三章『八歳から始める左遷生活』
090 八歳 その1
「さて、
「
「本名でうっかり呼んでしまう恐れがあるので嫌です」
うかつに転生者とバレれば危険ですから、という言葉は飲み込む。
――あの狂気のお茶会については話していない。
ただそういった抗議の意思をジト目で見つめて伝えてやれば、この神国アマチカの真の支配者にして、女神アマチカにして、もともとはただの女子高生である
今、私は処女宮様と二人きりで、彼女の邸宅の一室にいる。
使用人などはいない。完璧に二人きりの空間だ。
「つまんないなぁ。で、
私は椅子に座り、処女宮様はベッドの上にごろごろと気楽に転がっている。
「ありがとうございます」
「使徒になって半年ぐらいだっけ? 感想はどう?」
「つまらない仕事ばかりでしたよ」
「学校は? 学年が変わったから再編成で新しい学校にいったんでしょ? 友だちできた?」
「キリルがいました。偶然とは思えませんが、彼女にお願いでもされたんですか?」
「いや、されてないけど。えぇ? 誰だろ。宝瓶宮に取り入ったのかな、あの子。たまに連絡とってるけど生意気だよね~」
八歳だ。私は八歳になった。そして学舎にはまだ通っている。
だが、子供のまま私は使徒になっていた。
(大人になるために必要なのは卒業式だった)
半年以上前のことを思い出す。あの地下での大騒動。自衛隊員ゾンビのよるモンスター生産施設の設置という神国アマチカ滅亡の危機を乗り越えたときのことを。
その最後で、アキラと呼ばれる転生者から聞き出した大人になるための条件は、卒業式と呼ばれる学舎卒業の儀式だった。
だが結局、私は学生のままだった。
それは別にいまさら生徒の立場を惜しんだというわけではなく、単純に学舎で得られるステータスの成長を、なるべくなら十二歳になるまでは得ておきたかったからだ。
――知能ステータスは錬金に関係する。
ある種の高度の技術の生産には、それなり以上のステータスが必要だった。
そういった私の望みは、私を使徒にしたがった処女宮様や、私を手放したくなかった双児宮様と珍しく一致し、私は双児宮様に教育ツリーの枝の中から一つの技術を解放させた。
――教育系技術ツリーの一つ、権限変更の枝から開発できる技術『インターンシップ』。
つまるところこれは、子供のまま、大人の権限を得られるだけの技術だ。
(あの男に借りを作ったが……まぁいずれどうにかする相手だ。使えるうちは遠慮なく使おう……)
と、いうわけでいくらか多めの資源と時間を使わされたが、おかげでなんとか子供のまま使徒になるという力技が可能になった。
もっともこんな無駄な技術を開発するために資源を投入するなど、本来ならば、本当に国家としては無駄でしかなかったのだが。
「さて、それはそれとして、今後の方針でしたね?」
「あ、うん。言われたとおりに今日まで内政っていうのをしたけど……」
「文明レベル
「う、うん……これで勝てるの?」
そういえば内政をしろ内政をしろと私はこの人の使徒になってから半年、ずっとそれだけを指示してきたが、今まで明確に
「わ、笑わないでよ! で、勝てるの? 勝てないの? ユーリくんを使徒にしたのは勝つためなんだからね」
「勝てるわけないでしょう? 何をもって勝つと言っているのかはわからないですけど。この国の状況で勝利ってのはないと思いますよ」
ええぇ、という絶望した顔の処女宮様に私は言う。
「処女宮様の勝つ、というのは覇権国家のことを言っていますか?」
「はけんこっか?」
「この日本を統一したいとかは?」
「全然。というか私は死ななきゃいいんだけど」
死ななきゃいい、と言いながらも処女宮様は思いついたように欲望を上げていく。
「あとはモンスターがいなくなって、ご飯がおいしくなって、服とかゲームとか好きなだけ買えて、クーラーがあって、友だちがいて……あ、お水はおいしくなったからね! ユーリくんにアマチカポイントを100点上げましょう。喜んでね!」
「はいはい。ありがとうございます処女宮様」
アマチカポイントというのが何かはわからないが、神国の水事情は改善した。
もともとこの国の水事情は、どこから水を汲み上げているのかわからない、設置すると都市内に水を供給する『給水ポンプ』という都市施設に依存していた(川とかに面してなくても使えた謎施設だった)。
だから出てくる水も最低限『水』と鑑定できる質の低いものだった。
その水事情は現在、国内各所の『東京都地下下水ダンジョン』に設置したスライム浄水場によって改善している。
汚水すら浄化するスライム浄水場によって、神国では美味しいと言えるぐらいの水がいつでも飲めるようになったわけだ。
それはただそれだけの話で、この国はそんなことをようやくできるようになったわけだが。
――処女宮様と話してると、本当に話が進まないな。
「あー、責めるつもりはないんですが」
「うん? なぁに?」
「そろそろ、この国がとるべきだった初動の話をします」
私は使徒の能力で得たインターフェースを起動すると判明している周辺国家の地図を出す。
技術ツリーを開いて、いくつかの技術を起動する。
インターフェースの奥にあった、シミュレーター機能というものを開いて現在の神国からわかるだけの情報を設定していく。
「しょどう? 書道?」
「最初の動き方ですよ。何度も言いますが、責めるつもりではなく、日本統一も目指せただろうこの国の最初の動き方を説明します」
「う、うん」
「これを説明すれば、今から話す、今後の動き方も多少は納得がいくと思いますので」
