091 八歳 その2


 上級スキルを呼ばれるスキルがある。

 上級スキルとは『勇者』だの『賢者』だのという、名前は忘れたが私が生まれ育った農園の有力者の子女たちが与えられた、SR以上のレアリティのスキルのことだ。

 その上級スキルを持った者が優先的に通える学校が神国アマチカにはある。

 『天座修学院』という施設だ。

 その天座修学院にある教室に集められた私たち生徒は、教師役の司祭による教育を受けていた。

 午前の知能学習だ。さすがに上級の学校ということで今までいた学舎よりも授業の内容は濃い。

 とはいえ八歳児に行う授業なので、一応前世で大学まで出ている私にとってはそう苦労するものではないが。

 定期テストもあるが一位をとれている。しっかりと学習をしている結果だろう。

(ここでアマチカをもらっても小遣いレベルだが……)

 去年私が提案した奨学アマチカ制度は国が行っている。だから奨学アマチカのために私がアマチカを出す必要はなくなった。

 だから私のスマホにはアマチカがいまだにたっぷり入っているし、加えて、前回の地下の騒動での報酬も中には入っている。

 この神国で一生遊んで暮らせるぐらいの金だ。ずっと寝かせておくわけにはいかないので、いずれなにかしら商売でもした方がいいかもしれない。

 それはそれとして、奨学アマチカ制度によって全生徒とは言わないがやる気があって能力のある生徒にはアマチカが定期的に配布されるようになった。

 目ざとい生徒は成長型スキルや自主的に運動などができるようにトレーニング用の器具などを購入したり、図書館にいったりして己を高めているらしい。

(そしてやはりだが、天座修学院に移動できてよかった……)

 インターフェースで確認できたが、ここでの学習はステータスの伸びが良い、学習の効果というより、学習施設の効果だろう。

 このあたりの仕組については特に突っ込みはいれないが、なんらかの作用が出ているのだろうな。洗脳とか……。

 バカバカしい妄想をしていれば、私がぼうっとしていると思われたのか「使徒ユーリ様、こちらの問いについてですが」と教師が聞いてくるので、質問に答えていく。

(さて、このあとは……)

 この授業が終われば定期テストだ。テストが終わったら図書館にキリルと向かい、双児宮ジェミニ様の分身の相手をしながら昼食。

 午後はスキル学習。それは最速で終わらせて政府庁舎に向かって仕事を行うことになる。

 毎日がこんな調子だ。その原因はわかっている。


 ――神国では未だに休日という制度がない。


 宗教的な祝日というものはあるが、日曜日というものがないのだ。

 内政ツリーを進めればたぶんフレックスタイムとかそういうのも見つかるだろうが、そこまで文明は進めていない。

 時間関係のツリーが本当に謎だ。時計を作る技術である『時間の概念』から先が進まない。

 時間ツリーは異様に技術数が少ないし、次の技術を進める素材がわからない。

(日曜日は関係がないのか? 相対性理論とかそういったものの技術か?)

 一応、内政ツリーの太陽暦も太陰暦は開発したが……カレンダーの開発はどこにある?

(曜日カレンダーをレシピなしで作ってみてもいいが……)

 数学がこの国では発展していないからカレンダー作りは文系の私では計算が面倒だし、十二天座会議にかけて暦を制定しなおすのが時間がかかる。

 ただ、強引に休日を作ろうとしても宗教的ななんやかんやに引っかかって潰されるかもしれない。

 当然だが、神国にもカレンダーはある。

 レシピではなく、ないと不便だから自然発生したものだ。だが七曜を入れたものがない。

 私は切実に日曜日が欲しいのに、市民や神官まで必要がないと考えているのだから本当にこの国はブラックで狂っている。

 いくらか制度を調えて、この国にきちんと休日を与えなければならない。

 使徒の立場から改めてこの国を観察してみたが、無休で働かせるのは労働効率が相当に悪い。休日を入れて、彼らを休ませなければならない。

 ちなみにそんなこの国がなんだかんだとそれなりに回っているのは、神国が基本方針にしている奴隷制度や共産主義にも似たブラック制度の欠点を、宗教国家のボーナスである信仰心ゲージで打ち消しているだけだからだ。

(全ての疲労を帳消し・・・にするエナドリのレシピは見つかったが……あれはまだ作れないからな……)

 エナドリの製作には、調薬と錬金術と魔法のツリー内でも高位の生産設備が必要なのと、ドラゴンから取れるエーテル塊が素材として必要だからだ。

 たとえ作れても気軽に国民に配布するわけにはいかない高級品だった。

「使徒ユーリ様、聞いていますか?」

「はい、聞いています」

「では、この問いを――」

 教師に指名され、問題に答えながら私はこの国の未来を考えるのだった。


                ◇◆◇◆◇


「ねぇ、ユーリ。どうしたの? なんか授業中ぼうっとしてたけど」

「ん、ああ、休日について考えていた」

「おやすみ? 次のおやすみはずっと先よ?」

「だからさ。もうちょっと増やせないかってさ」

「ふまじめー! ユーリって楽することばっか考えてるでしょ!」

「キリル、私は真面目に・・・・、楽できるように考えてるんだよ」

 天座修学院に設置された図書室内にある司書室で、私はキリルと一緒に持ってきた弁当を食べていた。

 上級学校の昼食は硬いパンに加えて、ハムとチーズとりんごのようなフルーツがつくのである。

 錬金術を使って、パンとハムとチーズとフルーツを『サンドイッチ』にした私は、じぃっと私を見てくる双児宮様に「なんですか?」と問いかけた。

 真っ白な髪のお人形さん、という感じの美少女である双児宮様は、あの事件のあと、私を叱責するだけして大泣きした。まさしく子供のように。

 この澄ました顔を見るたびにその記憶が刺激され、私はなんとも微笑ましい気分になるのだ。

 美少女というのは得だ。双児宮様の姿は、この世に悪人はいない、人はほんの少し足を踏み外すだけなのだと信じさせてくれる存在のように見えてしまう。

(悪人ではないだけで、どうしようもない奴は大勢いるがな……)

