083 東京都地下下水ダンジョン その27
地下に落下した学舎の中を駆け回っている少女がいる。
落下した衝撃で一度は転んだものの、高いステータスにものを言わせて走り続ける
「ゆ、ユーリ、ユーリくん!!」
ユーリを殺してしまったと思って青ざめていた顔は、インターフェースの神国内の学舎所属生徒の一覧からユーリの生死を確認したことで真っ赤に染まっていた。
生きていてよかった、ということではない。
「ユーリくん! また、貴方はッ!!」
――私を裏切った!!
双児宮の心にあったのは、激怒の赤だ。
地下にいないとはそういうことだ。生きているとはそういうことだ。
地下に掘った穴。
それとも自分で掘ったのか?
とにかく奴らがそこにいたということはユーリもこの周辺にいるはずだ。宝瓶宮たちを追うことで私がユーリを先に捕らえてやる。
「今度は、もっと厳重な場所で、反省するまでッ!!」
自分のいうことを聞かない悪い子! 許せない! 許せない!!
怒りに震える双児宮は逆さになり、さらに魔法攻撃や機銃や砲撃を喰らって徐々に破壊されていく学舎内を駆けていく。
がくん、と不安定な学舎がモンスターたちが撃った砲撃で揺れ、横倒しになる。もはや上下が定かではない学舎だ。床側になっている窓から教師役の学習機械が「ぎぎ――が―――ッ」と落ちていく。「ぐッ――」双児宮もまた落ちていく。
「おおおおおおおおおおぉおおおおお! 討ち取ったぞーーーーー!! おらぁッ!!!」
落ちていく双児宮の視界に、兵を率いた
「全隊! 魔法攻撃で学舎を破壊しなさい!! 破片が敵施設に落ちています!! もっと壊せ!!」
落ちていく双児宮の視界に、
(きゃ、巨蟹宮~~~!! ぜ、絶対にあとで抗議してやるわッ!)
ぐぇ、と首から落ちて首の骨を折った双児宮は即死するが、そのまま双児宮は、自身が持つ双児宮の権能の一つである『全校視察』を発動し、即座に
――『全校視察』は本来、学舎以外では使えない権能だ。
だが今は違った。ここがダンジョンであろうと、ここに
ユーリがいる学舎に、双児宮がいた理由がこの特権だ。
たまたま
この特権を最も有効に扱えるからこそ、神国はこの幼く、無能ともいえる少女を双児宮という重要なポジションに配置しているのだ。
そう、双児宮は『全校視察』を用いることで国内に存在するすべての学舎に一人だけだが自身の複製を配置することができる。
そして双児宮が持つ『敏腕教育者』というスキルは、そのスキルの持ち主が、学舎に『配置』されているだけで、その学舎の生徒全員の学習時の上昇ステータスを特大上昇させる効果がある。
双児宮に求められているのは教育改革や、効率的な学習方法の研究ではない。
ただ学舎にいることだけをこの少女は求められていた。
自身の分身に意識を浸透させた双児宮は駆け出していく。
戦場そのものの地下空間に双児宮は驚いたが、それは逆にあのとんでもない子供であるユーリが、ここにいるいうことに他ならない。
「ユーリ! ユーリくん!! 出てきなさいッ!!」
双児宮はもはや正気ではないのかもしれない。
撃たれて即死しては復活し、炎に焼かれ、氷で撃ち抜かれ、それでも即座に再生して駆け続ける。
「ユーリくん! 出てきなさいッ! 怒ってないからッ! 怒ってないからッ!!」
◇◆◇◆◇
「な、なんだ、ありゃあ」
獅子宮が唖然として狂ったように駆け回る白い少女を見ていた。
殺されては復活し、それでも走る少女にはもう何を言っていいのかわからないという表情だ。
事情を聞こうにも、守ってやろうにも、敵生産施設に直接落下してしまった双児宮と、今やっと外郭のように作られた防壁を突破した獅子宮の間には結構な距離がある。
兵も戦いながら、なんなんだ、という顔をするしかない。
それは獅子宮と敵生産施設を隔てて反対側の位置にいる巨蟹宮もそうだったが、ふと思いついたように
「双児宮……あ、出たね」
『あ、あなたッ! 巨蟹宮!! 学舎に攻撃してるでしょ!! こらッ! 攻撃するな! やめなさいッ!!』
巨蟹宮の視線の先、敵施設の学舎の落下によって、肉色の外壁が破壊され露出した二階部分で殺されている双児宮の分身がいる。
だが双児宮は即座に再生すると、ユーリを探そうと駆け回り出す。
その様子はまるで学習能力がないように見えるが、実際に彼女は
だが敵には困惑した空気が出ていた。離れた位置の巨蟹宮から見てもあからさまな戸惑いに攻撃の手が鈍っているように見える。
敵の動揺はわかる。あの双児宮は死なない。なぜなら本体が作り出した本物と同じ能力を持つ分身にすぎず、生きていないから。
魔法で焼いても銃で撃っても殺しても殺しても復活する本当の不死者を相手にしている気しかしなくなるのだろう。
「双児宮。ターンアンデッド使えるだろ。敵に接触して使えばそこを捜索できるよ」
『早く言いなさいッ!!』
スマホが乱暴に切られたが巨蟹宮は気にした様子もなく、にやりと笑った。
そして勝ったな、と思った。
