061 東京都地下下水ダンジョン その5


「おら、俺が来てやったぞ巨蟹宮キャンサー!!」

 え、と私は薄暗い拠点の中で巨蟹宮様を見た。

 下から棒か何かで突かれているのか、穴の蓋となっているコンクリートの板がガタガタと揺れている。

 音はそこから聞こえてくるようだった。

「え? あれ? 獅子宮レオ様、ですか? あれ、なんでここがわかるんですか?」

「君がいない間に、ダンジョンで部下と会って近況報告を伝えていただけだよ」

 さて迎え入れるか、と立ち上がる巨蟹宮様。

 ここ数日で私が広げたこの拠点は大人でもなんとか頭がつっかえない程度には天井が高くなっていた。

 それなりに急いで作業をしたので結構疲れたが、巨蟹宮様がいるなら、今後はここに兵も居座るようになるだろうし、ここに兵がいてくれるなら私も安心して牢屋生活を楽しめる。

(本も読めるしな……)

 ダンジョン生活は楽しいが毎日がそれだと普通に飽きてくる。

 たまにはゆっくりと時間に追われずに本でも読んで生活したい、と思う心もある。

(しかし、この人も大概アクティブだな)

 寄生レアメタルを隷属化させた巨蟹宮様は死んでも復活できるという利点を活かし、私が寝ている夜間などに一人でモンスターを狩りに出ているようだった。

 双児宮ジェミニ様は夜間はぐっすりと寝ているので私をどうにかすることはないと踏んでのことらしい。

 部下と会った、というのもそのときだろう。

 巨蟹宮様に続き、私も獅子宮様を出迎えるために彼についていく。

「獅子宮には生産スキル持ちを一通り連れてくるように頼んでいる。ユーリ、彼らの指導を頼むよ」

「はい、巨蟹宮様」

 朗報だ。装備一つにしても私が作るのと適正スキル持ちが作るのとでは性能がはっきりと変わってくる。

 ただ神国の生産スキル持ちは宝瓶宮アクエリウス様を除いて総じて生産スキルがそれほど高くない。

(鍛えるのか……)

 幸いにもここは素材の宝庫だった。

 レベルも熟練度も関係ない。装備一つまともに作れない無能ならば仕事を大量に押し付けてでも鍛え上げて――違う、違う違う。

 疲れているのか、ブラック企業時代の上司の思考に汚染されていた。

 これのせいで私まで新人に罵られて辞められてしまったのだ。


 ――兵がどんな人間だろうと、優しくしてやろう。


「ですが巨蟹宮様、いいんですか? 私に指導を頼んでも」

「それはどういう意味だい?」

 立ち止まった巨蟹宮様の訝しげな視線に私は自分の胸を手で示す。

七歳児・・・ですよ、私は」

 目を丸くした巨蟹宮様は、少しだけ沈黙すると、くくく、と笑い出す。

「巨蟹宮様?」

「いや、そうか。七歳児か。これが七歳児のすることか……」

 周囲を見回して言う巨蟹宮様は、すでに私を七歳児としては見ていないのだろう。

 だが、新しく来る兵は私を年齢相応に扱ってくる、と私は思っている。

 それは私としても望むべきことではあるが、指導・・となればまた違う。

 指導者は舐められたら困るのだ。

 私には彼らに命令するような背景が何もない。血筋も、身分も、何もかも。

「そうだね。この拠点を見てなお、君を侮る兵がいるなら、その兵は地上に返そう。ユーリ、それでいいかい?」

「はい。巨蟹宮様」

 指導をさせない、という選択肢もあるだろう、といいそうになるが止める。

 なんだかんだとこの人は私を評価してくれているが、それでも遥か雲の上にいるお方なのだ。逆らっていいことなどない。

 意見を聞いてくれただけでもよしとしよう。

(それに、私が主導権を握れるのは単純に良いことだからな)

 神国の危機なのだ。

 私が忙しくなるが、何もわかっていない人間にあれこれと指示を出されるよりずっと良いことだった。 


                ◇◆◇◆◇


 巨蟹宮様が招き入れた獅子宮様は適当に空いている部屋を見つけるとどっかりと地面に座った。

 たぶん兵が来るかもということで優先して作っておいた空き部屋だが、お気に召しただろうか。

「おうおう、薄暗くて狭い部屋だなここはよ。モグラかよいや、モグラ見たことねぇけどな! ははッ……はぁ」

 獅子宮様が「まとも・・・にしろ」と兵に命じれば、獅子宮様が連れてきた兵は照明なども持ち込んできたのか、このダンジョンでは手に入れられない素材で作られたらしい、きちんとした照明が部屋のあちこちに吊るされていく。