そうしてから私は、シミュレーターを起動する。時間経過を調節すれば、次々と私が設定したとおりに国が発展していく。
――これが神国で日本を統一する理想の動きだろう。
それは主に、最速で
国民の信仰ゲージや、忠誠度の維持も最低限にし、とにかく最速で戦争項目の技術ツリーを埋めていった。
「こ、これでどうするの? なんかもう胃が、痛くなりそうなんだけど……」
一応、自分の命がかかっているからだろう、ギスギスしている仮想の十二天座会議を見ながら処女宮様は画面から一応は目を離さないでいてくれている。
「……これで、こうします」
まだ技術ツリーに慣れていなかったのか、その当時は弱国と思われる
「え、こ、これで、どうするの? ほ、他の国とか襲ってこないの?」
「来ません。この時点で外交でいくつかの国と和平を結んでいます。仮に攻められてもそれを口実に
第一回と第二回の大規模襲撃はきちんと兵士を鍛えておけばボーナスゲームだ。襲撃が始まれば兵士は鍛えられ、大量のドロップアイテムが手に入る。
帝国の場合は襲ってくるのが山賊などの人間ユニットなので戦争をして消耗したままの兵士を使っても問題はない。
「このように、次の戦争用の資源が大量に手に入った状態で隣国との戦争に入れます」
帝国が大規模襲撃の際に山岳斧兵をこちらに向かわせてきたのは、大規模襲撃ではうまく使えないのと、帝国が神国との戦争の可能性を考えていたからだろう。
斧武器は対生物特攻がある。人間用の武器として最適だからだ。
「……え、えぇ……ユーリくん、怖いよこれ……」
「仮想ですよ。それに現実にこの動きをするには、少しだけ無理がありますので。責めたりとかはしません」
仮想で作った理想の動きだ。だからこの動きを処女宮様がしなかったからといって責めるわけがない。たらればの話で責めても生産的ではないからだ。
これでは勝っているが、もしかしたら神国の動きに対応して、帝国が対策してきたら、戦争で負けていた恐れもあるわけだし。
ただ、これがこの国が統一国家になる最適解なのは確かだった。
廃都東京は立地が酷いので、即座に侵略戦争をしなければやっていけないようになっている。
こうして処女宮様が詰みかけていたようにだ。
「う、うん……少しだけ無理なんだ……」
「落ち込まないでくださいよ。それでですね。同じような考えで動き始めてる国が帝国とか魔法王国とか、もう存在しているので、今から私たちが侵略戦争を始めても手遅れです」
「うん、なんで?」
「兵士が全然足りないからです。だからこの国が滅ぼされないように、日本統一を目指すのはよほどの幸運がないかぎり現実的ではありません」
「うん。まぁ統一はしないけど」
「それに、これはゲームではないので」
「うん?」
「侵略戦争というのは心情的にも厳しいでしょう。私もしたくないです」
「ええと、つまりユーリくんは何が言いたいの?」
「最適解は侵略戦争でしたが、実際にやろうとするといろいろと無理があるので別の方針でいこう、という話です」
説明は無駄ではない。処女宮様は難しそうな顔をしながらも、侵略戦争で領土を拡大した理想の神国を見て、一応はうんうんと頷いていた。
これは営業テクニックの一つだ。ドア・イン・ザ・フェイス。最初に高い要求をし、断らせてから低い要求を受け入れさせるテクニック。
侵略戦争をするぐらいなら、他の手法の方がマシ、と今の処女宮様は考えてくれている。
「いいですか? 自分だけが得をしようと侵略戦争をしかけてくる国が必ずあります。その国とぶつかったときに神国の領土がこのままだと防衛するにも交渉するにも非常に厳しいので、どこか周辺国家を落とす必要があります。しかし、戦争をして、相手国を陥落させるのは現時点だとすごく難しいです」
「……難しいの?」
「そりゃ難しいですよ」
周辺国家と同じ文明までツリーを急速に成長させたが、それは成長させただけで鋼鉄製農具やらスコップやら千歯こきやらの道具を実際に全農場に作ったわけではない。
経済特区で商業を活性化させたり、経済用の道路を作ったり神国周辺の都市との接続を良くしたりもしたがその結果が出るのは半年以上必要だろう。
なので現時点では体裁を調えただけだ。
実際の国力はむしろ開発を進めた分だけ国内の金だの資源だのは大赤字だった。
地下下水ダンジョンの攻略をシステム化して、ボスドロップを定期的に回収できるようにしていなかったら今年は何もできなかっただろう。
「なので、とりあえず隣国と交渉して降伏させたいと思います」
「……うん?」
「狙い目は千葉か神奈川ですね。港があるかわかりませんが、船で交易ができれば経済的に
廃都東京には東京湾があるが、このエリアに出現するモンスターが強力すぎるので国内で港の整備などやっている余裕がない。
さらにいえば、船の技術ツリーには大量の木材が必要なのでこの廃ビルだらけの東京エリアでは進めることができない。
だから、まずどこか別の国で港を作って、木造船の開発から始めなければならないだろう。その国で船を作っているなら技術を収奪するのが手っ取り早いだろうが。
「ええと、ユーリくん」
「はい? 何か質問が?」
「どうやって降伏させるの?」
「それはまぁ」
と私は舌を出してみせた。
「これで」
べぇ、とやってみれば、処女宮様はとても呆れた目で私を見てくる。
「できるの?」
「やるんですよ。これから、どうにかして」
だって、しょうがないだろう?
この段階で弱い国同士で戦争なんてやってたら強い国が火事場泥棒にやってくるに決まっているのだから。
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