あの子? クロちゃんがどうしたの?」
「ニャンタジーランドの君主様ですか?」
「う、うん? え? 何? クロちゃんの猫耳触りたくて泣いちゃったとか?」
なんで外から来た私がそんなこと考えるんだと、処女宮様のポンコツ具合に本当に泣きそうになりながら私はいえ、と首を振った。
「あ、あの方にお話が……」
「えぇ……仕方ないな。一応友だちだから……その、ユーリくんのこと自慢したあとだったんだけど……」
子供扱いするって話だっただろ、と内心で突っ込みを入れつつ、ぐずぐずと泣きながら私は処女宮様のあとをついていく。
「あの、
ぐずぐずと泣いている私の様子に困惑した様子のニャンタジーランドの君主、クロ様は、大部分は人間だが頭に猫耳としっぽを生やしたアキバのコスプレしている人みたいな格好をしている獣人の少女だった。
(風聞と容姿は一致。服装は……レアリティの低いただの毛皮の服か……ユニーク装備はないのか?)
処女宮様がそうだったが、ユニーク装備特有の
国威を考えれば着ない選択肢はないはずだが、この転生者会議が身内の集まりの発展である、という歴史を考えれば、着飾ることで気恥ずかしさを感じる人間も出るのかもしれなかった。
とはいえ、今はそんなことを考えている場合ではない。
私は即座にクロ様の足元にひざまずくと、驚く処女宮様を押しのけるようにクロ様に向けて土下座をした。
「も、申し訳ありません! クロ様!
止める者はいない。ここに
このチャットルームで死ぬことはないから、やってくれたら私の
そんなことを思いながら「う、うん。私にできることなら……」と私の涙と気迫に気圧されたクロ様が風聞通りに、
(よし、言質はとった)
あとはここから発展させて、と、そこでどやどやと獣耳を生やした男と女がやってくるのがわかった。
内心で舌打ちする。有耶無耶にされるかもという危機感で身体が硬直する。
「ちょ、ちょいとクロ様!? 何を承知してやがるんですか!!」
「ガキィ、ここはそういう場じゃねぇゾ! っていうか汚ぇな顔。ほら、飴舐めるか? 泣きやめるか?」
クロ様に進言する熊っぽい耳をした獣人の男性に、私の涙を拭ってから飴を差し出してくる兎っぽい耳をした獣人の女性、クロ様の部下か。
「ベーアン、ラビィ、ふ、二人とも落ち着いて! この子、今うちに援助してくれてる神国の子だっていうし。それに子供の言うことだし、大したことじゃないよ、ね? ね?」
「神国……
「なんだ、
貰った飴をころころと口の中で転がしながら私はふむ、と神国の、というワードで剣呑な雰囲気を収めた二人を観察して、驚いてしまう。
(獅子宮様の言ったとおりだ……国内資源のはずの山賊を討伐したことで恩が売れている)
これなら断られることはないだろう、という気分でいれば「で、なんだよお願いって、あ、クロ様はまだ聞かないでくださいよ!」と熊耳の男性が私の肩に手を添え、わざわざ膝を落として目線をあわせてくれる細やかさに内心のみで好感を抱く。
(だが、やはり、来なければよかった……)
――私はこれからこの善良な人たちの国を滅ぼすのだ。
憂鬱な気分で私は声を湿らせて懇願する。
「し、神国に、ぼ、貿易のための、み、港を、貸していただけないでしょうか」
ぐずぐずと泣きながら言う。きょとん、とした処女宮様を含めた全員の顔。どうしてそんなものが必要なのかという顔でもある。そこに
「ふ、船はこちらで用意します! 港の使用料も払います! なにとぞ、なにとぞよろしくおねがいします!!」
熊の獣人の手を振り払いながら土下座をすれば、クロ様が慈愛に満ちた声で「い、いいよ。う、うん。いいよね? みんな?」と慌てて部下の二人に聞いてから私に頭を上げてくれと言ってくる。
クロ様、使用料と聞いて一瞬、声に喜色が混じったな。
先の大規模襲撃の被害でニャンタジーランドが財政難という噂は聞いていたが、ここで確証が持てる。
「ゆ、ユーリくん? え? 貿易? なにそれ?」
余計な事を言おうとした処女宮様を下から睨みつければ、処女宮様は黙り込む。よし、
「あーあーあー、もう、そんなに泣かなくてもちゃんと貸してあげるから」
クロ様が私の頭を撫で、安心させるように微笑んでくれる。
「ま、まぁ使用料払うって言うし。っていうか使用料ってアマチカか? うちでアマチカ貰ってもな」
だが兎耳の女性は渋ったままだ。私はなるべく情けない声で聞こえるように言った。
「麦でもワインでも払いますぅぅ……」
「それなら……まぁ……」
ありがとうございますありがとうございます、と頭を下げ続ける。
処女宮様は黙ったままだ。
あくまでも処女宮様の部下が勝手に謝っているということにしてくれてると嬉しい。
(処女宮様のこの他人事のような姿勢。このときばかりは助かるな)
◇◆◇◆◇
第一回の転生者会議が終わって、意識が現実に戻ってくる。
処女宮である
「え? え? な、なに!? 寒い!!」
「枢機卿服着てるんだから寒いわけないでしょう。それより処女宮様、緊急で十二天座会議を招集してください。あ、大丈夫です、すでに猊下たちには話を通していますから招集するだけで全員来ます」
使徒服を着たユーリが紙を取り出して何かを書き込んでいることに気づく。
「スピード勝負ですよ。明日、というか次の会議はもう今晩ですが、その間までに『近畿連合』との貿易案を纏めます。ニャンタジーランド内の港の使用についても
「いや、え、なに? どういう!?」
「いいからついてきてください! さっさとしないと国が滅びますよ!! これも戦争の一つの形です!!」
すたすたと外に向かっていくユーリ。屋敷の門の前に迎えの兵が待っているのを見て、処女宮は言葉を失った。
自分がただ漫然と他の転生者と話すだけだった会議を、この少年はただの一度で神国の利益にしていた。
ただの一度も経験していなかったのに、会議後の手筈を整えていた。
「決めることはたくさんありますよ。船の製作のためのニャンタジーランドからの木材の購入、または伐採の権利の購入。船のレシピの購入。うちは航海術は未発達ですから、最初はニャンタジーランド内の水夫を借りて航海術の訓練を行う必要がありますし、貿易の拡大ができれば港の整備に口を出せます。それに、うまく行けば港内に女神アマチカを崇める神殿を立てることができます。最悪国が
千花に向かって話しているのか、それとも自分の考えを纏めているだけなのか。
語るユーリの言葉に、全てが変わってしまうような恐怖と、そんな些細なものを塗りつぶすほどの頼もしさを千花は覚えるのだった。
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