060 東京都地下下水ダンジョン その4


処女宮ヴァルゴ様との交渉が成立したわよ」

 学舎の屋根裏部屋にやってきたキリルの言葉に怪人アキラと呼ばれる女は歓喜した。

「本当かい!? 本当にあの処女宮が条件を受け入れたのかい?」

「しつこいわね。できたわよ」

 亡命に必要な最低限条件で交渉していたとはいえ、だいぶ無茶な条件を押し付けたとアキラは自分でも思っていた。

「すごいね。ねぇ? 本当にどうやったんだい?」

 アキラが出した条件は二つだ。

 一つはアキラを軍によって国境まで安全に護送すること。

 もう一つはそれに双児宮ジェミニを付き合わせること。

 ユーリを探す道具を作るだけでは割にあわないはずの条件、それを処女宮が飲んだことにアキラは驚いていた。

 交渉が難航するようならいくつか自分の保有するレシピやアイテムなどを渡す必要があるとさえ思っていたほどだった。

 その証拠にか、交渉を担当していたキリルでさえ不可解だと言うように両手を上げている。

「わかんない。昨日までは本当に、ずっと無視されてたんだけど」

 ほら、とアキラの前にある丸テーブルの上にキリルのスマホが置かれた。

 そこには確かに処女宮からの了解を示すメッセージが表示されている。

 スマホは女神の恩寵、というよりこの世界では国民の誕生とともに自然発生するオーパーツのようなものだ。

 メッセージをいじることはできない。キリルによる詐術ではない。これは確かに処女宮からの了解のメッセージだった。

(まさか、僕をおびき出して捕らえるため?)

 アキラは考える。処女宮の人間性は知っている。あれ・・は姑息な人間だ。アキラのことを調べ、スキルが有用なことを知って捕らえることにした?

(どうだろう? それならすでに学舎に兵が踏み込んできているはず……)

 卒業した学舎の生徒たちからもそういった連絡はない。

 アキラが窮地になったら、様々な部署に樹木の根のように入り込んだ、アキラと関わりのある子供たちがそういった連絡をすぐによこしてくるはずだった。

(……本当に、やってくれるのか……)


 ――あの・・処女宮が?


 首都を守るために子供すら肉の壁として用いたあの女が?

 使徒にしたとはいえ、たかが子供一人のために? なぜ?

(ユーリはただの転生者じゃない?)

 前世では技術者や軍人だったとか、そういうことなのだろうか、とアキラは想像する。

 有用な技術を持っていて、それを処女宮に披露して気に入られた?

 とはいえスキルのあるこの世界でそれらの技術がどこまで役に立つのかアキラにはわからない。

 崩壊した文明の残る地球のように見えても、いくつも法則が置き換わっている世界なのだ。

 前世の技術がどこまで役に立つものか、アキラには到底見当がつかなかった。

(いや、いい。ユーリのことは気になるけど、まずは僕の脱出が優先だ)

 交渉ができたならそれでいい。深く考えるな、とアキラは思考を断ち切った。

「ほら、これが報酬だよ」

 じっと自分を見てくるキリルにアキラはアイテムを保管している棚からユーリの私物を取り出し、投げ渡す。

 それは、こんなこともあろうかとユーリと同室だった少年に集めさせたユーリの髪の毛だった。

 試験管のような細長い瓶に入れられたそれをキリルは受け取ると「これが、ユーリの」と呟いた。

「そいつを以前渡した素材と一緒に錬金すればいい。それでユーリくん専用の『人物探知機』の完成さ」

 っておいおい、とキリルを呆れた目で見るアキラ。

 キリルがテーブルの上に素材を広げて錬金を始めていたからだ。

 錬金成功率を上げるために、落ち着いた自分の部屋ででもやってくれよ、と思いながらもアキラは人物探知機の完成を見守る。

(まぁいいか、一応見ておこう)

 エチゼン魔法王国の固有レシピである人物探知機はそれなりに作成難易度の高いアイテムだ。

 両手をかざし、錬金術を発動しようとするキリルが作成に失敗すれば、また素材を提供しなければいけなくなる。

 役に立つかと、髪のほかに爪や回収した衣服も保管しているが、ユーリの私物もそうストックがあるわけではない。

「ふぅ、できたわ」

 とはいえ、そんな心配も意味はなかった。

 キリルは一発で錬金を成功させていた。

(これがユーリが発見したスキルの使用法か)

 この技術を覚えれればな、とアキラは思考する。亡命したあとの交渉材料にできるのに、と。

 アキラはキリルに材料を提供する過程で、この技術も教えてもらっていた。

 だが覚えられなかった。

 エネルギーだのなんだの、よくわからない座禅までさせられたがアキラにはさっぱりわからなかった。

 神を信じる心が、などというのもわからない。

 たぶん自分のスキルが自動パッシブで発動するスキルだからいけないのだとアキラは思っている。

(手土産ならいくらでもあるから大丈夫だろうけど)

 アキラは亡命先での生活はそこまで心配していない。

 貯め込んできた神国固有のレシピやアイテムし、アキラ自身も交渉材料となりうるからだ。

 生来備わっているSRスキル『運命天秤リブラフォーチュナー』。このスキルさえあればどんな国でも生きていける、とアキラは思っている。

 亡命先で囚われるかもしれないが、有用なスキル持ちすら肉の壁にされるこの国よりずっとマシなはずだった。

「できたけど……これかしら?」

 アキラはそんなことを考えながらもキリルが人物探知機の起動ボタンを押すのを見守る。

 起動してすぐにレーダーのような画面をした探知機の画面に反応が映った。

(ユーリくんは生きているようだ……)