「お、明るくなったね。ありがとう獅子宮」

「何がありがとうだてめぇは。ったく、連絡通りに生産のできる兵も連れてきたが、生産スキル持ちかつ教師資格持ちなんてのはそんないねぇんだぞ」

「通常の任務もあるしね。今引き抜けるのはそのぐらいか」

 で、と獅子宮様は座ったまま私の方に視線を向けた。

「そこのガキが寄越したっつー報告は確かだったのか?」

「うん。確認・・したよ、二階層に自衛隊員ゾンビが集まっている」

 え、と私は巨蟹宮様を見る。私は巨蟹宮様と合流してから二階層には行っていない。巨蟹宮様も二階層の確認まではしようとは言わなかった。

 だが確認した・・・・と巨蟹宮様は言った。

 まさか、と私は推測する。蘇生って、そういう仕組みなのか。

 私が考えていることがわかったのか、にこりと笑ってみせる巨蟹宮様。

 私が地下に行くタイミングでこの人がいなかったことはない。だから、たぶん深夜0時になる前に二階層に行って、精鋭自衛隊員ゾンビを確認し、そして0時を過ぎ、日を跨いだから蘇生し、ここに戻ってきた。そういうことをしたのか。

 巨蟹宮様はなかなか精神的にもタフなようだった。

「ちッ、めんどくせぇな。どうすんだ? 全軍使って潰すか?」

「それだと負けるかもしれないし、勝てたとしても人的被害がとんでもないことになるだろう? 神国の軍が壊滅したとなったら、先日の会談で見せた戦力がなくなったとわかって他国が攻めてくるだろうね」

「となると、いくらでも死ねる俺とお前で削れるだけ削る必要があるわけだが……どうする? 磨羯宮カプリコーン天蝎宮スコルピオも噛ませるか?」

「磨羯宮か、彼なら確かに。マジックターミナルで釣れるかもね。だけど天蠍宮はダメだと思うよ」

「そうだな。あの子供好きの女は無条件で子供に甘いからな。双児宮の弱みになるこのガキを問答無用で学舎に戻しちまうか」

 じぃっと獅子宮様に見つめられる。巨体の大男に見られて私は目をそらしたくなるが、たぶん逸らしたら逸らしたらで何か言われるかもとじっと見つめ返す。

 私を見るのに飽きたのか、先に視線を逸らしたのは獅子宮様だった。

「で、本当はどうすんだよ? そんなちまちまやるならこいつらはいらねぇだろ。そこのガキもだ」

 拠点各地の照明の設置を終えたのか、通路に控えている兵たちと私を指差す獅子宮様。

「そうだね。どうしようか?」

 巨蟹宮様の視線は獅子宮様ではなく私に向いている。

 なぜ私を見るのか。

「なんだよ。そこのガキはなんかあんのか、いい作戦がよ?」

 問われるが、そんなものあるわけないだろうに。

 だが聞かれたからには答えるしかない。

 まっすぐに攻め込んでも負ける……負けるなら、勝つ方法を探る……だが勝つってなんだ? そもそも奴らは二階層で何をしてる?

「はい。ええと、奴らの目的を探ってみるのはどうでしょうか?」

 目的? と獅子宮様は巨蟹宮様に問いかける。

「どうも奴ら、何かを守ってるか作ってるらしくてね。二階層から動かない」

「作る……? あれか? 建設・・してんのか奴ら」

「獅子宮、建設って何?」

「いや、そうか。てめぇは見てねぇのか。自衛隊員ゾンビだろ。たまにやるんだよあいつら」

「やるって何を? はっきり言ってくれよ」

「うるせぇなぁ。ったく、あー、なんか施設? 機械だよ機械。それを作るんだよ、自衛隊員ゾンビは集まると。やばそうだから隙を見てぶっ壊してっけどな」

 たぶん壊しきれてないだろうなぁ、と会話を聞きながら思う。

「では獅子宮、ゾンビたちは地下でそれを作ってると?」

「知るか馬鹿。ったく、それをこれから調べるんだろうが」

 立ち上がった獅子宮様は肩をぐるぐると動かし、天井に手をぶつけ、けッ、と私たちを見た。

「ったく、ここは狭いぜ。おい、お前ら」

 獅子宮様に声を掛けられ、兵たちはびしっとした動きで指示を待つ姿勢になる。

「そこのガキの指示に従ってここを拡張しとけ。俺が帰るまでに寝泊まりできる場所を作っとけよ」

 はい! と獅子宮様に威勢よく答えた兵たちは私に向かってよろしくお願いします、と頭を下げてきた。

(体育会系だ……)

 私の苦手な人たちだ。

「では私は獅子宮に地下の案内をしてきます。君たち、ユーリくんの言葉は私の言葉だと思って従うように」

 はい、と返事をする兵たち。


 ――人が増えた。


(……うぅむ、まずは防音をなんとかするか……)

 地下の音は地上に伝わるから、あんまり騒がしいと当たり前だが使徒様に気づかれる。

(防音か。スライム素材でも天井に張るかなぁ)

 そんなことを考える私に、兵たちはどこか敬意に満ちた、やる気満々の目を向けてくるのだった。

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