 割と楽観的に物事を考える私だが、さすがに性善説を盲信するほど子供ではない。

 枢機卿猊下はクッキーを摘み、紅茶を飲み、口をナプキンで拭くとようやく口を開いた。

「いえ、ユーリくんが次は何をするのかと不安になっただけです」

「失礼な。この国には休日が必要だと思っただけですよ。子供の学習にも良いですしね」

「ユーリくん、貴方も子供ですよ?」

「ええ、だから私のためです」

「貴方が休みたいといえば、喜んで皆が休ませるでしょうに」

「私一人が休んでも仕方がないことです。皆が休み、皆が豊かになる。そうすれば私もゆっくり休める。これも私の目標の一つです」


 ――もちろん・・・・エナドリがあれば、必要のない制度だ。


 だが全国民にエナドリを支給する体制をつくることが不可能な以上、労働効率を上昇させるには休日で対応するしかなかった。

 人間は適度に休まなければ身体もそうだが心が壊れてしまう。文化的な生活には休日が必要なのだ。

「奨学アマチカは素晴らしい制度でした」

 双児宮様はそんなことを言いながら「そんな貴方が何かをするなら、きちんと聞いた上で今度はちゃんと応援しますよ」と言ってくれる。

 他人から認められるのは嬉しいことだ。私はにこりと笑ってみせた。

「はい。ありがとうございます双児宮様。今度は閉じ込めないでくださいね」

「うーん、それはどうでしょう?」

「そのときはまた私が助けに行きます。次も。その次も」

 双児宮様に向かって生意気にも言ってのけたキリルに双児宮様はふふ、と笑ってみせた。

「キリルさんは頼もしいですね。ぜひ他の枢機卿にも言ってあげてください。ユーリくんを皆が欲しがっていますからね」

 ふんす、と鼻息を荒くするキリルに、無茶はしないでくれよ、と思いながら俺たちは楽しい昼食を終えるのだった。


                ◇◆◇◆◇


「おい、ユーリ。うまくやったじゃねぇかよ」

 キリルと連れ立ってスキル教育用の教室に向かう途中、声を掛けられて振り返った。

 少年二人に少女二人が私を見ているように見える。誰だろうか?

「ユーリ? 知り合い?」

「ええと……誰ですか?」

「誰って、お、お前、お前と同じローレル村の!!」

「っていうか、ユーリは使徒様なんだから使徒様っていいなさいよ知らない人」

 キリルの指摘に、う、と怯む誰か。ローレル村? ローレル村って?

 まるで役所で書類を書くときに、自分の本籍を急に思い出せずに住民票だのなんだのを取り出しながら書類を書くような気分で私は記憶をさらい、それが自分の出身地であることを思い出した。

 ローレル村がなんなんだろう。

 もう二年も前の土地だ。毎日毎日が忙しくて、ユーリ少年の中でもあの村の記憶は色あせている。

 当然だが私の身体であるユーリ少年のことは大事に思っているが、私はあの村に関してはほとんど思い入れはない。

「だ、だから使徒様はうまくやったって」

「はぁ、うまくやった、ですか? あの、忙しいんでもういいですか? よくわかりませんが授業があるので」

「ユーリは使徒様だもんねー? はい、いこいこ。君たちみたいなのいっぱいいるから、ユーリも大変なのよね!」

 声は明るいが目は笑ってないキリルが四人組を睨んで私の腕をとって歩いていく。

 校舎の裏に引き込んで、などの報復は怖くない。

 この天座修学院の生徒は大規模襲撃にも地下の騒動にも関係していない。だから所属生徒のレベルが低い。

 スキルのレアリティに差があっても、物理的に私たちをどうにかすることはできない。万が一はない。

 錬金術の戦場利用を知っているキリルからすれば、本当に図体のでかい子供にしか見えないのだろう。

「ほんとスキルのレアリティが高いだけのガキよね!」

 結構顔が良かった少年少女たちを侮蔑するようなことを言ったキリルは、私と共に教室に向かいながら馬鹿にするように言ってみせた。

「ここって変な奴多いよね。前もさ、なんか私一人のときにレアリティが低い錬金術がどうのこうのって」

「キリル、スキルのレアリティは上に行けば関係ないよ。私が保証する」

 むしろ錬金術は上役に向いていた。

 生産スキルに可能な多くのことを網羅しているから、誰かの穴を即座に自分で埋められるからだ。

 ただし一歩間違えればワンオペで頑張らされるブラック企業の社員レベルの激務に叩き込まれることになるが。

 ふーん、と感心したようなキリルの声を聞きながら私は少しだけ背後に意識を向ける。

 微かな声が聞こえる。どうしてあいつが、だの、俺たちの方が、だのという言葉。

(あの子たちに本当にできるなら全部任せたいぐらいなんだが……)

 私だって、別にやりたくてやっているわけじゃない。


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