 双児宮が生徒を殺すとは思っていなかったが、それでも少しの不安が解消され、アキラは安心する。

 キリルは人物探知機が反応を示したことに喜びつつも首を傾げた。

 人物探知機の画面はスマホほどわかりやすいものではない。

 もっともアキラにはひと目でユーリがどこにいるのかがわかる。仕方ないな、と気軽な気持ちで解説してやろうと画面を注視し、表情が固まった。

 ユーリの反応は、学舎の地下――双児宮が隠している牢の、更に地下・・・・にあった。

「……ま、待って? え? 脱獄してる?」

「だつご? なにそれ? っていうか、これどうやって見るのよ?」

「嘘だろ。え? そこまでするのか君は。この下はダンジョンだぞ」

 学舎を掌握する過程でアキラは学舎の正確な地図を作成している。

 それには当然、学舎に併設された『東京都地下下水ダンジョン』の正式な入り口も記されている。

 だから推測できる。永遠に子供のままの双児宮の嗜好・・、その果てに作られた地下牢。その下がダンジョンであることも。

「ユーリくん、も、戻れ! き、君に死なれたらぼ、僕の亡命はどうなるんだ!!」

「ど、どういうことよ!」

「早く処女宮を呼べ! ユーリくんが死ぬぞ!!」

 子供が一人でダンジョンに潜って生きていけるわけがない。

 それはこの世界の常識だった。


                ◇◆◇◆◇


「すごい! すごいなこれは!!」

 レアメタルを寄生させたマジックターミナルを腰のベルトに大量に吊るしながら巨蟹宮様はとても機嫌が良さそうに下水ダンジョンの地下一階を歩き回っていた。

 私の作成した地図が正しいのを確認するためと、私が封印したボス部屋を確認するためである。

「巨蟹宮様、スライムも隷属させますか?」

 私たちの進路の先にいるスライムを指差してみれば、巨蟹宮様は「いや、いい。スライムを隷属させれば部下を頼っていないと思われるからね」と断ってくる。

 ちなみに巨蟹宮様が持っているマジックターミナルは巨蟹宮様が直々に隷属させたレアメタルを寄生させている。

「あれは私のマジックターミナルあらため『マグナ・アルケミア』の試し撃ちの相手になってもらおうか」

 巨蟹宮様は『マグナ・アルケミア』と名付けた、炎の球をセットしたレアメタル寄生済みのマジックターミナルを腰から引き抜くと「行け! マグナ・アルケミア!」と叫んで天井に張り付いていたスライムを撃墜した。

 だが一撃では死なない。続けてもう一発撃ち、スライムはアイテムを残して倒される。

「はっはっは。レベルが足りないな。うん」

「そうですね。マジックターミナルにレアメタルの知能ステータスの補正がかかりますから、使っていればレベルが上がって威力も上がっていきます」

 しかしテンションが高いな巨蟹宮様このひと

 機動鎧も身に着けずに私の隣を歩いていく巨蟹宮様は機嫌よさげに使っていたマジックターミナルを腰に戻していく。

「巨蟹宮様、よろしいですか?」

「なんでもいいよ」

 なんでも……その返答はどうだろうか、と思いながら私は問う。

「二階層はいいんですか?」

いいよ・・・今は・・

 すぐに調査に向かうかと思ったら行かないようだった。

「おっと、偵察鼠ストーカーマウス

 マジックターミナルから氷の矢を撃ち出して偵察鼠を破壊しながら巨蟹宮様は私に教えてくれる。

「二階層に精鋭自衛隊員ゾンビが集まっているとして、奴らがなぜ一階層に攻め込んでこないか疑問に思わないかい?」

「それは……確かにそうですね」

 私が攻め込んだのだ。あちらから反撃に出てもおかしくはないのに。

 自衛隊員ゾンビ自体、時折一体だけで歩いている姿が確認されるも、一階層のそれはあまり統率がとれているようには見えない。

「お、当たりだ」

 偵察鼠から本当に極稀にだけ手に入る『レアメタル』を私に放り投げ、巨蟹宮様は何かを思い出しながら私に説明をしてくれる。

「大規模襲撃の前は偵察鼠が大量に現れた」

 その偵察鼠も今はいない。減った、というより私がスライムを使ってほとんどを駆除していた。

 だがそれがどうしたのか、と私は思う。偵察鼠はただのモンスターだろう?

「わからないかな? ユーリ、あれは殺人機械たちの斥候なんだよ」

「斥候?」

「情報を持ち帰る役目があるんだよ、偵察鼠には」

 つまり、二階層の自衛隊ゾンビたちは一階層の様子がわからない。だから攻めてこない?

「そんな単純な……」

 だって有り余る戦力で攻め込めば済む話だろう? 地上の神国アマチカの兵はそこまで強くない。

「そうかい? 考える頭があるなら、恐怖も感じるはずだと思うけどね。それに」

 巨蟹宮様は睨むように二階層を見ながら言う。

「奴ら、きっと何かを守っている」

「守っている、ですか?」

「ユーリが攻め込んで、撤退して追撃を受けなかったってことは、やっぱりそういうことだよ」

 奴ら、二階層から離れられないんだ、と巨蟹宮様は何かを確信しているように言った。


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