双児宮の分身は、学舎から遠く離れられないことや本体が戦闘スキルを持っていないなどの制限を持っているものの、『枢機卿』の基本能力として神聖魔法はすべて使える。
それが不死者の巣窟である自衛隊員ゾンビの施設に入ったならば、あとは自分たちは外側で援護をするだけでも勝利できるだろう。
あれが外でも使えたらな……と巨蟹宮そこまで考えて無理か、と断じた。
今回はたまたま条件がよかったが敵の構成に不死者以外が混じるだけで双児宮はただのサンドバッグになる。
外で使うにも学舎一つを犠牲にすることになる以上、スライムを量産したほうがまだ役に立った。
「よし! 双児宮が内側からかき回している! こちらも外側から切り崩していくぞ!!」
◇◆◇◆◇
怪人アキラと呼ばれた女は、なぜ、なぜ、と指揮所から出ていったユーリを見送ったまま思考のドツボにはまっていた。
――なぜ、ユーリにだけこんなに都合の良いことが起こる。
ユーリは、ピンチになれば誰かしらがやってくる。
巨大な敵が都合よく死んだり、命が危険になれば、枢機卿が自分の命を犠牲にして助けてくれる。
(なんで、あいつ、あいつばっかり助けられるんだ……)
NPCどもは僕、僕を見ろ。
このゲームみたいな世界の主人公は僕のはずだ。僕が、僕が……。
元の世界のウェブ小説やアニメを思い出す。たいした努力をしなくても周囲の人間がちやほやしてくれた物語を。
アキラはそのようにこの世界を考えていた。特別な力を持っている自分が特別な存在になる世界だと。
だから、偉い人間は危険だから、近づくな(実際に危険だった!!)とかそういうお約束も守った。
自分の城を学舎に築いた。役に立つ手駒も作った。
そしてそんな城を捨てて、この危険な国から逃げ出す準備もして、してた、してたのに。
ぎりりと歯ぎしりをしてしまう。くそ、くそ、どうして、どうしてなんだ。僕が何をしたってんだ。
誰も僕を助けてくれないのに、僕はたくさん助けてきたのに。
周囲を見る。ぎらぎらと、見覚えのある顔を探すように見るも、アキラが助けた生徒は一人もいない。
卒業して軍部に配属された子たちの多くはこの過酷な世界でたくさん死んでいる。
都合よくこの場にはいない。
いや、もしかしたらいたのかもしれない。
だが、彼らがユーリを助ける人々のように、アキラの傍にやってくることはない。
だってアキラは彼らが卒業したあとはただ脅していただけだから。
何かを与えずに、受け取ってきただけだから。
――絆の力。
ふとそんな言葉がアキラの頭に浮かぶ。絆。そう、少年漫画みたいな、そういうことがユーリには起きている。
だからユーリは、この場の人間は学舎の落下にも誰も死なず……?
(でも、なんで学舎が都合よく、ここだけ避けて……ああ、そういう、そういうことか……)
アキラは学舎用のローブに作った小さな隠しポケットを探った。
学舎が自分たちに落ちてこなかった理由に心当たりがあったからだ。
(これだ……これが……)
ポケットに入っていたアイテムは、常々自分の命だけは惜しいと思っているアキラに、この場に来ることを大丈夫だと思わせていたアイテムだった。
それは『使用』されてもはや砂となってアキラの手のひらに残滓を残しているだけになっているが、もともとはお守りのような形のアイテムだ。
ランダムで手に入るレシピとアイテムを組み合わせてアキラが生徒に作らせた本当に貴重なアイテムだった。
それは『九死に一生』、そういう名前の、個人用の
ダンジョン探索などで罠などで即死するのを回避するためのアイテムだと思われたそれはこんな場でもしっかりと機能していた。
(僕を、学舎の落下から守ることが難しいから、掘削蚯蚓に落とした、のか……)
アキラは即死回避としか認識していなかったが、このアイテムはそういう形で所有者を守るらしい。
そう、たまたま瓦礫がアキラを避けるだけだったら生存スキルを持たないアキラは詰んでいただろう。だから、これは、ずっとずっとアキラが生存しやすくなる形での救命方法だ。万々歳だ。嬉しいな。優しいな。楽しいな。
(そんな、わけ、ないだろ……)
全員死ねばよかった。もう一度やり直せるなら、自分が今度はユーリの立場に立ってやろうと思っていたのに。
ついでにユーリが死ぬならそれもよかった。くそッ。くそッ。くそッ。
(ああ、そうか……)
何もできない無能な自分がここに来たのは、このアイテムをここに持ってくるためだったのか?
ユーリの物語からすれば、脇役にすぎない自分がここにいるのは、このアイテムでユーリを救うためだったのか?
(そんなわけが……そんなわけ……)
アキラは、動けなくなってしまった。
膝を抱えて、落ちてくる埃に埋もれて、そして考えるのをやめた。
肉体的に無傷なのだから、すぐさま立って、倒れている兵士の治療やスマホに入っている攻撃魔法で戦えば誰かの記憶に残っただろうに、誰かも何かがあったらアキラを助けようという気分になっただろうに、それすらもせず、ただ膝を抱えるだけだった。
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